第25話 熱戦
「私達がアルフを雇ってるんじゃないのッ!! アルフがうちに雇われてくれてるのッ!!」
その言葉に、私は何も言い返せなかった。
そして何も言い返せなかった自分にびっくりして、また言葉を失ってしまった。
私とアルフとの関係性に疑問を抱いたことなど一度も無かったっていうのに。
ずっとずっと私が主人でアルフが臣下で、その関係性に変化が訪れるかもしれないなんて想像もしたことが無かったのに。
………アルフが誰かに奪われる未来があるの?
マーガレットにですら無く?
「ア、アル―――――――
「キャァァァァアッ゛♡ アルフ様ッ!!」
「アルフ様凄すぎますッ!! さっきのは一体何が起きたんですかッ!!♡」
「アルフ様ぁッ!♡ あ、握手してくださいっ!」
「あ、あのアルフ様ッ! わ、私Dクラスの――――」
「ちょっとどいてよっ!!」
「アルフ様ッ!!♡」
「誰よ足踏んだのぉッ!!」
【私の】アルフは、色とりどりのドレスの向こう側。
屋敷に居た時にはこんな事なかったのに。
私はいつでも好きな時にアルフに話しかけ、好きなだけ私の相手をさせられた。
アルフが私の思い通りにならない事なんて、一度もなかった。
「………………。」
「お姉様、アルフがこの学園にきて僅か1,2カ月の間に」
「………………。」
「お父様の所に、アルフを譲ってくれないかっていう打診が3件も来た。しかもそのどれもが、王国の騎士を引き抜くよりも高い交渉金を提示してる。………知ってる?アルフはお父様がどれだけ破格の雇用条件を示しても全部断ってるの。私達のお小遣いで賄える程度のお給金なんて……本来の彼には釣り合わない。」
「っ……………。」
「彼を繋ぎ止めてるのはお金じゃないことは分かってる。彼がお姉様や私達家族をとても大切に思ってくれていることも分かってる。………でも、だからこそお姉様がアルフを大事にしないなら、私の直属にアルフを頂戴」
「~~~~っ………」
「私は、絶対にアルフを手放したりしない。手放さないように、できる限りのことをする。」
「………………。」
マーガレットは……いつの間にこんな表情をするようになったんだろう。
何だかやけに妹が大人びて見えて、私だけが取り残されたような気分になる。
「お嬢様方、お待たせして申し訳ございませんでした」
「アルフッ♡ お帰りっ!」
「………お、おかえり」
「ん?」
「な、何……?」
「いえ……何で元気ないんです? 勝ちましたよ私」
「………………うるさいわね、知ってるわよ」
「~~~っ……あ、アルフっ! 気にしないで! お姉様もびっくりしてるだけだからっ!」
「はぁ……」
「そ、それより向こうに美味しそうな屋台が出てるのっ! 一緒にいこうっ!奢ってあげるっ!」
「え? いやしかし……」
「良いからっ!! 勝利のお祝いっ!」
アルフが奪われる………?
私に自我が芽生えてから……片時も離れたことのないアルフが?
「………………。」
夢の中では、死してなお魂で寄り添ってくれていたアルフが?
「………………。」
そんなの、
「………………っ。」
嫌だ。
………絶対に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヴィシャス様っ!」
目を開けた瞬間に飛び込んできた侍女の涙目を見て、何が起きたのかと混乱した。
「セシリア………」
「あぁ……良かった……っ。 かなり強く脳を揺さぶられたようだと診断されたんですよ……? 何が起きたのか覚えておいでですか?」
「………いや、何も…」
「ヴィシャス様は決勝の進出を掛けた戦いで、スカーレット様の所のアルフさんに惜敗したのです。気を失っておりましたし、覚えておいででなくても無理はありません……」
「………惜敗」
惜敗か。
涙を目に浮かべたままほっとした表情を浮かべるセシリアから目を背けると、脳裏にあの瞬間のアルフの表情が浮かんだ。
「僕は……どうやって負けたんだ?」
「どうやってとは………ヴィシャス様は今大会の優勝候補であるアルフさんと互角に渡り合っておりました。最終的にはアルフさんに一歩先を越されましたが――――」
「互角などではなかったよ、あの戦いは」
「………は?」
傍から見るとそこまで上手に手を抜かれていたのか。
避けれたはずの攻撃をくらい、当てれたはずの攻撃を外し、踏み込めたはずのこちらのミスをものの見事にスルーされた。
いらだち紛れに奴の主人を軽く侮辱したら、次の瞬間には医務室のベッドの上だ。
「~~~~~っ」
「ヴィ、ヴィシャス様?」
腹の立つ奴。
そこまで実力差があるというのなら、なぜ最初の一撃で叩きのめしてくれなかったのか。
なぜおまえの慈悲などを注がれなければいけなかったのか。
望んでもいない手心など、侮辱でしかないというのに。
「ヴィオレリアが……落日の皇国だからなのか……?」
「ど、どうなされたのですヴィシャス様……。我が国は落日の国などでは……」
「許せんッ………」
「っ………」
はらわたが煮えくりかえるような思いとはこの事か。
