018 付加価値って知ってるか?

「追放なんてそんなのありえない!」


 案の定、萌花は喚き散らす。

 しかし、その声に耳を傾ける者はいなかった。


「メシは済んだだろ? さっさと消えてくれ。邪魔だ」


「なによその言い方。大地、調子に乗りすぎじゃない?」


 萌花が睨んでくる。


「自分がモテ男になったと勘違いしているようだけど、そんなことないよ。卯月さん達がどれだけ可愛いからって、あんたは変わらない。冴えない陰キャラなんだから。相手にされているのも今だけよ」


「そうかもな」


「それなのに私を捨てるの? 幼馴染みでしょ? 昔からずっと一緒だったじゃん。家も隣。友達でしょ? 酷くない?」


「そうかもな」


「ちゃんと聞いてる?」


「そうかも――あ、いや、聞いてるよ」


「なによその態度! もういい! こんなところ、こっちから願い下げよ! 私は谷に行くから。皆と合流するもん。大地達が来ても入れてあげないから」


「いいよ。じゃあな」


 俺は完全に冷めていた。

 どうしてこの女を友達と思っていたのだろう。

 そう自問していた。


 今はもう、萌花のことを友達としては見ていない。

 ただのウザい奴という認識だった。


「じゃあな、じゃないでしょ?」


「「「「「えっ?」」」」」


 これには俺だけでなく、波留達まで反応する。


「谷に行くんだから」


「うん、それで? 行けばいいじゃん」


「ベッド、持てないでしょ。運んでよ」


 萌花が洞窟の中を指す。

 彼女の買ったベッドがあった。

 自己中な性格を表した一品だ。


「追放するんだから、大地が運んでね」


「…………」


 呆れ果てて固まってしまう。

 俺は深呼吸してから言った。


「馬鹿か? おめぇ」


「はいぃ?」


「あのベッドは昨夜の宿泊料兼これまでの食費として頂く」


「そんなの」


「認めないってか?」


「当たり前でしょ」


「なら風呂とトイレの金を負担してくれ。使っただろ? 俺達が数十万を掛けて作った物を。それに波留が買ったドライヤーも使ったはずだ。それらの使用料を払ってくれ。ベッドよりも遥かに高いと思うけどいいよな?」


