第24話 大丈夫だよ。ちゃんとここにいるから。




―――――――夢を見た。


私は雪の降りしきる空を鉄格子のはまった窓から見上げていた。

身に着けているのはボロボロになった布切れ一枚。

そこから覗く手足はやせこけ、かつての肌の輝きは見る影もない。


「………………アルフ」


自然と口をついた名前はどこか懐かしい。

一緒に過ごした日々は、そこまで遠い過去ではないというのに。


「………さむっ…」


震える身体を抱きしめてくれるのは、自分の細い腕一つ。

私を守ろうとして先に逝ってしまった彼の腕に縋ることはもうできない。

鉄格子の窓の反対側には、覗き穴と餌や糞尿のツボを出し入れする小さな小窓がついている鉄の扉。

後は全て冷たい石が敷き詰められているだけ。

………別に、ここに入っているような人間はどんなタイミングで死んでも構わないのだろう。


「………………。」


もう涙すら枯れはてた。


なぜもっと早くこの気持ちに気付けなかったのか。

なぜもっと素直に気持ちに従わなかったのか。


彼はずっとそばにいてくれた。

彼だけがずっと私の事を見つめてくれていた。


彼だけが、


「~~~~~~~~っ………」


彼だけが、側にいてくれればそれで良かったのに。


―――――――コツコツコツ


と響いてくる足音は、今日こそ私の首を切り落としてくれる断罪人の物であって欲しい。


「アルフ………」


もしかしたら死後の世界で、まだ彼が待っていてくれるかもしれないから。


早く、いきたいんだ。



―――――。


―――――――――。


―――――――――――――――――。





「お嬢様?」


「っ………………!?」


「大丈夫でしたか? だいぶうなされていましたから起こしちゃいましたが……ほら、涙拭きますよ?」


「ぁ……………あるふ……」


「はい? ぅおっ!!?」


「アルフっ………」


「………………こ、怖い夢見たんですねぇ」


「~~~~~~っ………」


「大丈夫ですよ。今が現実、さっきまでのは夢」


「………………。」


「よしよし……。 昔っからこういうの弱いですねぇお嬢様は……」


「………………頭撫でて」


「はいはい」


「………………。」


「よしよし。怖かったのは分かりますけど、手に頬ずりするのはやめましょうね」


「………………ギュッてして」


「………………まぁ、じゃぁ………はいはい」


「………………。」


「………そろそろ良いですか?」


「………………キスして」


「出来かねます」


「………………。」


「………………。」


「………………。」


「あの………ちょっ………………」


「………………。」


「んぶっ………………!!」


「………………。」


「………………。」


「………………ぷぁっ…」


「………………。」


「………………。」


「………………。」


「………………もっかい」


「あ……ちょっと急用を思い出しました」


「あッ!! ちょ、ちょっと!!」


「ではまた後程……」


「ま、待ちなさいッ!!!! 待ちなさいよッ!!!! 命令よッ!!!」


――――――――ガチャ………パタン……


「アルフッ!!!!!!!」






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 






『聖ウィリアム王国物語』で、なぜスカーレットが死ぬ必要があったのか。

それを考えてみた。


「ちょっとぉアルフ!! 流石にやりすぎよッ!! さっさと本気だして戦いなさいよッ!!!」

「アルフさぁぁぁぁんッ!! がんばれぇええええッ!!」

「アルフゥッ!! 怪我しちゃうからもうやめて良いよぉッ!! お姉様の名誉とか気にしなくていいからァッ!!」

「ちょっとマーガレットッ!!」


『おっとぉアルフ選手またもや被弾だぁぁああッ!!!ヴィシャス選手もかなりダメージを負っているが……果たしてどうなるッ!!!』


ハインズルートではヨアヒムに利用されて内乱の引き金となり、バラックルートでは国内の裏切り者に利用されて開戦のきっかけとなり、フォウルートでは自治領内のスパイ達に利用されて魔獣復活の生贄となり、ヴィシャスルートでは魔神器のコアに魂を利用される。


