第20話 テラスにて、の話

 ホテルを出て5分ほど歩いたら、昨日と同じ海岸についた。

 ただ時間のせいもあって、人は全くいない。車の走る音と波の音だけが普段よりうるさく聞こえている。


 砂浜に足を取られながら波打ち際まで来たけれど、それを見たからといって何か変わるわけでも、変わるためのアイデアが思いつくわけでもなく。


 勝手に出てきちゃったけど、もう葵ちゃん起きてるかな。起きてたらきっと心配してるよね。でも、今は……会いたくないな。

 普段はそんなこと思わないんだけど、今顔を合わせても何を話せばいいのかわからなくて。


 まだ冷たい風を浴びたら、なんでいきなり飛び出してきたのかわからなくなってきた。

 でもホテルに戻るのは、何でこんなことしたのか聞かれても答えられないし、それ以上にプライドがあるからできないし。

 行く場所を失っちゃった私は、今日二人で行くはずだった場所を目指して歩き出した。




 わざとゆっくり時間が経ってほしくて歩きづらい砂浜を歩き続けて15分ほど、辿り着いたのは海岸沿いのテラス。

 なんでここに来たかったかっていうと、ここは恋人の聖地として有名だったから。

 告白……なんてできるわけもなくて、場所とその場の空気に任せて思いをそれとなく伝えて、ちょっとでも関係が進めばなーなんて思っていたのは昨日のお昼まで。


 今となっては、そんなことできやしないけど。

 

 誰にでも秘密はあるものだけど、それをちゃんと打ち明けてくれた強い葵ちゃんが好きだった。

 あまりしゃべらないようで、私に対しては意外と饒舌な葵ちゃんが好きだった。

 困ったなぁ、なんて顔をする葵ちゃんも、ぼーっとしてる葵ちゃんも、全部が好きだった。


 問題に直面して、改めて葵ちゃんの強さを思い知って。


「なにが『秘密、いつか聞かせてね』よ……」


 自分の吐いた言葉が気持ち悪く感じてうずくまって。胸を押さえて、短く息を吐き続けて。息苦しさを感じて、無理やり息を吸おうとして。

 でも吸っているつもりなのに、全く吸えてなくて、どんどん息が苦しくなって。


「助けて、葵ちゃん……」


 自分が弱いってわかっていながらも、助けを求めていた。

 そこにいるはずのない相手に。


「橘さん!?」


 いるはずのない私のが、聞こえた。


 ◇


 目が覚めて橘さんがいないって気づいたとき、どちらかというと冷静だった。

 心配はしているけど、その一方で決して戻れないところまではいかない、って勝手に信じてたから。

 でもやっぱり不安だし、まずは書置きとかがないか探してみることに。小さい部屋だからすぐに終わってしまったけど。

 それっぽい書置きもなかったし、財布とかスマホは持って行ってそうだけどバッグは置きっぱなしだったから、遠くに行ったわけではなさそうで。


 私も外に探しに行った方がいいか、それともここで待ってるべきか。入れ違いになったらどうしよう。そう思って一旦電話をしてみたけど、返事がなくて。

 結局、不安になって探しに行くことした。




 橘さんが行きそうなところ、どこだろう。昨日行ったところのどこか? それとも今日行くはずだった場所? 飲食店はまだ開いてないはずだし……。

 あっ、そういえば。昨日景色がきれいなところに行くんだ、って言ってたよね。

 このあたりで景色がきれいなところ……、調べたらいくつもあって、全部周るとなると……、いや、そんなこと言ってちゃだめだ。

 まず昨日行った海岸から、脇目も振らずに走り出した。


「はぁ、はぁ……」


 あんなにそれっぽいことを言っておいて、一瞬でばてた。普段運動しないのが裏目に出て、あっという間に息切れ中。

 とりあえず、海岸にはいなかった。左右どっちに行けばわからなくなって、とりあえず右に、足を一歩ずつ進める。


 なんでいなくなっちゃったんだろう。なんて言わなくたって原因は大体想像がつく。

 でも、なんで悩んでるのかわからなきゃ話は進まないから。一番は直接話を聞くことだけど、口を聞いてくれなかったら。このまま疎遠になっていったら。

 考えたくないことが浮かんじゃって、まだ疲れの取れてない体に力を入れてもう一度走りだした。




「橘さん!?」


 彼女を見つけたのは海岸沿いのテラスだった。だけど、普段と様子が違う。地面に苦しそうにうずくまっているのを見て、真っ先に駆けよる。


「大丈夫!?」


 そう声をかけるけど、苦しそうな呼吸が聞こえるだけ。特にそういう病気だったとは聞いたことないけど、心配でしょうがない。

 どうしたらいいのかわからなくなって、とりあえず背中をさする。

 そしたらちょっとずつ落ち着いたのか、しばらくして苦しそうな表情じゃなくなった。


「大丈夫?」

「うん、ありがとう」


 いったんベンチに移動しつつ、自販機で水を買ってきて橘さんに手渡す。苦しそうな顔こそなくなったものの、まだ悲しげな表情をしているままだ。


「これは……なんで、って聞いていいのかな」


 あまり口に出さないほうがいいことな気もするけれど、今の私にはどうしたらいいのかわからなくて、ちょっとした考え事でもすぐに口に出してしまう。


「まぁ、大体想像している通りだよ。昨日のお母さんとのことで、ちょっと」

「相談してくれればよかったのに」

「うん……」


 今はあまり話したくなさそうな様子だけど。普段はどっちかというと話を聞いてもらう側なせいで、話をどうやって聞き出したりするのか全然わからない。

 もうちょっと話し上手だったらうまくできたかのかな。

 また、うまくしゃべれないまま話は途切れてしまった。

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