026 変わった性格の男

 異様な光景だった。

 その男子は前のめりに気を失ったようだが、完全には倒れていない。

 見えない壁に上半身がひっかかっているのだ。

 ワイヤーか何かで背中を引っ張られているかのよう。


「大地君、この人」


 千草がその男子を指す。

 そいつの顔には見覚えがあった。


「水野だ」


 男はハンモックでお馴染みの水野だった。

 俺とは正反対の健康的な褐色の肌が特徴的だ。


「酷い、誰がこんな……」


 千草が両手で口を覆う。

 俺も同じような気持ちだった。


 水野の顔面はパンパンに腫れ上がっているのだ。

 腫れていない箇所に至っては紫色に変色している。

 明らかに誰かから暴行を受けていた。


「とりあえず手当てしよう。千草、土地の入場制限を〈誰でも〉にするんだ」


 水野が気を失っている以上、フレンド登録はできない。

 フレンドリストに追加するには、相手の承認が必要だから。


「いくよ、大地君」


「おう」


 千草が土地の入場制限を変更する。

 その瞬間、見えない壁が消えて、水野の体が前方に倒れ込む。

 俺はそれをキャッチし、ゆっくりと地面に寝かせた。


「死んでないよね?」


「たしかめてみる」


 水野の脈を調べる。

 テレビの見様見真似でやったが、どうにか成功。


「脈はあるぞ。生きているようだ」


「よかった。でも、これからどうすればいいのかな?」


「洞窟の入場制限を変更するのはリスクが高すぎる。だからここで様子を見るしかないだろう。とりあえず波留達を呼んできてくれ。それから布団も頼む」


「分かった!」


 千草が洞窟の中へ駆け込んで行く。

 俺は神経を集中させて、周囲の様子に気を張る。

 ――が、幸いにも角ウサギしか現れなかった。


 ◇


 俺達は水野を囲むように座った。

 医療の心得がない為、できることはそれほど多くない。

 顔の汚れを拭いてやるとか、足首の切り傷に絆創膏を貼る程度。


「こ、ここは……」


 布団に寝かせてから20分ほどで、水野は目を覚ました。

 思っていたよりも早いお目覚めだ。


「俺達の拠点の前だよ」


「えっと、あなたは」


 パンパンの腫れ上がった顔で俺を見る水野。


「藤堂大地だよ。この拠点の所有者だ」


 俺は「ほら」と洞窟に入ってみせる。


「あなたが藤堂先輩っすか! なんだかイメージとは……」


「お前と違っていかにもな褐色じゃなくて悪かったな」


「大地は見るからに陰キャラだからなぁ!」


 波留が豪快に笑った。

 他の女子も笑っている。


「此処へ来たのは偶然じゃないだろう。お前のハンモックエリアから此処へ来る道中には谷のグループが集落を構えているはずだ。単に人を求めるならそこへ行けば済む」


「はい、そうっす。実は……」


 水野に掌を向けて、彼の言葉を遮る。


「詳しい話は中で聞こう。フレンド登録をするぞ」


 水野をフレンドに追加し、拠点の中に招き入れる。

 それから土地の入場制限をフレンドに戻しておいた。


 ◇


「すげぇ! 凄すぎっす! すげぇ!」


 洞窟に入ってすぐに、水野は興奮した。

 まだ洞窟の手前――ダイニングキッチンしか見ていないのに。

 個室や風呂、それにトイレもあると知ればどういう反応をするのか。

 試してみよう。


「奥には個室があって、風呂とトイレもあるぜ」


「なんすかそれぇえええええええ!」


 驚きのあまりブリッジしている。

 お笑い芸人でもここまで大袈裟なリアクションはしないぞ。


(これは……陽キャラというより変人だな)


 水野の見た目はいかにもな陽キャラだ。

 しかもチャラ男タイプではなく、良い奴ぽさ満載のほう。

 男女問わず誰からも人気のあるムードメーカーといった感じ。


「とりあえずそこに掛けて話を聞かせてくれよ」


 ダイニングに案内する。

 適当な席に座らせ、俺はその正面に座った。

 空いている席に波留達も座っていく。


 千草が全員の前に冷たいお茶の入ったコップを置いた。

 水野はお礼の言葉を述べると、お茶を飲んでから話す。


「此処に来たのは、藤堂先輩が堂島先輩を追放したからっす」


「堂島って……ああ、萌花のことか」


「そうっす!」


 水野が再びコップを持つ。

 二口目で中のお茶が空になった。

 よほど喉が渇いていたようだ。


「だから、先輩達は自分と同じ価値観だと思ったっす!」


「話が見えてこないな。萌花と何かあったのか?」


 水野の顔が険しくなる。


「この顔、堂島先輩の仲間達にやられたっす」


「ちょい、それマジ?」


 波留が食いつく。


「マジっす。自分、樹上生活を満喫していたんすけど」


「知っているよ。お前の発言は有意義な情報が多いからチェックしていた」


「ありがとうっす。それで、自分は木の上に橋とか作ってたんすけど、そこに堂島先輩がやってきたっす。で、堂島先輩がハンモックの一つを貸してほしいっていうから承諾したっす」


「ふむ」


「すると堂島先輩が『友達も呼んでいいか』と言ってきたっす。承諾したんすけど、それが間違いだったっす。皆でツリーハウスを作ったんすけど、それが完成した途端に……」


「強引に奪われて追い出されたのか」


「そうっす。お金がないってことだったから、材料費とか殆ど自分が出したっす。みんなで楽しく過ごせればと思ったのに。なのに、なのに……」


 水野の目から涙がこぼれる。

 悔しさとか色々な気持ちがこみ上げているのだろう。


「なんだよそれ! 酷すぎる!」


 波留が不快そうに顔を歪めた。


「ボコボコにされたのは抵抗したからか」


「はい……」


 事情はよく分かった。

 萌花の性格や、彼女のつるむ人間を考えるとあり得る話だ。

 特に法の縛りが存在しないこの島なら尚更だろう。

 人を殺してもお咎めがないのだから。


「それが今朝のことで、ここまでずっと歩いてきたっす。この傷だと木に登って果物を採るのも難しくて、ここへ到着した頃にはフラフラになっていたっす」


「なるほど」


 水野は椅子から立ち上がると、その場で土下座を始めた。


「藤堂先輩、お願いします! 自分をこのチームに加えてください! 使えないと判断した場合は切り捨ててくれてかまないのでお願いします!」


「俺はいいと思うけど、皆はどう?」


 女子達が口々に「問題ない」といった意味の言葉を口にする。


「決まりだな」


 俺は水野を立ち上がらせ、握手を交わした。


「自分、2年の水野泳吉えいきちっす! 改めてよろしくお願いします!」


「言っておくが、ウチに入る以上は協力してもらうぜ。木の上にハンモックとかをこしらえるのは作業の後の自由時間になってからだぞ」


「ええええ!」


「なんだ嫌なのか?」


「違うっす! 自由時間を与えてもらえるんすか!?」


「いや、そりゃそうだろ」


「まじすかぁ! ここは天国過ぎっす!」


 水野は右手を突き上げると、その場でグルグル回り出す。

 まるで理解不能な動きだが、喜んでいることはよく分かった。


「そんじゃ、よろしくな」


 こうして、ハンモックの水野が仲間になった。

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