028 自分、この食事が終わったら

 水野が頼もしかったのは、フル装備で海に入るまでだった。

 海に入ってからは、まともに魚が獲れずに苦戦している。

 見かねて俺も海へ入ることにした。


 俺の装備はウェットスーツとフィンのみ。

 酸素ボンベやら何やらは必要ない。

 というか、買ったところで使いこなせなかった。

 それに高い。


「先輩、もしかして素潜りの達人すか!?」


「お前が下手なだけだろ!」


 俺はあっさり魚を獲れた。

 銛をシュッと伸ばして、適当な魚を突き刺す。

 魚は突き刺さった状態でもがくものの、すぐに消えて金になった。


「思うにフル装備なのがいけないんだぜ」


 水野は決して下手というわけではない。

 むしろ純粋な水泳技術で言えば俺よりも遥かに上だ。

 ただ、魚を突く経験をしたことがないので苦労していた。


「それにしても先輩は上手すぎっす! どうしてそんなに上手いんすか?」


「漁を始める前は槍で川の魚を突いていたからな」


「それは流石に冗談っすよね!?」


「大マジだよ。波留と対決していたんだ」


「銛じゃなくて槍ですか!?」


「波留は釣り竿だったけど、俺は歩美に作ってもらった槍だ」


「そりゃ先輩はガンガン魚を突けるわけっすよ!」


 そんな調子でしばらくの間は海で楽しんだ。

 最終的に獲得した魚の数は、2人合わせて23匹だった。

 内訳は俺が20匹で水野が3匹だ。


「そろそろ帰ろう」


「まだ明るいっすよ?」


「日が暮れる前に帰るのが俺達の決まりなんだ」


「なるほどっす!」


 ダイビング装備を販売タブに登録する。

 手ぶらで移動できるのは本当にありがたい。


「水野が海に行きたいって言ってくれて助かったよ」


 帰り道、俺はスマホを確認しながら言った。


「どうしてっすか?」


「海の魚が高額だと分かったからな」


「あっ、ほんとっすね! なんすかこの金額!」


 海で獲った魚の平均報酬は約8000ptだった。

 これは川の魚の倍以上である。


「見てください先輩、自分が倒したサメの価格!」


 水野が自分のスマホを見せてくる。


「こいつはすげぇな」


 水野は小さなサメを倒していた。

 サメの映画では絶対に出てこないような可愛いやつだ。

 そんなサメが、たった1匹で2万ptを超えていた。


「ところで、顔のほうは大丈夫か?」


 俺は水野の顔を見る。

 昨日に比べると腫れがひいてきている。

 それでも、いまだに直視し辛いほどの痛々しさがあった。


「大丈夫っすよ! それに、ちょうど試したいことがあったんす!」


「試したいこと?」


 水野が〈ガラパゴ〉で何やら購入する。

 出てきたのはどこにでもありそうな軟膏クリーム。

 ただ、容器には銘柄などの情報が記載されていない。

 どうやら〈ガラパゴ〉のオリジナル商品みたいだ。


「最高級の塗り薬っす! こういう傷を一瞬で治すみたいっすよ!」


「流石に誇張表現だろ」


「それを試すっす!」


 水野は蓋を開けると、クリームを指ですくう。

 そして、明らかに多すぎる量のクリームを顔面に塗りたくった。


「どうっすか!? 治ったっすか!?」


「そうすぐには……って、おいおい、マジかよ」


「どうしたっすか!?」


「マジで治っていっているぞ!」


「マママのマジっすか!?」


「冗談に決まってんだろ」


「先輩ぃー!」


 塗った直後は変化がない。

 最高級の塗り薬でも瞬間回復とはいかないようだ。


 ◇


 拠点に戻ると、トイレを増設した。水野が。

 場所は前に設置したトイレのすぐ近く。


「お前、自分のことにはお金を使わないのか?」


「使ったじゃないっすか! 塗り薬! それにダイビングの道具だって!」


「いや、そうだけど、自室にテレビを置くとかしないのか? あとで波留に部屋を見せてもらってみろ。テレビにゲーム、なんでもござれだぞ」


「いやあ、問題ないっすよ! 自分は此処の環境が良くなると幸せなんす!」


 水野は心配になるほど献身的な男だ。


 トイレの増設だけではない。

 先ほどは千草に調理器具を購入していた。

