023 徘徊者

 ダイニングで食べる記念すべき初めての料理はザ・和食だった。

 ご飯、味噌汁、焼き魚、エトセトラ……。

 大量の小鉢から色とりどりの料理が花を咲かせていた。


「さすがに作りすぎだろ」


「1つ1つは小さいから大丈夫だよ!」


 エプロン姿の千草が「召し上がれ」と微笑む。

 俺達は適当な席に座り、「いただきます」と手を合わせた。


 初めて食べる千草の手料理。

 そのお味は――。


「うめぇ!」


「完璧だよ千草! あたしゃ感動した!」


 ――文句なしに美味かった

 普段は敬遠しがちなカボチャの煮付けですら美味い。

 俺達は一口食べるごとに賞賛の言葉を口にした。


「食卓や食器が揃っていると大違いだな」


 今までは地べたに座って食べていた。

 焚き火の炎で作る串焼きを。

 原始的で楽しかったが、2日もすれば飽きる。


 やはりこうして食卓で食べる方が良い。

 箸を使うだけでも気分が上がる。


「そういえば、包丁はどうやって用意したんだ?」


 ふと気になった。

 〈ガラパゴ〉には刃物が売っていない。

 俺が使う石槍にしたって歩美が作ってくれたものだ。


「木と鋼を買って、包丁の形に加工して召喚したの」


 千草が笑顔で解説する。


「ほう」


「あとはそれを全力で研いだ! 歩美が!」


 歩美が「ふふん」とドヤ顔。


「ちなみにこれが私の使っている包丁だよ」


 そう言って千草がキッチンから包丁を持ってくる。

 思っていたよりも立派な代物だった。

 市販品と言われても信じるクオリティ。


「出刃とか柳刃とか、他にも欲しい包丁がたくさんあるの。だから歩美、また時間がある時に協力してね」


「いいけど、私、刃物を研ぐのは別に得意じゃないよ?」


「大丈夫! 歩美が作ってくれるのが一番だから!」


「そう言ってくれるなら頑張ろうかな」


「ありがとー。じゃあ、出刃と柳刃ができたら麺切り用とパン切り用もお願い! 他にもまだまだ作って欲しいものがあって……」


「もうやめてーっ」


 歩美が叫んだ。


 ◇


 夜、唐突に目が覚めた。

 ベッドから身体を起こしたところで気付く。


「そうか、今日から個室だったんだな」


 昨日までとは生活が一変した。

 煎餅布団は撤去され、それぞれに個室とベッドが与えられている。

 ベッドの寝心地は最高だけれど、いくばくかの寂しさがあった。


「時間は……」


 ベッドサイドに設置した小さなテーブルに手を伸ばす。

 そこに置いてあるスマホを手に取った。

 現在の時刻は午前3時。


「ちょうど例の猛獣が出ている頃か」


 ラインを確認する。

 もはや助けを乞うて喚いている者はいなかった。

 未読のログも100件程度しかない。


「いったいどんな奴なんだろうな、深夜の猛獣」


 猛獣に関する情報だけは錯綜している。

 どうやら場所によって姿形が異なっているようだ。


「怖いが……行ってみるか」


 猛獣の姿を一目見ようと考えた。

 女子達の個室を除く全フロアの照明をオンにする。

 壁に立てかけてある石槍を手に持ち、自分の部屋を出た。


 この時点で凄まじい怖さだ。

 心臓がヘヴィメタルを演奏しているかの如き激しさ。

 呼吸が荒くなっているのが自分でも分かる。


「本当にこの中は安全なんだろうな……」


 恐る恐る外へ向かっていく。

 洞窟の中にはなにもいない。

 当然のことなのに安堵してしまう。


 そうして洞窟の入口に到着。

 外は真っ暗で、明かりは微かに月光が差し込んでいる程度。

 肉眼では猛獣らしき存在を確認できない。


「外に出てみるか」


 俺は〈ガラパゴ〉を起動し、土地の設定を開く。

 入場制限がフレンドであることを確認してから外へ出た。


 カサカサ。


 外に出た瞬間、左手の茂みが揺れた。


「猛獣か!?」


 槍を構えて、茂みに身体を向ける。


「…………」


 なにもでてこない。

 夜風に煽られただけだったのだろうか。

 暗すぎて分からない。


「もう少し明かりが欲しいな」


 光源を確保することにした。

