044 俺達が必死になるのはその時さ

 12日目。


 今日の生存者数は309人。

 死亡者は3人。


 死亡者の数が一桁に戻った。

 重村総帥の人民受け入れ政策の賜物だろう。


 とはいえ、これまでに死にすぎた。

 この島に転移した当初は553人の生存者がいたのだ。

 2週間も経たずにその内の約250人が死んでいる。


「やはり絶滅したわけではなかったか」


 朝食の前。

 いつもの如くダイニングで生存者の数を確認する俺。


 重村グループは相変わらずラインに参加してこない。

 既読の数は約50のままだ。

 死亡してはいないものの、ラインは開いていない様子。


「波留、そんなに油いらないって!」


 千草の鋭い声が響く。

 波留は「えー」と頬を膨らませた。


 今日は千草だけでなく、波留と由衣も調理に参加している。

 千草に作り方を教わっているようだ。


「目玉焼きを作るんだぜぇ!? 油たぷたぷっしょ!?」


「それだと目玉焼きっていうより、卵の油漬けね」


 由衣が呆れたように言った。


「ぶくぶくして美味しそうじゃん」


「油はぶくぶくさせるために使うんじゃないから」


「ちぇ。じゃあ、この失敗作は大地の分だな!」


「俺かよ」


 水野の死を確認したのは昨日。

 だが、俺達はそれなりの明るさを保っていた。

 俺も含めて、誰もが多かれ少なかれ無理をしている。

 分かってはいても、そのことを指摘する者はいない。


「大地、今日から私もガンガン働かせてもらうよ」


 そう言って完成した朝食を運んでくる由衣。

 俺の前には、波留が作った油まみれの目玉焼きが置かれた。

 裏面は真っ黒に焦げている。


「これはこれは……実に見事な失敗作だ」


「それなんてまだマシなほうだよ」


 千草が呆れた様子で波留の席に目玉焼きを置く。

 そちらは原型を留めていない程にぐちゃぐちゃだった。


「それ目玉焼きか? イカ墨をぶっかけたスクランブルエッグじゃなくて?」


「失礼な奴だなぁ! 見た目は悪いが味は最高だっての!」


 波留は残りの皿を並べて席につく。


「これとこれ、それにこれが由衣の作った物だろ」


 俺が見栄えの良い料理を選ぶ。

 千草は笑いながら「正解!」と頷いた。


「料理は味が一番だってことを思い知らせてやらぁ!」


 こうして朝食が始まる。

 俺は最初に波留の目玉焼きを食べた。


「思っていたよりは……大丈夫だな」


 それが素直な感想だった。


「大丈夫ってなんだよ! 美味いって言えよ!」


「いやぁ、大丈夫だったよ」


「このぉ! 本当は美味いのを認めたくないだけだろぉ!」


 波留が真っ黒の自称目玉焼きを口に含む。

 そして――。


「うげぇ。なんだこれぇ。まっず!」


 ――顔面を大きく歪ませるのだった。


 ◇


 朝食後は畑仕事に取りかかる。

 今日もきっちり4ブロックを畑にした。


 作物の内訳はこれまでと同じ。

 トマト1ブロック、ナスビ2ブロック、ジャガイモ1ブロック。


 作業は昨日よりも円滑に進んだ。

 やはり由衣が生理から復帰したことは大きい。


「なあ大地、もう少し畑の数を増やさない?」


 作業が終わって洞窟に戻る時、波留が話しかけてきた。


「減らすのではなく増やしたいのか?」


「だって時間に余裕あるじゃん」


 スマホで時間を確認する。

 俺の体内時計は15時と告げていた。

 実際の時間も15時を数分過ぎたところだった。


「たしかに日暮れまでは数時間あるな」


「だろー? だったら5ブロック目も作らない?」


「作業量を増やすのは賛同できない」


「どうしてさ」


 珍しく食い下がってくる。

 波留は色々と疑問を口にするが、食い下がることは少ない。

 大体はあっさり納得しておしまいだ。


「俺の提唱するガラパゴ三毛作には休みがないからな。明日以降は収穫と種まきをエンドレスで行う。出発する日までな。だから、体力を消耗し過ぎるのはよろしくないわけだ。十分に回復する時間を確保しないと」


「それはそうだけどさぁ」


「むしろどうしてそんなことを尋ねるんだ? お金が必要なのか?」


「そんなわけないっしょ! お金なら腐る程あるよ!」


「だよな」


 俺達の所持金の合計は数千万だ。

 これが3日後には2億に迫る見込みである。


「たださ、あたしゃ思うわけさ。水野は私達の為に全力だったのにさ、私達はこんなにゆるくていいのかって」


「そういうことか」


 波留がどうして作業量を増やしたがるのかが分かった。


「水野は休むことなく小笠原諸島を目指したっしょ? だったらさ、私達だってもっとガンガン働いて……」


「それは間違いだ」


「えっ?」


「水野のことを思うなら、俺達がするべきは確実に小笠原諸島へ行くことであって、必死に働くことではない」


「そうだけどさ」


「海に出ればおのずと激しい戦いが待っている。大雨、暴風、荒波……自然が俺達の敵になるんだ。俺達が必死になるのはその時さ」


「ぐぅぅ……」


 波留は唸るも、それ以上の反論をしなかった。


「気持ちは分かる。俺達の作業量は決して多くない。限界まで取り組めば5ブロックどころか6ブロックないし7ブロックの畑を1日で収穫できるだろう。俺達には楽々収穫法があるからな。だが、焦ったら負けだ」


「そう……だね」


「それに、計画を固める時間が必要だ。ただ船に乗って小笠原諸島を目指すだけじゃない。暴風雨に見舞われて船が転覆する可能性もある。そういった事態を想定して、万全の対策を練っておかなければならない。だから時間は必要だ」


「たしかに……。そこまで考えてなかった。ごめん」


「気にするな。そこまで考えるのはリーダーである俺の役目だ」


 俺は波留の背中に手を当てる。


「さ、戻って自由時間を満喫しようぜ」


 波留は満面の笑みを浮かべて頷いた。

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