019 諸悪の根源は俺だ

 萌花の件はグループラインで広まった。

 というより、なんとびっくり萌花が自分で広めたのだ。

 もちろん内容には偏りがある。


 萌花によると、彼女は非常によく頑張っていたそうだ。

 積極的に狩猟などに取り組んでいたが、出来はよろしくなかった。

 それに腹を立てた俺が急に追放を宣言した――ということらしい。


 彼女の言い分だと、諸悪の根源は俺だ。

 教え方がヘタクソな上に、少しでも下手を打つと怒鳴り散らす。

 追放したのは波留達にいい格好を見せたいからだろう、とのことだ。


 当初、この話は多くの人に信用された。

 俺は話したこともない奴らからグループラインで叩かれたものだ。

 その中に萌花のことを思っている人間はいないだろう。

 どいつもこいつもストレスの捌け口にしたかっただけだ。


 だが、この流れはすぐに変わった。

 波留と由衣がグループラインで発言したからだ。

 波留は声高に萌花を批難し、由衣は丁寧な口調で真相を話した。


 たったこれだけで形勢逆転。

 誰かを叩きたくて仕方のない連中の矛先が萌花に変わった。


 そんなわけで、萌花はただいま大絶賛炎上中である。

 私は被害者だ、と主張する萌花の声に耳を貸す者はいない。


 その頃、俺達は夕食にありついていた。

 早いもので3日目の活動も終わろうとしている。


「あのクソ女、谷に集まっているグループから追放されそうだって。ざまぁみろって感じだよ! がっはっは!」


 串焼きを頬張りながら波留が言った。

 萌花のあだ名が「媚び媚び女」から「クソ女」に変わっている。


「谷のグループ、かなり集まってるみたいだね」と千草。


「そうなのか? 俺達と違って拠点のない連中が多いからか」


「今の時点で200人くらいだって」


「多いな」


「参加希望者はまだまだいるし、あと100人は集まりそうだね」と由衣。


「過半数が参加するわけか。たしかに救援が来るならヘリが着陸しやすくて見えやすい谷はアリだけど、俺には楽観し過ぎとしか思えないなぁ」


 俺は谷の方角へ視線を向ける。

 見るからに有害そうな黒い煙が際限なく空へ伸びている。

 タイヤか何か燃やしているのだろう。


「ま、他所は他所だ。俺達は今後について考えないと」


 今日の稼ぎはよろしくなかった。

 昨日は午後だけで40万以上稼いだのに、今日の稼ぎは1日かけて約25万。

 全部門において昨日よりも不調だった。


「もう少し稼ぎたかったよね」と由衣。


「大丈夫だって! 明日は釣りまくるから!」


「俺としては安定性を重視したいんだよなぁ。明日だけじゃなくて」


「安定性?」


「例えば1週間で280万を稼ぐなら、毎日40万ずつ稼ぎたいわけだ。1日で200万稼いで後は全然、みたいな稼ぎ方だと不安になる」


「そうは言っても無理っしょ。釣れるかどうかは運だし。販売だって需要だか供給だかがなんかでなんかだから右肩下がりなんしょ? よく分からないけど」


「そうなんだよなぁ」


 静かに考え込む。

 すると誰かが目の前に串をちらつかせてきた。

 千草だ。


「考え事ばかりしていると美味しくなくなっちゃうよ?」


「すまん」


 俺は千草から串を受け取ると、刺さっている肉にかぶりついた。


 ◇


 夕食が終わり、風呂の時間。


「これで2個目のトイレはお預けだな」


「ぐぬぬっ……! 仕方ないかぁ」


 入浴の前に拠点の拡張を行った。

 まずは浴室とは違う方向に、脱衣所からフロアを拡張する。


 そうやって新しく作ったフロアに、洗濯乾燥機と衣装ケースを設置。

 下着やシャツなどを洗う為の場所だ。


 普通の洗濯機に比べて、洗濯乾燥機は倍近い価格だった。

 予算と利便性を天秤に掛けて、利便性を採用したわけだ。


 この拡張に伴い、小物をいくつか購入した。

