017 ギルティ

 悲しいことに、萌花は無能だった。

 角ウサギを狩ることはおろか、樹上の果物を採取することもできない。


 否、そういった作業をしようとしなかった。

 外を歩いているのに、彼女の視線は手元のスマホに集中しているのだ。

 獲物を探そうとすらしない。


「今は狩りに集中してくれよ」


「やだ。別にいいじゃん。そんなに頑張らなくても」


「はぁ?」


「だって他の人も働いているんでしょ。私達はテキトーにやって『駄目でした』って言えばいいじゃん。それにお金だって余裕あるんでしょ? トイレとか作っちゃうくらいだし」


「…………」


 呆れて物も言えない。


「それよりさ――」


 萌花がスマホではなく俺に視線を向ける。


「――男子、入れようよ」


 またその話か。

 俺はうんざりした。


「だからその気はないって」


「ハーレムじゃなくなるのが嫌だから?」


「そうじゃないよ。今は人を増やす気がないだけ」


「少しならいいじゃん。それに、女子より男子の方が働くよ。私の代わりにたくさん働いてもらうから。それなら私が働かなくても問題ないし」


 流石に冗談だろ、と思った。

 だが、萌花の顔を見ると至って真剣である。


「ふむ……」


 俺は今後のことについて考えていた。


「大地、今の私を見てどう思う?」


「どうって」


 無能でウザい女だ。

 波留達と出会う前ならば何も思わなかっただろう。

 女はそういうもの、と勝手に納得していたはずだ。


 波留達と仲良くなって気付いた。

 萌花はあまりにも自己中で、それでいてあまりにも無能だ。

 女はそういうものだなんてとんでもない。

 この女はクズだ。


 それでも飛び抜けて可愛いならまだ理解の余地はある。

 今までの人生でチヤホヤされまくって天狗になったのだろう、と。


 だが、彼女の容姿は中の中、ひいき目に見ても中の上だ。

 上の上に君臨する波留達と並んだ場合、明らかに見劣りする。

 現に小学校や中学校の時、萌花はそれほどチヤホヤされなかった。


「可哀想でしょ?」


「へっ?」


 俺は首を傾げた。


「もしかして、仕事の出来が悪すぎて可哀想ってこと?」


 自分でも無能だと気付いているのか。

 それならばまだ救い道が――。


「違う。仕事の出来が悪いってなに? 喧嘩売ってんの?」


「いや、冗談だよ」


 どうやら違うらしい。

 救い道はないようだ。


「卯月さん達のことだよ。特に桐生さんが酷い」


「桐生って、ああ、波留のことか。波留が何かしたのか?」


「見ていて分からなかったの? 明らかにいじめられてるじゃん、私」


「えっ?」


「あの人達、私にだけ冷たい。まぁ私だけ違うグループだからなんだろうけど。それに、ちょっと顔がいいからってすごい調子に乗ってる。大地を思い通りに動かそうとしてるのが見え見え。こんなの耐えられないよ私」


 萌花が急に泣き始めた。

 得意戦術の一つ〈嘘泣き〉だ。

 彼女はこの手をよく使う。


「だから、私の友達グループも入れさせてよ。人数が同じくらいならいじめられないから。ね? お願い、大地」


「なるほど」


 理解した。

 どうして萌花が男子を入れたがるのか。

 自分が多数派になりたいわけだ。


(そう上手くいくとは思えないがな)


 萌花が媚び媚びで絡むのはチャラ男グループだ。

 口を開けば女や少子化対策の話をするような連中である。

 女のことは外見しか見ていない。


 そんな連中がどちらを選ぶかは明白だ。

 萌花では、最強の容姿を誇る波留達の相手にならないだろう。


 萌花もそのことは理解しているはず。

 それでも彼女が男子グループに拘るのには理由がある。

 おそらく――。


「女子ならいいよ。男子はダメだ。あと3人、好きな女子を入れるといい。それなら数は互角だ。俺を波留達の側にカウントしたいならもう1人いれてもいい」


「女の子の友達は近くにいないから駄目」


「別に今日じゃなくていいよ。明日とか明後日とかでもいい。今すぐに入れる必要はないし、近くにいなくても問題ないよ」


「そういう問題じゃないんだって」


「なるほど」


 ――思った通り。

 萌花には女の仲間がいないのだ。

 そんなことだろうと思った。


 なにせ学校での萌花は、男子としか話していない。

 典型的な同性から嫌われるタイプだ。

 彼女が女子と話す姿をこの数年は見ていない。


「男子でもいいじゃん。お願い、大地。絶対に邪魔しないから。それに、このお願いを聞いてくれるならなんだってするよ」


「なんだってする?」


「うん。狩りも頑張る」


 俺は一瞬にして湧いた邪な妄想を素早く消した。

 狩りは頑張って当たり前のことだ。


「よく分かったよ」


「ほんと? じゃあいいの?」


「まだOKとは言い切れないけど、波留達を説得してみよう。俺はリーダーだから、俺が強く言えば彼女らも断れない」


「おおー! 頼りになる! ありがとー、大地!」


 萌花が抱きついてくる。

 身体を密着させてきているのに、胸の弾力がない。

 おっぱいではなく肋骨が当たっているように感じた。


 ◇


 昼になったので、俺達は拠点に戻った。

 波留と由衣も戻ってきており、洞窟の前に全員が揃う。


「釣りのほうはどうだった?」


「昨日に比べると微妙だったなぁ。でも、由衣が絶好調でさぁ! 私の代わりにガンガン釣ってたよ! 私のチャームポイントを奪うなよなぁ!」


「それを言うならセールスポイントじゃない?」


 由衣が笑いながら指摘する。

 波留はガハハハと豪快に笑った。


「ねぇ大地」


 萌花が会話に割り込んでくる。

 波留の笑顔がすっと消えた。


「例の件、早く」


 男子を入れるよう説得しろ、と言っているのだ。

 例の件とぼかすのは、俺に話をさせたいのだろう。


「ああ、そうだな」


 俺は頷いた。


「例の件って?」


 由衣が怪訝そうな目で俺を見る。


「なーに、大したことじゃないよ」


 俺は満面の笑みを浮かべた。


「この昼食をもって、萌花はここから出て行くってだけさ」


「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を出す萌花。

 他の女子も目をパチクリさせて驚いている。


「どうやら彼女はここの暮らしが合わないらしい。だから出ていくんだって」


「マジ?」と波留。


「もちろん。こんな話で冗談なんて言うわけないだろ。だよな? 萌花」


 皆の視線が萌花に集まる。


「なに言ってんの!」


 萌花が顔を真っ赤にして怒る。


「そんなこと言ってないでしょ! 男子グループをここに入れるって話だったじゃない! なに言ってんの大地!」


「お前こそなに言ってるんだ?」


「えっ」


「強引に押しかけてきたと思えば、感謝の言葉すら言わない。狩りや採取もまともにしない。そのくせ要望だけは一人前。自分をお姫様とでも思ってねぇか?」


「なにを……」


「俺は考えていたんだ。どうにかしてお前をここに残せる理由を見つけようってな。仕事ぶりが優秀だったら性格がクソでも説得のしようがあった。あいつは有能だから邪険にしないでくれってな。だがお前はどうだ。能力もクソ、性格もクソ。オマケに顔だって大して良くない」


 俺は右手の親指を下に向ける。


「残念ながら萌花、お前はギルティ――追放だ」

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