第21話 寂しい帰り道の話
落ち着いた私たちはホテルに荷物を置きっぱなしなことを思い出して、いったんホテルまで戻った後、ここまで戻ってきた。
なんで戻ってきたかっていうと、私が
「今日はここに一緒に行くつもりだったんだよね?」
って冗談交じりで聞いたら、橘さんが静かに頷いたから。さすがにあれだけで終わりにするのは気分がよくなかった。
それにしても、あまりしゃべらない人を相手にするってこんな感じなんだな。すごい会話にやりにくさを感じる。
今度からは、もう少し自分から喋ったほうがいいなぁ。ちょっと反省。
「それで、私と一緒に旅行に来たかった理由、教えてよ」
「そ、それは……」
落ち込んでいる表情に頬の赤らみが混ざって変な顔を崩さないまま、前にあった小さいモニュメントを指差す。そこに金色のプレートが飾ってあるのに気付いたから、近寄って書いてある文字を読んでみた。
「恋人の、聖地?」
こくりと頷くだけでそれ以上何もしゃべらない彼女を見て、何が言いたいのか大体想像がついた。
つまり、橘さんは私が好きなんだ。今まで幾度となく言った冗談とか、きっとそういう次元の話をしているわけじゃなく、彼女、恋人として。
橘さんに好意を向けられている、そうわかったら普通はきっと大喜びだろう。友達贔屓を抜いてもかわいい顔をしている彼女のことだ。大体の人は、この時点でOKの返事をしてしまう。
でも、私は喜べなかった。なんで私が? 自分に好かれる要素があるなんて思えなくて、ほとんど困惑をしている状態。
そもそも同性と恋愛なんて、いくら考えたってあり得ないし、私は今のところ橘さんを友達までとしか見れていない。
だから、どうやって断るべきなんだろう。でも断ったら、この関係はどうなるんだろう。恋人になったら、何が変わるんだろう。
私にはそういう経験がなさ過ぎた。
「ごめん、今はそういうの、わからないや」
そうやってあいまいな返事を返すことしかできない。
今私は、橘さんは、どんな顔をしているんだろう。
太陽はすでに昇って暑い日差しが照りつける中、お互い黙り込んで静かな空気が数秒。
先に口を開いたのは橘さんの方だった。
「そりゃ、そうだよね。私が変なんだってことも、わかってる。ごめん」
そのまま逃げるように立ち去ろうとした橘さんの手を掴んで、叫ぶ。
「いまは、恋とか、好きとか、わからないけど」
頑張れ私。バクバクする心を押さえつけながら、頑張って言葉を紡ぐ。
「だけど、それ以上に、大好きな、大切な。友達だから」
「これからも友達でいてくれませんか」
これから待ち受けるであろう困難も忘れたわけじゃないし、私と橘さんの気持ちの違いとかで悩ませることもあるだろうけど。
今までの逃げの中でも、自分とちゃんと向き合って出せた答えだと、勝手に手応えを感じていた。
「うん、それでも、いいよ」
いかにも渋々、って感じでだけど、何とか許してくれた。だけどやっぱり顔はわからない。
私が見ないようにしてるのもあるし、橘さんもたぶんわざと顔を逸らしているから。
でも今それ以上の感情を受け取るのも怖くて、見なくていいとわかると気がちょっと楽だった。
私たちの関係は低空飛行していたかと思ったら急上昇して、したと思ったらまた急降下して。
今は、さっきの言葉が頭に残って、恋人を見るような目で橘さんを見てしまう。いや、別に恋愛経験自体ないんだけど。
でも、今までで一番ちゃんと恋のもどかしさとか、そういうのがわかる気がする。
昨日までみたいに目を合わせて笑えない。昨日までみたいに何気ないことを話して笑ったりできない。
そのどれもが昨日までとは違う距離感で、今まで何度も話してきたのに初対面の相手よりうまくしゃべれない。
それなのに、今まで以上に一緒にいて楽しい。幸せ。
気まずさを残したままお城を見て、美術館を見て、お昼を食べて。
すべてがきらめいて見えた旅もあっという間に終わりを告げて、帰りの電車の中。
土日のプチ旅行だから、次の日に影響しないように、ってお昼前に帰ることにしたんだよね。夏休み中ではあるけど。
電車の中で駅弁をつつきながら、自分が変わってしまったことにびっくりして、それをもくもくと考える。
友達の距離感って、どんなだったっけ。今までどんな感じで話してたんだっけ。
「ねぇ、葵ちゃん」
「ひゃいっ」
考えがまとまらないうちに向こうから話しかけられて思わず噛んでしまう。
「ちょっと葵ちゃーん、しっかりしてよ~。ってそうじゃなくてさ。私のことも、名前で呼んでほしいな~って」
「なんでよりにもよって今なの?」
ムードも何もあったものじゃなくて、思わず腹を抱えて笑いそうになった。それを何とかこらえて、聞き返す。
「だって私は葵ちゃん、って呼んでるのに、不公平だもん」
「そもそも私は自己紹介の時に名字で呼んで、って言ったでしょ」
「私たちの仲なのに~?」
まったく理由にもなってないし、なおさら今である必要がわからないけど、かわいいからどうでもいいや、って気分になってしまう。
「えっと……澪……ちゃん?」
「録音するからちょっと待って! あと呼び捨て! ちゃん禁止!」
「録音するのはやめてよ、澪」
「やっぱり葵ちゃんの声だと呼び捨ては変なきぶ~ん。ちゃん付けにして」
「はぁ、わかったわかった」
適当にあしらいながらもいたずらしたくなった。
「もう、しょうがないなぁ。澪ちゃんは」
心から笑ってそう言うことができた。そしたら眩しい光を見たかのように
「葵ちゃん可愛すぎ! もう1回! もう1回言って!」
なんて騒ぎ始めた。ここが電車の中なのを忘れていそうだったのですぐにたしなめた。
たしなめてたら言葉の意味に気付いて恥ずかしくなったけど。
乗り換えが終わってしまえば、もう旅行もほとんど終わり。
楽しいことだけじゃなかったけどたくさん思い出ができて、今となってはいい思い出だ。
橘さんも思い出に浸っているのか、隣で寂しそうな顔をしている。
「それじゃ、またね」
駅に着いてそう呟いた橘さんが悲しそうだったのが、嫌に印象的だった。
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