 昨日は下着だけだったが、今日はインナーシャツも購入。

 更には制服の着替えまで買った。


 この時に気付いたのだが、制服が異様に安い。

 なんとフルセットでたったの500ptだった。

 安物のタンクトップすら1000ptは下らない中でこれは破格だ。


「じゃ、一番風呂いただきまーす」


 拠点の拡張が終わると、千草の入浴が始まる。

 その間、俺達は入口付近にある布団地帯で適当に過ごす。

 過ごし方は人によって異なっていた。


 波留は布団の上に寝転がり、スマホで動画を観ている。

 どうやら動画サイトのヨーチューブを観ているようだ。

 彼女の画面には、俺でも知っている有名なヨーチューバーが映っている。


『ブンブン、ハロー、ヨーチューブ!』


 歩美はシコシコと物を作っては販売している。

 彼女が作っているのは釣り竿だ。

 売れ筋商品の武器は、同業者が増えたので控え目。

 たくましい商魂に俺は感服した。

 声を掛けようか悩んだが、必死そうだからやめておく。


 由衣は動画を観ている。

 波留とは違って真剣な表情だ。

 俺は彼女の横に腰を下ろした。


「由衣もヨーツベか?」


 ヨーツベとはヨーチューブの略称だ。

 ヨーチューブの正式名称であるYOTUBEをローマ字読みしたもの。


「ううん、私はコレ」


 由衣のスマホに映っているのは、予備校の講義動画だった。

 テレビでもよく見かける有名な歴史の男性講師がカメラ目線で話している。

 話し終えると、男は目にも止まらぬ速さで黒板に文字を書き始めた。

 そして書き終わるなりシュッと振り返り、有名な決め台詞を言う。


『いつ起きたのか? 過去でしょ!』


「由衣は予備校に通っていたんだな」


「まだ2ヶ月目だけどね。通い出したのは3年になってからだから」


「勉強熱心なんだな。予備校に通うまでもなく成績上位だろうに」


 由衣は容姿もさることながら頭もいい。

 ウチの学校は試験の順位が発表されるけれど、彼女はいつも上位だ。


「念には念を入れてるの。大地は模試でA判定だったら安心しちゃうタイプ?」


「AどころかBでも安心するし、なんなら慢心するぜ」


 由衣がくすりと笑った。


「私もそういう性格だったらいいんだけど、なんだか不安なんだよね。試験の日に高熱が出て意識が朦朧としたらどうしよう……とか考えちゃう」


「それで念には念を入れるわけか」


「仮にどの問題を見ても楽勝って状態なら、意識が朦朧としていようが合格できると思うから。それに、落ちた時に後悔しなくて済むじゃん。嫌なんだよね、後悔するの」


「えらいなぁ、由衣は」


「大地みたいな頭のキレはないけどね」


「キレるか? 俺」


「ベッドにおしっこをかけて売るとか天才のそれだったよ」


「偶然だよ。一か八かの賭けでもあった」


 俺はゆっくりと立ち上がる。


「勉強の邪魔をするのも悪いし失礼するよ」


「せっかく話しかけてくれたのにごめんね」


 布団地帯から離れてトイレに向かう。

 トイレに入ると扉の鍵を閉め、便座を下ろした。


(俺も自分の作業に集中するとしよう)


 スマホを取りだし、マナーモードになっているかを確認。

 その上で音量を最小限にし、更にはミュートボタンも押す。

 万全の状態でネットを開き、海外の動画サイトにアクセス。


「さて……」


 便座に座り、適当な動画を再生する。

 セクシーなお姉さんの動画だ。

 悪くない、コレにしよう。


「おおっ……! おおおっ……! おおおおっ……!」


 左手で持ったスマホに釘付けの俺。

 俺の興奮に比例して便器がガタガタと揺れる。


「ふぅ……」


 揺れが止まると同時に息がこぼれる。

 トイレの中が妙な臭いで満たされていった。

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