025 襲ってきてくれたほうが私は嬉しいけど

 午前の活動は川での漁。

 全員で川に移動し、昨日と同じく魚の群れを一網打尽。

 もはや慣れたものだ。作業中に雑談を楽しむ余裕がある。


「お金がすぐに貯まるのは嬉しいけど、あたしゃ釣りがしたいなぁ!」


「分かっているさ。乱獲防止の為にも1日の稼ぎは200万から300万の間に留めておこう。残りの時間は各自の自由ってことで。釣りはその時にするといい」


「さっすが大地! よく分かってるじゃん!」


「ただ貪欲なだけさ」


「貪欲? 乱獲防止の為とか言ってるのに?」


「自由時間を使ってこの漁と同じくらい、いや、これ以上に稼げる方法がないかを探すつもりだからな。そういった方法を知っておけば、漁ができなくなっても安心だ。な? 貪欲だろ?」


「そこまで考えているの!? 貪欲ってか、心配性のお爺ちゃんじゃん!」


「なんでお爺ちゃんになるんだよ!」


 女子達が声を上げて笑う。


「ほんと大地君ってしっかりしているよね」


「1年の頃からずっと休み時間は寝てばっかりだったから、こんなに頼もしい人だとは知らなかったよ」


「そういや由衣って、3年以外は大地と同じクラスなんだっけ?」


 歩美が尋ねると、由衣は頷いた。


「あんまり大地を褒めちゃ駄目だ! 見てみぃ、あの伸びきった鼻!」


 波留が言うと、全員の視線が俺に集まった。

 そして、クスクスと笑っている。


「えっ? 俺の鼻、そんなに伸びてる?」


「いやぁ、もう酷いもんだよ。喜びすぎっしょ!」


「そ、そうかなぁ」


 よほどニヤニヤしているのだろう。

 すこぶる上機嫌であることは自分でも分かっていた。


 ◇


 昼になる。

 昼食は川辺でとることにした。

 午前だけでは目的の額まで稼げなかったからだ。

 洞窟に帰ってまた来るというのでは効率が悪い。


 今日の昼食はBBQセットを使っての焼き料理だ。

 焚き火ではなく、脚の高いコンロの上で焼いている。

 肉に野菜、それに海の幸もたくさん。

 炭の香りが関係しているのか、鮎の塩焼きがいつも以上に美味い。


「串焼きもBBQスタイルで食べるとまだまだいけるな」


「大地君の発見の賜物だよ」


 川で漁をしている時に閃いた。

 販売タブを駆使すれば荷物を楽に持ち運び出来るのではないか、と。


 仕組みはこうだ。

 まず、運搬したい物――例えばBBQ用のコンロを売りに出す。

 販売リストに登録した時点で、コンロは異次元の彼方へ消える。

 この状態で運搬先まで移動し、販売を取り消せば完了。

 販売登録が解除された瞬間、消えていたコンロが姿を現すわけだ。


 こうすれば大きな物を自分で持たなくて済む。

 コンロなんて持ち運びが面倒な物ですら気兼ねなく運搬可能だ。


「他の人も感動しているよ」


 由衣がスマホを眺めながら言う。

 俺達はこの小技をグループラインで紹介した。


 反響は想像以上に良い。

 感謝の声がたくさん寄せられた。


「グループラインの中には水野のような人間もいるわけだから、たまには俺達も情報を発信しないとね」


 俺達は漁のことを伏せている。

 同業者が増えて奪い合いになると面倒だから。


 もっとも、俺達が言うまでもなく漁のことは公になるだろう。

 谷のグループの主な収入源が魚と果物だからな。

 300人以上もいるのだから、1人くらいは漁を思いつくはずだ。


「たまにはって言うけど、私達はかなり情報を発信していない?」


「それもそうだな」


 谷のグループにこそ参加していないものの、俺達は協力的だ。

 昨夜の徘徊者に関する情報も既にグループラインで共有している。

 こういった姿勢のおかげで、多くの連中から良い人として扱われていた。

 同時に、俺達に追放された萌花に対する風当たりはきつくなっている。


「そういえば、堂島さんが谷のグループを抜けたって知ってた?」


 歩美が言う。


「そうなのか。俺達の時と同じで追放されたのかな?」


「ううん、自分から抜けたみたい。5組の男子数人と」


「谷よりも良い場所を見つけたってことか」


「それっていつの話?」と由衣。


「たしか昨日の昼ぐらいだったと思う」


「なら私達を襲おうってつもりではないみたいね。その気なら既に遭遇しているだろうし」


「襲ってきてくれたほうが私は嬉しいけどなぁ!」と波留。


「ま、なんだっていいさ」


 昼食が終わると、コンロを販売タブに追加する。

 売れたら売れたでかまわないので、購入時と同じ価格にしておいた。

 商品名は「あ」で、商品説明も「あ」だ。


(これで誰か買ったら面白いな)