 歩美の作業場にだっていくらか寄付している。


 一方で、自身の部屋にはまるでお金をかけていない。

 俺が設置してやったベッドだけで十分と言い切っていた。


 千草ですら、今は最低限の家具を設置している。

 もはやミニマリストのような部屋をしているのは水野だけだ。


「それに……」


「それに?」


「いや、なんでもないっす!」


「気になるじゃないか。教えろよ」


「明日にでも言うっす! それでは先輩、また後で!」


 水野が自分の部屋に消えていく。

 俺はダイニングに向かった。


「あ、大地君、ちょうどいいところに!」


 そこでは千草が調理に励んでいた。

 今日も品数が多い。

 既に9割方は出来上がっているように見えた。


「なんだ? 味見か?」


「違う違う、皆を呼んでもらえる? 今、手が離せなくて」


「オーケー」


 俺はダイニングテーブルの椅子に座り、スマホを取り出す。

 仲間専用のグループラインを開き、それで招集をかけた。


 ◇


 7日目が始まった。

 この島で目が覚めて早1週間。


 今日の生存者は435人。

 昨日の死亡者は3人ということになる。


 この1週間で死亡した人間の合計は118人。

 実に5分の1が死んだ。


 かなり衝撃的な数ではあるけれど、特になにも思わなかった。

 死んだ118人の中に親しい人間がいなかったから、というのが大きい。

 どこか他人事のような気すらしていた。


「千草ー! 夜はまた勝負だからなぁ!」


 波留がダイニングテーブルから千草に向かって吠える。

 千草はキッチンで朝食を作りながら答えた。


「えー、私、勉強したいんだけど」


「負けたまま終われっかよ!」


「だって波留、ゲーム下手だもん」


 2人は昨夜、ゲームで対戦していたようだ。

 波留の部屋にあるポンテンドースイッチを使ったのだろう。

 で、千草がボロ勝ちした模様。


「ねぇ由衣、今日は英語を教えてもらっていい?」


「いいね。私も英語をしようと思っていたの」


 波留の隣で歩美と由衣が話している。


「私も混ぜてー」


「駄目ェ! 千草は私と勝負するんだから!」


 波留の向かいに座る俺は、呆れた目で波留を眺める。

 すると、隣に座っている水野がスマホを見せながら言った。


「先輩、コレ、どう思うっす?」


 画面にはグループラインが表示されている。

 全学年が参加しているものだ。


「思ったより遅かったな、というのが感想だな」


「この展開、読んでいたんすか!?」


「まぁな」


「流石っす! 凄すぎっすよ!」


「それよりもお前の顔の方が凄いよ。完全に回復してるじゃねぇか。やっぱ最高級の塗り薬は伊達じゃないな」


 グループラインでは、谷のグループが解散したことについて書かれていた。

 案の定、グループ内で派手に揉めていたようだ。

 トラブルの内容については、主観による情報が錯綜していてよく分からない。

 それに分かりたいとも思わなかった。どうでもいい。


「谷の人達、何人かこっちに来るんじゃないっすか」


「かもな。でも、来たところで受け入れないよ」


「どうしてっすか?」


「ウチは基本的にメンバーを募集していないからな」


「でも自分は入れてくれたじゃないっすか」


「例外ってやつだ」


「なんと……」


 話していると、千草が「出来たよー」と言った。

 俺達は会話を切り上げ、キッチンに向かう。

 皿を運ぶのは千草以外の5人が担当する。


 食卓の上が賑やかになると朝食の始まりだ。


「「「いただきます」」」


 夕食は色々だが、朝は決まって和食である。

 俺は目玉焼きに箸を伸ばした。


「あの、1ついいっすか?」


「醤油がほしいのか? ほれ」


 波留が醤油差しを取る。

 水野は「違うっす」と首を横に振った。


「皆に聞いてほしいことがあるっす」


 水野の表情は真剣だ。

 それを見て、俺達の表情も引き締まる。


「自分、この食事が終わったらここを抜けようと思うっす」

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