「めちゃくちゃよ! そんなの!」


「お前も同じようなことを言っている。分かったら失せろ」


「……絶対に許さない!」


 萌花は俺を睨み付けると、谷のある方角へ歩いて行った。


「ふぅ」


 萌花の背中が完全に消えると、俺は息を吐いた。


「やるじゃん大地! 男子媚び媚び女を追い出したぞ!」


 波留が目を輝かせて抱きついてくる。

 萌花と違い、胸の弾力が感じられた。


「私、スカッとしたよ。大地君があそこまで言うなんて」


「まさにスカッと大地だね」


 千草と歩美も嬉しそうだ。


「で、あのベッドはどうする? 大地が使う?」


 由衣が話題を変えた。

 萌花の置き土産であるベッドに視線が集中する。


「俺だけベッドっていうのもなぁ。それに萌花のベッドを使うのは嫌だな」


「だったら売ればいいんじゃない?」


「まぁそうなるよな」


 俺は歩美に尋ねる。


「売ったらどのくらいになるかな?」


「あのベッドの定価が1万ptくらいだから、2000ptにもならないかも」


「そんなに安いの? 1回しか使っていないのに」


「逆の立場なら買いたいと思わないでしょ? 昨日の今日で売りに出されるベッドとか。訳あり商品なのかなって思うじゃん」


「たしかに」


「それでも買うなら、『失敗してもまぁいっか』て思うような金額にする必要があるんじゃないかな。だから2000ptにもならないかなって」


 完全な正論だ。

 俺を含めて全員が頷く。


「二束三文でもゼロよりはマシってことでいいんじゃない?」


 そう言うと、由衣はスマホを取り出した。

 ベッドサイドに座って脚を組み、スマホを操作している。

 おそらく〈ガラパゴ〉の販売タブを開いているのだろう。


「2000で出品するけどいいよね?」


 由衣が確認してくる。

 波留達が承諾する中、俺は首を横に振った。

 名案を閃いたのだ。


「2000は勿体ない。もっと高い値段で売ろう」


「何か方法があるの?」


「まぁな。とりあえずこの“訳あり商品”を洞窟の外に出そう」


「外に? いいけど」


 俺の考えが読めずに困惑する一同。


「で、どうするの?」


 ベッドを洞窟から出したところで、由衣が尋ねてきた。


「こいつに小便をぶっかける」


「はぁ!? 小便!?」


 波留が驚きのあまり飛び跳ねる。


「大地君、正気?」


 千草に至っては本気で俺の頭を心配している。


「いたって真面目だし正気だ。皆は後ろを向いていてくれ。見られていると出るものも出なくなってしまう」


 気でも触れたかと言いたげな顔をしつつも、波留達は従った。


 俺はベッドの敷き布団をめくり、小便をぶっかける。

 寝転んだ時に下腹部が当たりそうな場所へ尿を集中。

 放尿が終わると、敷き布団を元に戻した。


「もういいぞ」


 全員がこちらを向く。

 それからベッドをチラリ。

 俺が掛け布団をめくって見せると、女子達の顔が歪んだ。


「まじでぶっかけてるじゃん」


「これが売れるための秘策さ」


「マジでどういうことよ」


「付加価値って知ってるか?」


 俺はスマホを取りだし、〈ガラパゴ〉を起動する。

 販売タブを開き、ベッドの情報を入力していく。


「こういうことさ」


 商品情報を入力したところで皆に見せた。


「堂島萌花が使っていたベッド……って、そのままじゃん」


「波留、もう少し下まで読んでみろ。具体的には商品説明だ」


 波留は「えーっと」と目を滑らせていく。


「堂島萌花を追放することになったので、彼女が使用していたベッドを処分します。自分達で使おうかとも思ったのですが、大量の尿によって汚れているので売ることにしました。ノークレーム・ノーリターンでお願いします……って、やっぱりそのままじゃん! このノークレームがミソ?」


 どうやら波留には分からないようだ。


 他の女子達は分かっている様子。

 由衣に至っては「流石ね」と笑っていた。


「価格はそうだな、2万にしておくか」


「2万!? 1万の物を2万でなんて売れるかよ! しかもおしっこで汚れているのに! ありえないっしょ!」


「さぁ、それはどうかな」


 俺は2万でベッドを出品した。

 出品が完了すると、ベッドはその場から消える。

 それから数十秒後、ベッドは売れた。


「なんでえええええええ!?」


 仰天する波留。


「俺はただのベッドをマニア向け商品に変えたのさ」


「どういうこと?」


 種明かしをしよう。


「あの商品説明を読むと、いかにも萌花がお漏らしをしたように錯覚するだろ?」


「うん」


「世の中には色々な性癖の奴がいてな。中には女子のお漏らしに興奮する奴もいるわけさ。そういう奴にとって、俺の出品したベッドはただのベッドよりも価値がある。〈ガラパゴ〉の売買は互いの名前が分からないから遠慮無く買えるしな」


「うはぁ!」


 ようやく理解した波留。


「大地すげぇ! 天才じゃん! 付加価値すげぇ!」


 波留がぴょんぴょん飛び跳ねる。

 だが、少しして「待って」といきなり止まった。


「それだったら、萌花じゃなくてウチらのほうがよくない?」


「えっ」


「だってウチらのほうが萌花よりモテるし」


「いや、それはそうだけど」


「萌花で2万なら、私のお漏らしってことにしたら10万はいくんじゃね!?」


 由衣は呆れた様子でため息をつき、波留に向かって言う。


「……お金の為にお漏らし女の汚名がついてもいいの? 私は嫌だよ」


「たしかにそれは嫌だー! じゃあ駄目じゃん! 萌花にして正解!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る