第22話 一人歌うカラオケの話

 旅行が終わって、数日はとても静かで退屈な日々を送っていた。

 純粋に旅行にいい思い出が詰まっていたのもあるけど、それ以上に橘さんからの連絡がほとんどなくなったから。

 普段だったら毎日2つくらいは新しいメッセージが飛んできて、よく話のネタに困らないなぁ、なんて見ながらくすりと笑うものだけど。なくなってしまうと私の携帯から通知音は全く鳴らなくなってしまって、あまりに寂しい。


 することがなくなってどうしようか悩んでいた私は、いつも通り動画サイトを開く。

 そしたら、とある動画からしたいことを見つけて、だんだんとそれをやりたい欲が高まってきた。

 そしてやってきたのがここ、カラオケである。


 中学生のころは時々来てたなぁ、なんて懐かしさを覚える。つまりもう2、3年ぶりくらい。

 もちろん誰かと来たわけじゃなくて、毎回一人で、いわゆるヒトカラだけど。


 毎回飲む乳酸菌飲料をコップに入れて、部屋に入って。

 とりあえず普段動画サイトで聞いてる曲を入れて、採点を入れつつ歌いだした。




 2時間ほど歌い続けて喉が少し疲れたので休憩。一人だと部屋が人数に対してちょっと広くて、寂しさを感じる。

 今度は橘さんと来たいなぁ。……こんな言い方したら恋人みたいだけど。


 寂しさを感じて橘さんを想像したら、また告白されたことを思い出してしまった。

 友達として仲良くしてください、とは言ったけどそれがちゃんとした返事になってるかわからない。

 付き合うか付き合わないか、そのまるばつで聞かれた時、どっちって言いきることができなかったから。


 未だに同性で付き合うなんてイメージはないのに、なんで付き合えないって言いきれないんだろう。

 友達としての関係が壊れるのが怖いのかな。でも、それだけじゃないような。

 もやもやとして答えは出せないまま。

 今カラオケにいるのを忘れて悩んでいたことに気付いて、それを隠すように曲を入れる。入れたのは、片思いのラブソングだった。




 歌い疲れて家まで帰っていたら、たまたまクラスメイトに出くわした。


「あれ、高田さん。こんにちは」


 話しかけてきたのは図書委員の本田さん。初登校の日のお昼に話してから、細く長く関係が続いている。時々図書室で本を借りるときに相談したり、運動苦手組で体育でペアになったり。

 今日は本を買ってきたみたいで、沢山の文庫本が紙袋に入っている。とても重そう。


「高田さんは何してたの?」

「さっきまでカラオケに行ってました」

「カラオケかー。楽しそうだね」

「う、うん」


 本当は一人でなんです、とは口が裂けても言えないから、露骨に話を逸らす。焼け石に水だろうけど。


「そういえば、最近橘さんどうしてるか知ってる?」

「そういえば、静かだね~。数日前まではしょっちゅう写真とか送られてきてたけど」

「写真?」

「そうそう、高田さんとご飯食べてる写真とか」

「あー……」


 そこまで出回ってるなんて聞いてないよ橘さん。今度釘刺しておかないと。


「あら、触れちゃいけない話題だったかな」

「いや、いいんだけど……」

「まぁその感じだと、何かあったみたいだね」


 そうやって肘で小突いてくる。この様子だと、何から何まで全部ばれているような気がしてくる。そんなことではないのにやましいことをした気分になってきた。


「でも心配だね」

「うん……」

「私も知ってそうな人にこっそり聞いてみるよ、あまり大事にしたくなさそうだし」

「ごめんね、助かるよ」

「ううん、こういう時はお互い様だよ」


 私は何かした記憶ないんだけどなぁ。優しい対応してくれるとちょっとうれしくなっちゃう。

 そんな感じで本田さんとは別れた。




 家に着いたら、珍しく玄関に靴が一足あった。お母さんの靴だ。

 一時期はそれに気づけないほど気が滅入っていたけど、最近はちょっとずつ心に余裕ができてきたのを感じる。

 たまにはちゃんと話さないとなぁ。そう思って、手を洗おうとリビングに入ったら、当然お母さんがいた。


「あら葵、おかえり」

「ただいま」


 正直言ってしまえば、挨拶するのすらひと月ぶりくらい。それくらい普段は会話すらしない存在になりつつあって。

 でも親と会話する心の余裕ができたのも、ひとえに橘さんのおかげだと思う。


「そういえばさ、お母さん」

「どうしたの?」

「ねぇ、私が学校に行ってなかったころ。どう思ってた?」

「珍しいわね」


 言葉と違わず目を点にしたような表情をしたまま、少し考える仕草をして。


「そうね、そりゃ、心配だったわよ。ずっと学校に行かなくたっていずれは自立しないといけないのだし」


 私はただ無言でうなずく。私自身も未来が見えなくて不安を持っていたけど、それは当然周りの人間も同じなわけで。

 それが見えるようになったのも、今になってだ。

 コーヒーを飲みながらお母さんが続ける。


「でも心配だからこそ、いったん気にしないことに私はしたの。お父さんは、強く言った方がいいんじゃないか、って言ってたんだけどね」


 お母さんが軽く笑みを見せて、私は苦笑いを返す。


「ま、今は素敵な友達もできたみたいだし。家にも連れてきてるんでしょ?」

「まぁ紆余曲折あって……」

「タイミングが合うときに私にも紹介してよね」

「う、うん」


 まさかその相手に告白されたなんて、言えるわけもなく。ただ秘密を抱える相手が増えただけだった。

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