027 水野泳吉
翌日。
朝食を済ませた俺達は漁を行った。
昨日とまったく同じである。
同じと言えば、死亡者の数も昨日と同じ2人だった。
「漁とかパネェっす! 藤堂先輩マジで天才っす!」
「俺達はどうやったら安定して稼げるかを重視しているからな」
「凄いっす! 自分とは大違いっす!」
「お前はこの世界に適応しすぎだ」
水野の所持金は想像以上に少なかった。
なんと100ptすら持っていなかったのだ。
これは水野の生活スタイルが関係している。
水野は基本的に樹上で生活していた。
その為、収入源が果物の採取報酬しかなかったのだ。
そして、採取で得た微々たるお金はツリーハウスに回していた。
萌花達に襲撃される前からカツカツな生活を送っていたわけだ。
「でも、自分に漁のことを教えて良かったんすか?」
由衣や歩美に合わせて網を持ち上げる水野。
「というと?」
「堂島先輩の手先かもしれないっすよ、自分!」
「その可能性はあるかもしれないが――」
上流側に位置する俺も、波留や千草と協力して網を持ち上げる。
「――それならそれで問題ないさ」
「本当っすか!?」
「たしかに俺達は漁のことをグループラインでは言っていないが、だからといっていつまでも独占的に漁ができるとは限らない。いや、無理だろう。谷の連中が漁を始めるのも時間の問題だ。そうなればすぐに広がるだろう。だから気にしないさ」
「器が大きすぎっすよ、藤堂先輩」
「そうでもないさ。それに、もしもお前がスパイだったとしたら、その時は追放すればいいだけさ」
「仮にスパイでもこれだけ優秀なら歓迎だね」と由衣。
萌花とは違い、水野は実に仕事熱心な男だ。
今朝は誰よりも早く起きて、拠点内をくまなく掃除していた。
俺が「自分の部屋を拡張するのに」とあげたお金で掃除用具を買ったのだ。
さらに全員分の朝食まで作ろうとしていたほど。
――が、これは千草に止められた。
「でも、私の聖域に入っちゃダメだよ」
「今朝は出しゃばってしまい申し訳ございません峰岸先輩!」
千草は「ううん」と首を横に振ると、水野に向かって微笑んだ。
「気持ちは嬉しかった。ありがとね」
「はいっす!」
今日の朝も順調そのものだ。
◇
昼以降の活動も昨日と変わらない。
1時間ほど漁をしたあと、自由時間となった。
千草と歩美が洞窟に戻り、波留と由衣は川に残っている。
俺は水野と海に向かっていた。
水野が海を見たいと言うので案内することにしたのだ。
森の中を歩いていると、水野が尋ねてきた。
「藤堂先輩って、どうして道に迷わないんすか?」
「だって通ったことのある道だからな」
「いや、そうじゃなくて、どうしてそれが分かるんすか? 何か目印とかあるんすか? 自分、ここがどこなのかさっぱりっすよ!」
「木の形とか、生えている果物とか、そういうのが目印かな。深く考えたことはなかったな」
「やっぱり先輩はすげぇっす! 普通はスマホがないと無理っすよ! 洞窟から川までの距離ならまだしも、海へ行くなら絶対に迷うっすよ!」
「方向感覚が優れているのだろう。自覚はないが」
こんな話をしていたからか、皆の場所が気になった。
スマホを取り出し、とあるアプリを起動する。
「まさか出会い系アプリが役に立つとはな」
「マッチングアプリっすよ! 出会い系じゃなくて」
「どう違うの?」
「分からないっす!」
俺が開いたのは〈ご近所さん〉というマッチングアプリだ。
近くにいるユーザーをマップ上に表示し、出会うことができるもの。
俺達はこのアプリを使って、全員の場所を把握していた。
このアプリには他にも良い点がある。
マップに落書きできることだ。
この機能を使って、俺達は手書きの地図を作っていた。
といっても、洞窟と川の場所をそれぞれ丸で囲んだだけだ。
「どうせだから海の場所も囲っておくか」
「そうっすね!」
進路方向の先に大きな丸を描く。
その中にひらがなで「うみ」と書いておいた。
「それにしても、どうしてこんなアプリを知っていたんだ?」
このアプリは朝食時に水野が教えてくれたものだ。
仲間以外からのマップには表示されないようにする小技も教えてくれた。
その小技とは、年齢によるフィルタリングを使うもの。
まず、俺達の年齢を200歳以上に設定する。
そして検索条件を200歳以上とすれば、一般人は表示されない。
また、性別に問わず表示する為に、両性愛者という設定にしている。
つまりアプリにおける俺達は、実年齢200歳を超える両性愛者だ。
「実は自分、彼女が出来たことないんすよ」
「それは意外だな。実は俺もそうなんだ」
「ですよね」
「おい、そこは嘘でも意外って言えよ」
「あ、ごめんなさいっす!」
水野が音速で土下座を繰り出す。
「土下座はいいから話を進めろ」
俺は呆れ笑いを浮かべて水野を立たせた。
「それで、マッチングアプリならどうにか……と思って」
「だからってこんなマイナーなアプリを使うか? マッチングアプリのCMは観たことあるけど、ベアーズとかバカップルとか、そんな名前のやつばっかりだぞ」
「そういうのは月額料金がかかるので辛いっす」
「そういえばこのアプリは無料な上に会員登録も必要なかったな」
「まさに神アプリっす!」
男同士ならではの話をしていると、海が見えてきた。
「海だ! 本当に海があったんすね!」
水野はこの島で目覚めて以降、海を見たことがなかった。
そういえば、波留達も海に来たことがないはずだ。
今度、作業が終わったら連れてきてやろう。
「で、海に来てどうするんだ?」
「もちろん泳ぐっす! ついでに魚も獲るっすよ!」
そう言うと、水野はダイビング道具を召喚した。
先ほどの漁で稼いだお金を使って購入したようだ。
「本格的だな。高かったんじゃないか?」
「漁で稼いだお金の一部で賄えたっす!」
「おい、皆で使う為にいくらかは残しておけと」
「もちろん残してあるっすよ!」
「なら問題ない」
水野がその場で着替えていく。
ウェットスーツやらシュノーケルやら、慣れた手つきで装備している。
「ダイビングの経験があるのか?」
「少しだけっす! 実は水野泳太郎の弟なんすよ、自分!」
「マジか」
水野泳太郎は俺でも知っているトライアスロンのプロだ。
泳太郎についてはネット上で色々な噂が流れていた。
半年ほど神隠しに遭っていたとかなんとか。
「お兄さんのことは……残念だったな」
泳太郎は訓練中の事故で死んだ。
ニュースで大きく取り上げられていたのを覚えている。
たしか去年のことだ。
「大丈夫っす! 兄には劣るけど、自分だって海は得意フィールドなんす! まぁ見ていてくださいよ、先輩!」
そう言うと、水野は右手に銛を持ち、海に向かって歩きだす。
地上でパタパタ動くフィンを見ていると、ペンギンを思い出した。
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