第11話

 カーズが近づくとソファーに掛けていた者たちが立った。皆、白いローブをまとっていて、古代ローマ人が並んだように見えた。


「お嬢さまをお連れしました」


 彼はこれまでと違う丁寧な口調で、若い方の、とはいっても50代と思われる男性に向かって言った。そこにいるのは、彼に限らず、悪意のない品のよさそうな人物ばかりだ。とても魔王とその家族には見えなかった。


「ご苦労様」


 魔王がカーズに穏やかな笑みを返した。彼のローブには金糸の刺繍が施されていた。


 カーズが数歩横に移動して世那に向く。


「お父上のジャック・ブライアン王です。御挨拶を」


「お……」お父上、王! まさかこの人が?……驚きのあまりに世那は言葉を失った。自分が誘拐された魔王の娘だと聞かされていたが、正直信じていなかった。貧乏で孤独な娘が王様の子供だったなど、童話やマンガでしかないことだ。しかし、脳死状態のレンを治療し、魔界に移動したかと思えば王宮の吹き抜けを飛んで移動した。何よりも、ソファーに座っている老人は亡き安国に瓜二つ。もはや、カーズの言うことを疑う理由はなかった。が、頭は納得しても、心の動揺は静まらなかった。


「セナ!」


 声を上げたのは頬のこけたメグ・ブライアン、世那の母親だった。彼女は歪んだ笑顔に涙を浮かべ、駆け寄ると世那を抱きしめた。ハーブの甘い香りが鼻をくすぐった。


「こんなに大きくなって……、どれだけ捜したか……」


 メグが耳元で喘ぐ。


 この人が母親。……彼女がうろたえているからか、逆に、自分でも驚くほど冷静になっていた。


「私、誘拐されたのですか? 何もわからなくて……」


「そうなのよ。赤ちゃんのあなたを、叔父が……」


「どうして?」


 尋ねると、彼女はジャックに目をやった。


「まあ、座りなさい」


 促され、彼の正面に座った。全員が座るとメイドが紅茶と小さなケーキを世那とカーズの前に置いた。彼女のローブはレモン色をしていた。


「セナは初めてだろう。私がこの国の王、ジャックだ。彼が父のキング、弟の犯罪の責任を負って退位した……」


 ジャックは父親と祖母のマリー、妻と世那の妹のアリスとスバルを紹介した。


「……彼のことは知っているな?」


「あ、ハイ。お名前だけは」


「カーズ君はサファイア魔王の次男、セナのフィアンセだ」


「よろしく、セナ・ブライアン」


 彼は恭しく言った。これまでの彼の態度と比べれば、とても芝居じみていた。


 私のフィアンセですって!……驚きのあまり、世那の目は真ん丸に見開き、心臓は一瞬止まった。


 そんなことには気づかないようで、ジャックは説明を続けていた。


「……息子が生まれなかった今、セナが次の国王に就任することになる。カーズはセナを支える立場。そんな縁で、15年ほど前からセナを探してくれていたのだ」


 私が国王?……頭に浮かんだのは女帝、天神照の美貌あふれる容姿と、葬儀で聞いた知的な挨拶だった。あんな人間になれるだろうか? なりたい。でも無理だ。……願望と不安が脳内で錯綜し、カーズが話し始めたのにも気づかなかった。


「幼いころよりセナ姫を妻にすると誓い、過ごしてきた。大人になってからは、いや、それより少し早いころより、さまざまな世界と時代を廻り、ずっとヒイロ氏とセナ姫を捜してきました。……しかし、ヒイロ氏が魔力を封印していたために、2人の存在を察知することができなかった。……それが数日前、彼の巨大な魔力を感じた。ところがそれは、すぐに消えた。彼が亡くなったからだ。おかげで、セナ姫を誘拐した理由を聞くことができなかった……」


 最初は情熱的に語っていたカーズが、後半には悔しそうな表情を見せた。

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