 などと思ったが、やはり売れることはなかった。


 ◇


 午後の漁は2時間も経たずに終了した。


「あとは自由行動だな。俺は網を戻して風呂に入るよ」


「一番風呂じゃん!」


「光熱費は無料なんだから一番風呂に魅力なんてないだろ。気になるなら自分が入る前に湯を張ればいいだけだ」


「そうだけどさぁ!」


 波留は釣りをするということで川に残った。

 波留に付き添う形で由衣も残る。

 俺を含む残りの3人は洞窟に戻った。


「思ったんだけどさ――」


 洞窟が見えてきた時に歩美が言った。


「――洞窟の大きさに対して、明らかに中が広すぎるよね」


「たしかに」


 洞窟の外観はそれほど大きくない。

 どこにでもある小さな洞窟といった感じだ。

 だが、度重なる拡張によって、中は広くなっている。


「不思議なものだが、そういうものだと思うしかないさ」


「そうなんだけど、ふと気付いた時に不気味さを感じちゃう」


「ゲームみたいだもんなぁ」


 洞窟に入ると、物置用のフロアに網を収納する。

 販売タブに登録しないのは、漁の存在を秘密にしておきたいから。


「お風呂、お風呂っと」


 作業が終わると脱衣所へ。

 そこで脱いだ服がたまっていることに気付く。

 昨日の洗濯当番は波留だ。


「アイツ、忘れやがったな。まぁいいか」


 代わりに俺が洗濯しておく。

 大半が女子の下着なので、触ることに躊躇ってしまう。

 どれが誰の物かは分からないが、なかなかのドスケベ下着もあった。


 ◇


 入浴後は自室にこもって休憩する。

 休むことで金策について閃く可能性もある。


 この島に来て以降の俺は、せわしなく働き過ぎた。

 たまにはこういう休憩時間も大事だろう。


 他の連中も同じ考えだったようだ。

 波留と由衣も少し前に帰ってきて休んでいる。


「大地、ちょっといい?」


 扉がノックされ、外から歩美の声が聞こえる。


「どうした?」


 俺はベッドから身体を起こし、扉を開けた。


「拠点を拡張したいんだけどいいかな?」


「あえて訊いてくるってことは、部屋とは別に作りたいってことか?」


「そうそう。工場を作りたくて」


「工場? ベルトコンベアでも作る気か?」


「違う違う」


 歩美が笑う。


「そんな大がかりなものじゃないよ。アクセサリーとかを作ってみたいの。ガスバーナーとか色々と使うから工場って言ったのだけど、作業所って言った方が良かったかな?」


「なるほど。そういうことなら、俺もいくらかお金を負担するよ。足りないようなら言ってくれ。細かいことは歩美に任せるよ。千草のダイニングキッチンみたいなものだ。好きに構築してくれ」


「ありがとー。完成したら指輪とか作ってあげるね」


「アクセサリーとか俺には似合わないよ」


「私が似合うようにデザインするから安心して!」


「期待しておこう」


「うん!」


 歩美は嬉しそうに部屋を出て行く。

 そして、個室とダイニングキッチンの間の通路にある壁を拡張する。


「大地君、ちょっといい?」


 扉を閉めようとした時、千草が近づいてきた。

 今日は来客が多い。


「料理の味見をしてほしいんだけど」


「俺がか?」


「他の人の反応も知りたくて。駄目?」


「別に問題ないさ」


 千草と共にダイニングキッチンへ向かう。

 真っ直ぐ通路を進み、かつて布団地帯があった場所に到着。

 キッチンのほうへ身体を向けようとしたところで気付いた。


「待て、誰かいるぞ」


 洞窟の外に誰かが倒れていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る