 懐中電灯とランタンのどちらを買おうか悩む。

 悩んだ結果、利便性を考えて懐中電灯を購入した。

 懐中電灯のほうが遠くまで照らせるからだ。


「……なにもいねぇ」


 懐中電灯で周辺をぐるりと確認するが、猛獣は見つからない。

 ヘビや角ウサギの姿も確認できなかった。


「ここで待機していたら来るかな」


 土地の上にいるということもあり、気持ちが強気へ傾いていく。

 洞窟を出るだけで怯えていた人間とは思えない。

 こうしていずれ超えてはいけないラインを超えるのだろう、なんてな。


「……暇だな」


 少し後退。

 洞窟の入口から数歩だけ進んだ場所に腰を下ろした。


 便所座りでスマホをポチポチ。

 ラインが静かなのでニュースサイトを確認。


 俺達の失踪に関する話題は見かけなくなっていた。

 今の話題は芸能人の覚醒剤についてだ。

 有名な清純派女優が覚醒剤を使用して逮捕されたらしい。


「俺達のことなんぞ大半が忘れていそうだ」


 ため息をつくと、ニュースサイトを閉じる。

 今度はどうにかして外部に連絡しようと試してみた。

 初日以来のことだったが、案の定、あらゆる手段が通じない。


「やはり自力で出るしかないか……」


 島を脱出する方法を考える。

 此処から最も近い集落は、約325km先にある小笠原諸島だ。


「問題はどうやって辿り着くかだな」


 手漕ぎのボートでは無理がある。

 かといって、俺達に造船技術があるはずもない。

 〈ガラパゴ〉で買うこともできるけれど、あまりにも高すぎる。


 機関を備えている船は安くても数千万だ。

 機関のない風の力で動く帆船ですら1000万は下らない。


「船以外になにか……ないよなぁ。孤島だし」


 自力で島を脱出するのはしばらく先のことになりそうだ。


 カサカサ。


 またしても草むらが揺れた。

 先ほどと同じ場所だ。

 やはり何かが伏せている。


「姿を現しやがれ!」


 俺は土地の上から槍を突き刺す。


「キュー……」


 角ウサギだ。

 俺の攻撃はまともに当たらなかった。

 角ウサギは血相を変えて逃げていく。


「そろそろ4時になるな」


 明日も早いし寝るとしよう。


「やはり土地から出ないと猛獣は――」


 振り返る。そして。


「――うわぁあああああああ!」


 叫んでしまった。


 見えない壁に異形の者が張り付いていたのだ。

 とんでもなく大きな頭が特徴的な人型の化け物だ。

 頭の大きさは常人の5倍はある。


 驚いた衝撃で尻餅をついてしまう。

 それによって体が土地から出てしまった。

 化け物とは反対側の見えない壁から。


「「「ヴォオオオオオオオオオ!」」」


 角ウサギがいた茂みから別の異形が襲ってくる。

 こちらは首が2つある犬の群れ。


「ひぃいいいいい」


 俺は慌てて土地の中に逃げ込む。

 異形の犬共は見えない壁に顔面から突っ込んだ。


 見えない壁が俺を守ってくれる。

 犬の群れは素早く立て直すと、茂みに消えていった。


「こいつらが……」


 どう見てもまともな動物ではない。化け物だ。

 だが、そんな化け物でも、土地や洞窟には入れない。

 聖域の中にいれば安全だ。


「驚かせやがって! 小便をチビるとこだったろ!」


 人型の異形に近づき、槍で攻撃した。

 石の穂先が異形の首に突き刺さる。


 異形は血を流すことなく、静かに消えた。


「やったのか……?」


 手応えがない。

 あまりにもあっさり過ぎる。


 チャリーン♪


 いつもの音だ。

 スマホを確認する。

 クエスト報酬が入っていた。


 クエスト名は――徘徊者を倒そう。


「徘徊者……それがあいつら異形の正式名称か」


 チャージされたお金はクエスト報酬の分だけであった。

 拠点を守るボスと同じで、徘徊者も討伐報酬自体は存在しない模様。


「ボスといい、徘徊者といい、強そうな奴に限って金にならないなんてな……」


 俺は気持ちを落ち着けてから洞窟に入った。

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