我が国の代表がアルフ一人に大敗を喫したと聞いた時に感じた思いとは、とてもではないが比較にならない。
あの時は対等な対戦相手として木っ端みじんにされただけ。
だが、今回は違う。
慈悲を注ぐべき相手として見られた。
一瞬で撃破しては憐れだと思われた。
試合の形式を成してやらねば、僕のプライドが傷つくと舐められた。
下に見られたのだ。 この僕が。
「セシリア………アルフ・ルーベルトに痛い目を見せたい」
「は……………………はぃ?」
「力を貸せ」
「ヴィ、ヴィシャス様………? あ、あの…一体…何を…」
そんなに手を抜くことが好きならば、好きなだけ抜くがいい。
人のプライドを傷つけるという事が、相手をあしらう事よりも余程残酷な仕打ちをしていることに気づけよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ア、アルフ………」
「はぃ………?」
「~~~~っ………」
「………どうしたんですさっきから?」
そう言って困り顔のアルフさんがスカーレット様をのぞき込むけど、スカーレット様は泣きそうなのか恥ずかしいのかよく分からない表情をしてそっぽを向く。
アルフさんが困って首を傾げると、また恐る恐る視線を戻してアルフさんを上目遣いに見つめ始める。
「………何か困っていらっしゃる」
「………」
「実は具合が悪いけど、マーガレット様がいる手前なかなか言い出せないでいる」
「………」
「実は私でも知らないお嬢様の地雷を、私が踏み抜いていた」
「………」
「………」
「………」
あ………。
アルフさんが凄い困った顔をして私の方を見た。
すんごい貴重な表情だから見れて嬉しいけど、アルフさんでもどうにもならないスカーレット様を私がどうにかできるはずがない。
準決勝を終えたアルフさんは、私を含めた三人でスカーレット様のお部屋まで戻って来ていた。
マーガレット様は学園内のお医者様と問診の予定が入っていたらしく、これまた物凄く後ろ髪を引かれる表情をしながら先ほど部屋から出て行ったばかり。
そしてそんなマーガレット様とイシドラさんがいなくなってしまうと残されるのはこの三人なわけで。
何となく変だなぁとは思っていたスカーレット様の態度が、いよいよおかしい事に気付いたわけで。
「アルフ………」
「本当にどうしたというんです………」
………………なにこのしおらしいスカーレット様。
スカーレット様の眉は完全にハの字にゆがみ、いつもの勝気そうな表情はどこへやら。
額に「不安です」と書いてありそうな程不安げな顔をして、気づけばアルフさんの服をチョン……とかつまんでいる。
なんかもうマーガレット様の登場に引き続き、いやな予感しかしない。
「あ、あの………」
「はぁ」
「………………さっきの戦い、凄かったわ」
「………………………はぁ」
………………。
なんなの?
「え、えっと………」
「………。」
「し、試合が終わった後……た、たくさん女の子に囲まれてたわね」
………ぁ。
なんか一瞬いつも通りの怒った顔が……。
「あぁあれは……」
「………」
「一過性のものと言いますか……サーカスで珍しい動物を見ると皆興奮しますでしょう? 覚えておいでですか? 昔スカーレット様もクマに随分と興奮なされて……」
「………………。」
あ、なんか困ったような顔に戻って……。
アルフさんの例えがピンとこなかったのかな………。
「と言うわけで、あれは私が囲われているのではなく、私の話題性が囲まれているだけなのです。」
「………………。」
首捻って困ってる……。
たぶん騙されてるんじゃないかって思ってるんだろうけど……その通りだよスカーレット様。
なんかスカーレット様の調子がおかしいのを良いことに、アルフさんは今、適当にこの場を押し切ろうとしているよ。
「ま、まぁじゃぁ……それは良いけど……」
ぁ……すごい……本当にこれで負けるんだ……。
本当にどうしちゃったのスカーレット様は……。
「あ、あの中に………」
「………………?」
「アルフの………好みの子っていた?」
「………………………。」
あ、良くないよそういうの。
「おりません」
「ど、どうだか……かわいい子いっぱいいたじゃない」
あ~~ずるいずるいずるい。
分かりました。
私この後の展開も~分かりました。
許せませんこういうの。
「わ、私なんかが主人で………あんたも嫌でしょ……?」
「はい?」
「あぁいう風にあんたの事が好きで……、優しい子たちの方が仕えていて楽しいんじゃない……?」
「何をいって………」
あ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~。
聞きたくない聞きたくない。
も~~~~~これ以上聞きたくありません。
私こういうの知ってます。
誘い受けって言葉が存在するの知ってます。
「あんたは強いし………その…み、み…見た目も良いし」
あ~~~~~~~~うわぁぁあああああ~~~~~。
「捻くれてるし嫌味っぽいけど………や、優しいとこあるし……」
うわぁぁああああああッ!!!!
うわぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!
「頼りになるから………あんたがいてくれると安心するし……」
告白ですッ!!!!
スカーレット様ッ!!!
それもう告白ですよッ!!!!
モジモジしながら組んだ両手の親指クルクルさせて何言ってんですかッ!!
ずるいそんな可愛い仕草できるなんてッ!!!!
「皆………あんたの事欲しいみたいよ………?」
「………皆とは?」
「………あの子たちも、それ以外の子も。お父様の所にあんたを譲って欲しいって申し込みが三件も来たって……マーガレットが言ってた……」
いつもいつもうるさすぎるくらい煩いのにッ!!!
なんでこういう時だけちゃんとしっとりするんですかッ!!!
………。
本当にこの人……可愛すぎる。
「わ、私の執事なんか………嫌でしょ?」
「………………。」
「で、でもっ………せめて………」
「………。」
「~~~~っ……あ、主を変えるなら……マーガレットにして欲しい」
「………。」
「ほ…他の家には………………」
「………。」
「行かないで………?」
………。
………………。
………………………………。
………………。
………。
………………はっ…!!
あ、危ない……。
私がスカーレット様に恋するところだった。
「ま、マーガレットがあんたの事を――――
「スカーレット様」
「………………う、うん?」
本当に何で、私はこんな人に恋をしているのか。
「私は、スカーレット様以外の人にお仕えするつもりは毛頭御座いません」
「………………。」
ヴィジョンが……見えないんだよね。
アルフさんがスカーレット様への思いを断ち切って、私を選んでくれるっていうヴィジョンが。
「………………どうして?」
でも、好きなんだ。
本当にどうしたら良いと思う?
………諦めちゃう?
なぁんて……絶対に嫌。
「スカーレット様を幸せにして差し上げたいと」
「………………。」
「貴女に仕えた時からずっとそれだけを思っています」
「………………。」
嫌だけど。
耐えられないからさ。
「………だから、それがどうしてだって聞いてるのよ」
「………………。」
私はそっと後ろ手にドアノブを回して、二人の方を見ないようにしながら部屋を出た。
「貴女が素敵な人だと思ったからです。」
「………………。」
泣くのが悔しいから泣かない。
だから零れてくるのは汗で、涙ではない。
「世界一お綺麗で、世界一お転婆で、世界一頑張り屋のお嬢様に」
「………。」
「お仕えできる喜びを感じたからです」
「~~~~っ………」
私は本当に恵まれた人間だ。
家族に恵まれ、
運に恵まれ、
人並み以上に勉強を吸収できる脳を親からもらい、
人並み以上に成長できる魔術のセンスを親からもらい、
雲上人のはずの素敵な友人を持ち、
滅茶苦茶素敵な男性に初恋が出来た。
「他の主になど……今更お仕えできるはずがありません」
「~~~~~~ッ」
だから、きっと私はこれからも運に恵まれてる。
ちょっとくじけそうになったからって、すぐに諦めたりなんか絶対にしない。
苦しい時期があっても、努力し続ければきっと抜け出せる。
………ううん、抜け出せるって信じなきゃ、きっと抜け出せない。
「アルフ………」
「………………」
「あ、あなたに………ちゃんと………伝えたいことがあるの」
「………」
大丈夫。
大丈夫大丈夫。
大丈夫だぞ、エルザ・クライアハート。
「う、上手く言葉に出来なくて……、その……、決心もちゃんと……だ、だから……」
「………………。」
きっと全部上手くいく。
自分が自分を信じないでどうする。
一瞬でも疑ってしまったら、もう戦えない。
「アルフが………決勝に勝ってくれたら……」
「………………。」
「アルフなら………勝ってくれるから………」
「………。」
「信じてるから」
「……。」
頑張れがんばれがんばれ私っ……。
これは戦いだ。
聖戦だ。
一歩も引けない殴り合いだ。
あぁ……でも………。
「その時に……ちゃんと伝えさせて欲しいの……」
どおしよぅ……。
スカーレット様が………。
「お願い。 アルフ………」
自分の気持ちに
向き合ってしまったのでは……?
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