024 有能な奴こそ仲間に欲しいものだ

 5日目の朝がやってきた。


 本日の生存者は440人。

 昨日は442人だったので、死亡者は2人だ。

 徘徊者の対策がしっかりできている。


 食卓を囲んで朝食を摂る俺達。

 昨日の夕食に続き、今日の朝食も和食だ。

 朝だからか昨日に比べると控え目の量。


「うんまぁ!」


 波留が豪快に米を掻き込む。

 はしたなく見えるけれど、そうする気持ちは理解できた。

 ただの米とは思えない美味しさなのだ。


 ふっくらした米の一つ一つから旨味が溢れている。

 ふりかけなどをかけるまでもない。

 というよりも、かけるのが勿体なく感じられた。


 千草によると、美味しさの秘訣は水にあるそうだ。

 蛇口の飲料水ではなく、別途で米用に水を買っているとのこと。


 だが、彼女のこだわりは水だけに留まらない。

 米も当たり前のように有名ブランドの高級米を使用している。

 さらには土鍋で丁寧に炊くというこだわりよう。


 まさに最強の米だ。


「この調子なら明日は誰も死なないで済むなぁ!」


「それはどうかな」


 俺は箸で卵焼きをつまみ、口に運ぶ。


「大丈夫っしょ! 死亡者の数は順々に減っているんだし!」


「だといいけどなぁ」


「何か気になることでもあるの?」と由衣。


「谷のグループでは既にトラブルが起きているからな」


 ここから徒歩で数時間の距離にある谷。

 生存440人の内、約300人がそこで活動している。

 俺達が「谷のグループ」と呼ぶその集団では、問題が起きていた。


 具体的な話は流れてきていないが、状況にはおおよその察しがつく。

 萌花のような寄生虫がいる時点でトラブルは避けられないものだ。


「しかも、このトラブルは間違いなく深刻な問題になっている」


「そうなの?」


「大半を野宿のままにさせているくらいだからな。フロアをまるっきり拡張せずにいるんだぜ」


 グループラインではこの件に関する愚痴がしばしば見られた。

 拠点を拡張して入れてくれたらいいのに、という不満の声だ。


「フロアの拡張と深刻さはどう関係しているの?」


「1フロアにつき6人は横になって眠れるだろう。座って眠るならもっと収容できる。普通に考えたら、木に登って寝るよりも拠点の中で寝る方がいいはずだ。どう考えても拡張しないのはおかしいぜ」


「お金を節約してるからっしょ! 一時凌ぎなんだから!」と波留。


「節約と言う程の出費にはならないだろう。照明と空調を付けなければ5000ptで拡張できるのだから。仮に1フロアを5人で利用するとしても、利用者が全員でお金を負担すれば、1人当たりたった1000ptで拡張できる。徘徊者に怯えて木の上で寝ることを考えたら、1000ptぽっち余裕で割り切れるだろう」


「言われてみればたしかに……」


「現にグループラインには『金は出すから拠点を拡張させてほしい』という発言をしている者もいた。なのに、拠点の所有者は頑なにそうしない。いや、出来ないのだろう。何かしらの理由によって」


「出来ない理由ってなにさ?」


「それは分からない。分からないが、洞窟の入場制限を決める奴等が拒みたくなる何かだ。そうでなければ、今頃は全員が収容できるだけのフロアを拡張している」


「もしかしたらお金を他人にあげる方法を知らないんじゃないの」


「それはありえない。だって、販売を駆使して任意の相手にお金を与える方法については、俺達がグループラインで拡散したんだから」


「そういえばそうだった!」


 波留が自分の額にペチンと右の掌を当てる。


「それで今後も死亡者が出るだろう、と大地は思うわけね」


 由衣の言葉に、「そういうこと」と俺は頷いた。


 谷のグループの行動は明らかに異常だ。

 だが、情報統制がしっかりしているらしく、詳細は漏れてこない。


「木の上で過ごす生活なんて、耐えられても数日だ。よほど適応力の高い奴じゃない限りはな。そろそろ厳しくなってくるぜ」


「適応力って言えば――」


 千草が口を開く。


「――水野君、また楽しそうな写真をアップしていたよ」


 水野君とは、数少ない樹上生活を楽しむ男子だ。

 昨日は太い木の枝に付けた立派なハンモックで自撮りしていた。

 2年生だから人物像の詳細は知らない。

 どんな人間なのか興味がある。


「食事中にごめんね」


 そう言って千草はスマホをいじり始めた。


「これこれ」


 グループラインにアップされた写真を見せてくる。

 それは改良した樹上環境を紹介する写真だった。


 蔦や木の板によって作った橋を複数の木に架けている。

 それらの木には、手作りと思しき木製の梯子がかかっていた。

 未完成だが、ツリーハウスを作ろうとしている様子も窺える。

 家こそないものの、床は既に仕上がっていた。


「すげぇな、コイツ」


 大自然で生活してきた人間かの如き適応力だ。

 とてもただの高校生とは思えない。


「この人の発言、私も結構チェックしてるよ。自動復活の話とか言われるまで気付かなかったし」


 由衣が言っているのは、採取した果物が復活することについてだ。

 そこらの木に生えている果物は、採取後24時間で自動的に復活する。

 まるでゲームのように、完成した果実がいきなり実るのだ。

 果物に対する依存度の低い俺達は、水野が言うまで気付かなかった。


 水野の発見はそれだけではない。

 徘徊者が木に登れない、ということに気付いたのも彼だ。

 もしも水野がいなければ、今頃はもっと多くの人間が死んでいただろう。


「俺達と生活スタイルがまるで違うから、俺達の知らないことを色々と気付いてくれるんだよな。こうやって情報を発信してくれるのは助かるよ」


 水野みたいな有能な奴こそ仲間に欲しいものだ。

 俺は頭に浮かんだ萌花の顔面に右ストレートをぶちかました。

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