「本気を出せアルフ・ルーベルトッ!!!!」

「全力ですよコレで」

「ふざけるなッ!!そんなわけがあるかッ!!!」


そのどれもが現実に起きれば目も当てられないような悲惨な死にざまだ。

裏切られ、絶望し、最愛の男は奪われ、なんの救いも無いまま失意の内に死んでいく。

それがスカーレットでなければいけなかった理由なんて無い。

スカーレットが居ようといまいと争いの火種は燻っていたし、スカーレットの死が絶対に必要なんて状況があるわけがない。


「アルフゥゥウウウッ!! ふざけんじゃないわよッ!! 秒で終わらせなさいよ秒でぇッ!!!」


信じられるか?

あんなに可愛くて家族思いで一途な女の子が、ただただ大人同士の争いの道具として利用されて死んでいくんだぞ?


「あんたこれ以上喰らったら今月の御給金減らすからねッ!! 私は本気よッ!!」

「大丈夫だよアルフッ!! 私が御給金払うからねッ!! その代わり私の直属になってねッ!!!」

「ちょっとマーガレットぉッ!!」

「お姉様ッ!! 意地悪してたらアルフはすぐに他の貴族に取られちゃうんだからちょっとは自覚してッ!!私達がアルフを雇ってるんじゃないのッ!! アルフがうちに雇われてくれてるのッ!!」

「ぐぬっ……!!」


そんなの許せん。


あれだけ可愛くて優しい子は、ちょっと世の中舐めちゃうくらい人生イージーモードで良いだろうが。

何で選りにもよってあそこまで悲惨な目に合わなくちゃいけねぇんだ。

ぜってぇゲームシナリオ考えた奴が過去にあぁいうタイプの女の子となんかあっただろ。


「アルフ・ルーベルトォォォオッ!!!」


―――――うるせぇな。


ぶっちゃけた話、こちとら魔術大会の勝敗なんかどうでも良いんだよ。

朝霧のロッドだぁ?

ふざけんな。

手に入らねぇんならエルザとスカーレット鍛えまくってやりゃあ済む話だ。


「本気を出せッ!! 舐めた戦い方をするんじゃないッ!!」


そもそもテメェらがしっかりしてねぇからエルザの事を任せらんねぇんだろうが。

なんでか弱い女の子が犠牲にならないと問題を解決できねぇんだよ。

愛の力だぁ?

ふざけんな。

しっかり計画を立てて鍛錬を積んで、金の力でもなんでも使って問題を解決しろ。

てめぇらそれができる立場にいるだろうが。

愛なんて不確実なもんに頼ってんじゃねぇ。


『凄いッ!! ヴィシャス皇子今大会で初めてアルフ選手を追い詰めていますッ!!ヴィオレリア皇国の皇子の肩書は伊達じゃない!! 彼こそが次の皇国の希望だァァァァアアアアッ!!』


「世の中を舐めた態度の主人を持つと君の様な戦い方をする臣下が育つのかッ!!?」






『……………………え?』






ふざけるなよ。

どいつもこいつも。


『な、なにが………い、一瞬で………ヴィシャス選手が昏倒しました………』


スカーレットに手を出して良いのはハインズだけだ。


『きゅ、救護班が駆け寄っていきますっ………………』


それ以外の人間は、言い寄ることも、危険を及ぼすことも、侮辱することも許さない。

スカーレットが幸福になることを邪魔する奴は誰も許さない。


『え……の、ノックアウト? ノックアウトですっ……身代わり人形が……破壊されていたようですっ………一瞬で……な、何がっ……ま…全く見えませんでしたっ……』


それでもスカーレットに近寄ってくる危険分子がいるのなら、


『しょ、勝者はッ!! アルフ選手ッ!! アルフ・ルーベルト選手ですッ!!!!!!』


こっちにもそれ相応の覚悟はできてるぞ。


見とけよ?

スカーレットの側には、いつも俺がいる。








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