第24話 夏祭り、二人は別れて

「ねぇ、ちゃんと話をしよう。今から」


 そう言ったら、橘さんは肯定の返事だけ小さくして、歩き出す。

 あの時のお母さんの電話と同じような、冷たい声。だけど私に対しての嫌悪は全く乗っていない、そんな声。

 さっき諦められない、なんて言っていたけど、それでも私とちゃんと話をしてくれるなんて、やっぱり優しいな。


 そして神社の隣にある、小さな公園まで。隣でお祭りがやっているからか、全く人がいなくて、電灯の明かりだけがぽつりと周りを照らしている。


 橘さんがブランコに腰かけて、私も隣のブランコに座る。

 橘さんが足で地面を蹴ってブランコが少し揺れる。そのまま揺られながら、口を開いた。


「それで、話って?」

「私とか、みんなに返事くれてないこと」


 あぁ、とだけ呟く声が聞こえる。相変わらず冷たく、そしてさっきより拒絶的な意思を含んでいるような気がしてくる。


「私とか、みんなを避けてること」

「別に、そんなつもりじゃないけど」

「そんなわけないでしょ、見てればわかるよ」


 橘さんはあいかわらず強情だ。


「それって、お母さんと何かあったから?」


 そう言ったら、ブランコを漕いでいた足が止まる。俯いている顔が、時間もあってさらに暗く映る。


「そうだよ。お母さんから怒られて、高田さんとも、クラスメイトとも。余計な関係を絶ちなさいって」

「それで、夏休みは何をしてたの」

「ずっと塾と家庭教師との掛け持ちで勉強。もう十分でしょ?」


 そのままブランコから降りて立ち去ろうとする。でも、さすがにその終わり方じゃ納得できない。


「ふざけないで……ふざけないでよ! 私をこんな気持ちにさせておいて!」


 私がそう怒鳴ると、驚いたのか目を点にして私を見つめる。


「いきなり好きなんて言われて、かと思えば急に連絡すらつかなくなって。私はそれも全部受け止めて友達でいたい、って言ったのに」

「でもそれは、無理だったんだよ! このままだと、二度と会えなくなっちゃうから!」


「会えなく……なっちゃうんだよ……」


 涙を流して、拳を強く握って。きっとその決意もあって、あんな顔をしていたんだ。

 そしたら私の行動が急に幼稚に見えてきて、唇をかみしめる。


「さすがに、お母さんも学校までは監視してこないと思うし。だからそれまでの辛抱だよ」


 そう妥協案じみたものを出されてしまうと、迂闊なことが言えなくなる。

 これ以上押しを強くしたらまるで私がとても気にしているみたいだから。いや、とても気にしてはいるんだけど、それ以上のことを考えているみたいに映ってしまうから。


「……わかった」


 そう言うことしかできなかった。


「それにしても、高田さんがこんな強情だとは、思わなかったな」


 最後にそう呟いて、橘さんは神社と反対方向に歩き去っていった。

 いつの間にか呼び方が下の名前じゃなく苗字になっていたのに気づいて、またブランコに腰かけてため息をつく。


 私はどうするのが正解だったんだろう。そこに答えがあるはずもない。抱えきれない問題を持つのはただの無謀だって知ってるから。

 それでも、あの顔を見たら、抱えずにいられなかったから。


 結局その日はスマホで本田さんに連絡をして、一人夜道を先に帰った。

 この思いを抱え込んだまま他の人に会える気がしなかった。




 そのあと、どうやって一週間乗り切ったのか、覚えていない。

 普段もちゃんと毎日を噛みしめて生きているわけではないけれど、流れるように、流されるように時間だけがすぎていった。

 その間は学校が早く始まってほしいと、とにかく願っていたことだけは覚えていた。


 そして学校が始まる当日。早く会いたくて待ち切れず、普段より10分も早く家を出て、電車に揺られる。

 いつもより電車に人が多いのも気にならず、ただわくわくだけがずっと膨らんでいく。行くのは学校なのに。


 校門をくぐって靴を履き替えて。教室に入ったら、すでに橘さんがいた。


「おはよう、澪ちゃん」

「おはよ、葵」


 ふと呼び捨てで呼ばれて、ドキリとする。顔がとんでもなく熱くなって、すぐに顔をそむけてしまう。


「どうしたの?」


 ドキドキはちょっとずつ増えていって、どうしようもない。


「呼び捨てなんてするから……」

「えへへ」


 そうやって笑う橘さんも顔がうっすら赤くて、二人で笑ってしまった。

 それとほぼ同時に他のクラスメイトが入ってきて、こんな姿を見られないように自然体を装って。二人で気兼ねなく話せる時間が、また待ち遠しくなった。


 ◇


 楽しい時間ばかりすぐに過ぎてしまって不公平だと思うほど、あっという間に学校が終わってしまった。

 これから平日は毎日会えるとはいえ、短すぎるよ。


「ねぇ、せめて駅まで一緒に行こ?」

「もちろん! 私もそのつもりだよ」


 わざとゆっくりなスピードで一緒に歩きだす。残りの時間が一秒、一秒と減っていくのを感じる。

 階段を歩く橘さんの仕草も、しっかりと目に映って。それとなく手を繋いで。

 靴を履き替えて、玄関から出て。


 だけどそこに、あの人がいた。握られた手の力が、強くなった。渦巻く気持ちが黒くなった。

 目の前に、橘さんのお母さんが立っていた。

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