第23話 夏祭り、二人は出会って

 さらに数日経っても橘さんから連絡は全くない。

 私の方から送っても、本田さんが送っても既読すらすぐにつかない。


 さすがに心配になってきたけど、家もわからないし、事情が分からないのにむやみに行動してもどうにもならないし。

 ふとスマホが鳴る。橘さんかな。そんな期待で手に取ったスマホには、本田さんからのメッセージが表示されていた。


 そのメッセージによると橘さんは、中学校の頃から学年でもトップクラスに頭がよくて、本当はとても頭のいい高校に行くはずだったらしい。

 でもその受験に失敗して、今の高校に来たこと。そしてそのことで橘さんの母親が怒ったこと。

 そんな内容が書いてあった。

 本当は本人から直接聞きたかったな。なんてわがままも言ってられないのでお礼だけ送って、スマホを閉じる。


 普段は学校に行きたくないなー、なんて怠惰に思うことが多いけれど、こういう時は学校がないことが辛くなる。

 早く橘さんに会いたいなぁ。




 それからも橘さんから返事はなく、夏休みが終わるまであと一週間といったところになった。

 気づけば半月以上も返事がなくて、もはや旅行前のメッセージが見えなくなりそうなほど送ってしまっていた。


「まるで恋人みたいだなぁ」


 そうぼやいて、だれも聞いていないのに足をバタバタと暴れて。

 自分が変になってしまったような気がして恥ずかしい。


 今までは一人だったのに。一人を選んで、何とか生き抜いてきた、そんなつもりだったのに。

 本当は人との触れ合いが欲しくてたまらなくて、そんなときに橘さんと出会って。

 いつの間にか隣にいることが当然になっていた気がする。


 勝手に勘違いしていたけど、別に橘さんは私のものでもないし。友達もたくさんいるし、親とのあれこれもあって。

 本当は旅行のあの時から、こうなることだって頭の片隅にはあったはずなのに。

 ずっともやもやが膨らんでいくまま、自分の独占欲が募っていくまま。


 そんなとき、たまたまお母さんが持ってきたのが夏祭りのチラシだった。




 夏祭り当日、家から歩いて15分ほどの神社。夏祭りを除いたら初詣の時に来るかどうかくらいな場所だ。

 普段なら絶対に行かないのに、どうしても行きたいなんて思ってしまったのは多分不純な動機のせいだ。


 さすがにお祭りだからか、初詣の時かそれ以上に人がいて気が重くなってくる。学校も近いから同じ学校の人も何人かいる気がする。制服じゃないし、顔と名前がちゃんと一致するわけでもないけど。


「あれ、高田さん?」

「あ、ほんとだ! やっほーい」


 後ろから声をかけてきたのは本田さんと、金髪ギャルちゃん。正直ギャルの子とはあまりしゃべらないのもあって、相変わらずどんな子なのかちゃんとわかってない。


「みおっちと一緒じゃないなんて珍しいじゃん」

「あの子は最近全然連絡くれないのよね~」


 私は話の空気に乗り切れずただ頷く。


「ま、一人なら一緒にまわろーぜ」

「いいよ」


 退屈だったから、正直隣に人がいてくれるとちょっとうれしい。そんなわけで、一緒に回ることになった。


「お、射的じゃん。やろーぜ!」

「いいよ、いってらっしゃい」


 本田さんはまるでお姉さんのような態度で、ギャルちゃんを扱いこなしている。私にはできない芸当だなぁ、ちょっとうらやましさがある。

 目の前ではギャルちゃんが身を乗り出しながら鉄砲を構えていて、大人げなさが見えて面白い。でもうまく当たったようで、箱に入ったキャラメルチックなお菓子を手に入れてた。

 うまく当ててたのを見て面白そうに見えてきた私もやったら、全く当たらなかった。とほほ。


 通り道で買った綿あめをちょっともらいながら、せっかく神社だしお参りしていこうか、って話になった。

 相変わらず人がすごい多くて、ただお参りするだけでしばらく待ちそうだ。相変わらずの人の多さで私はふらふらだけど、なんとかこらえている。


 やっと私たちの順番になって二例二拍手一礼。私は五円玉を持ってなかったから十円玉を投げて。

 何を祈るかは最初から決まっていた。


「橘さんが元気でいますように」


 わざとちょっと大きい声でつぶやいた。




 神様に届いたかわからない願い事の後、改めて屋台の並ぶ道を歩く。何の変哲もない、ごく普通の道。

 でも一瞬、まるで風が吹いたような気がして、目に入る景色が一変した。


 そこに橘さんが、一人で歩いていたから。


「ごめん、ちょっと用事ができた」

「そっか、行っておいで」

「えー、高田ちゃんどうしたのー?」


 本田さんは何かを察したのか、ただ優しそうな顔で。ギャル子ちゃんは私がいなくなることにちょっと不満気で本田さんにあやされている。


「ごめんね、ありがとう」


 両方の思いを抱えながら、ただ橘さんめがけて走り出す。


「橘さん!」


 そう呼びかけたら、一瞬だけ彼女の足が止まった。でも、私から逃げるようにより速足で歩きだす。


「待って! 澪ちゃん!」


 二度目、そう呼びかけたら彼女はさすがに涙目で振り向いた。

 旅行の時何度か見せた、悲しくてつらそうな顔。だけどそれと同じくらい、何か決意を固めた顔をしていた。


「やめてよ、葵ちゃん。そんなこと言われちゃったら、諦められないじゃん」


 そう告げる橘さんを見ても、私は止まらない。止まれない。


「ねぇ、ちゃんと話をしよう。今から」

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