第23話 君ならどうする?

自分がブルーローズ辺境伯の次女であると、しっかり自覚をしたのは私が6歳の時。


自我が芽生えたという話ではなくて、私は私であって私ではないという事を自覚した瞬間の事だ。

なんの事か分からないでしょう?

私も最初は訳がわからなくて混乱したわ。


『僕はハインズっていうんだ。君は?』


その少年に出会った時、私は自分の頭の中に前世の記憶が一気に流れ込んできて気を失った。

後から聞いた話では泡を吹きながら倒れたらしく『何か重大な持病があるのではないか?』と、しばらく疑われたって聞いたわ。


『やぁ、この間は大変だったね?』

『………あの時は大変申し訳ございませんでした』

『何で謝るのさ?』

『………なんでとは? ご心配をおかけしたのではないかと…』

『…? 人を心配するのは悪いことなの?』


後日、そのことを心配してわざわざ私に声をかけて来てくれた少年は美しい金髪の美少年。

私が見た記憶のある彼は、もっとずっと大人になってからの顔だったけど………。

でも、確かに成長したら私が知る彼になるのだろう。

そして私は彼を見て、自分がこの世界において異質な存在だという事をいよいよ強く認識し、しっかりと理解したのだった。


『聖ウィリアム王国物語』


あの夏、とある事情から必要に迫られ、ゲーム好きだった兄に一緒に攻略することを頼んだ乙女ゲー。

あの世界の中に、私は生きている。

何故なのかなんて私には分からない。

意味があるのならば、目的が出来て行動するにも楽そうなものだけど………。

でも現実は全然違う。

何故こんな事になったのかなんて記憶は存在せず、これからどうしたら良いかなんて何にも分からなかった。


「ビアンカ? どうしたんだいボーっとして」

「……いえ、何でもございません。」

「珍しいな。 疲れているんじゃないか?」

「疲れる? 私がですか? お屋敷にいた時の方がよっぽど疲れていましたよ。 今はハインズ様おひとりのお世話で済むんですから、仕事が楽すぎて退屈なくらいです」

「そうかいそうかい。」

「人の心配をされる前にご自分の心配をされてはどうです?もう間もなくハインズ様の2回戦目ですよ?」

「あ~はいはい、分かってる、分かってるさ。はぁ…」

「なんです?」

「全く…君と話していると人を心配することが悪いことなんじゃないかと錯覚するよ…」

「……。」


あのゲームでは私こと『ビアンカ』はただの脇役。

ハインズからの王位継承権を奪い取ろうとするヨアヒムの陰に隠れた存在だったけれど、今の私は脇役に収まる実力ではない。

この身体に眠っていた才能も大きな助けになったし……さらに言えば、そうなるために10年間努力を重ねてきたんだ。


「とにかく集中してください。余計な事は考えずに。…良いですか?」

「任せてくれ。君にあれだけ付き合って貰ったんだからな。負けるわけが無い」

「油断していると足元をすくわれますが……、まぁ、のびのびやってきてください」

「あぁ」

「ちなみにですが」


とにかく……エルザにハインズを奪われる訳にはいかない。

個人的な感情はひとまず置いておくとしても……色恋沙汰で国家転覆の危機を招くなんて冗談じゃない。

私がしっかり記憶しているハインズルート……せめてこのルートに入る事だけでも避けなければ。


「この大会で優勝出来たら何でもいう事を聞きますよ?」

「言ったな? 僕が君より強くなるまで鍛錬に付き合ってもらうぞ?」

「実現が可能なご命令をお願いいたしますね」


理想はやっぱり………ハインズと私が結ばれる未来?

そうすればハインズルートなんて入らないだろうし、私は彼のことを理解してあげられるし………。


………ねぇ、私はこのゲームの世界の事あんまり分かっていないんだけど、


お兄ちゃんだったらさ………


………どうしてるかな?







◇ ◇ ◇ ◇ ◇






自分の気持ちの正体が知りたい。


「アルフさ~んッ!」

「エルザさん、頑張ってくださいね~!」


闘技場の中でブンブンと手を振るエルザ・クライアハートは屈託のない笑顔でアルフ・ルーベルトに向けて手を振っていた。

綺麗な茶色の髪は絹糸のカーテンの様に軽やかに揺れ、それに触れてみたいという欲求が日増しに強くなっていく。


もう、感情が爆発しそうだ。


「それでは2回戦第1試合いってみましょぉおぉぉぉぉおおおおおおおッ!!!」


どうすれば彼女を自分のものに出来るのだろう。


「東ゲートよりフライングで入場しましたのはァッ!!入学式でその存在を知らしめた平民階級の希望の星ッ!! 階段から落っこちて真っ赤に染まった顔に何人の男どもが堕とされたんだッ!?あぁでも畜生分かってるッ!!近寄れねぇんだよ彼女にはッ!!!だってなんかもう目が恋してるもんッ!!!忍んでくれよ乙女の恋はッ!!じゃなきゃ夢すら見れねぇよッ!!!恋する乙女!?天然少女ッ!?いやいや全部計算よッ!!難攻不落のあの牙城、崩して見せますこの花が!!勝利も恋もゲットだぜッ!!!!それいけエぅルザァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア・クライッアッッッッハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァトォォォオオオオオオ!!!!」


「ちょ、ちょっとッ!!変な紹介しないでくださいッ!!ちょっとぉッ!!!」


どうすれば僕の事を見つめてくれるのだろう?

彼女の目に映っているのは、アルフ・ルーベルトだけだ。


「西ゲートより入場いたしますのはぁぁぁぁぁああッ!! かのアナハイム自治領の御長男ッ!! 高潔なる血の一族が集まる領地に残る数々の伝説は知っているなッ!? その伝説の内の一つがッ!! 今ッ!! お前たちの目の前にいるッ!!!! その身に宿す伝説の魔狼の魂ッ!!! 人の域を超えた無尽蔵のマナッ!!!破ってやるさエルザッ!!! お前の神聖術とやらをなぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!!いこうぜおぼっちゃまッ!! あの高嶺の花をへし折りにッ!! フォウリッッッヒィイイイイイイイイイッ!!!! ガッッッッランテェェェェェェェエエエエエエエエエエッ!!!!」


「や、やめてよッ! 相手を挑発するような紹介しないでって1回戦でも言ったじゃないかッ!!」


彼女の目を僕に向けようとするならば、現状のままでは厳しいことはよく分かっている。

二人の間に流れた時間が圧倒的に短すぎるんだ。

しかし彼女に近づこうとするたびにスカーレット嬢とアルフ君の妨害が入るし……どうしたものか。


(スカーレット嬢やアルフ君を出し抜くか……それとも……)



「それではッ!!第2回戦第1試合ッッッ!!!!!! はじめぇぇぇええええええええッ!!!!!!」



(少々強引な手を用いるか?)






◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「はぁぁ゛………」

「残念でしたねぇ」


落ち込む様子のエルザさんに話しかけるアルフの瞳は柔らかくて優しい。


「へ、変身するなんて聞いてません…」

「フォウリッヒ様のあれは有名ですからね。流石にご存知なのかと…」

「ぐぬぅっ……!」


少し軽口を叩くような態度は、アルフが心を許している相手にしか見せないものだ。

それは例えば私で、お姉様で、イシドラで…。

長い年月をアルフと過ごして来た者ばかり。


「ただまぁ戦闘のセンスはエルザさんの方がありますよ」

「慰めなんていいですよぉ…気を使ってくださるのは嬉しいですけど…」

「いや、本心ですよ」

「………ほ、ほんとに?」


なんでなの?

まだ出会ってから2ヶ月も経ってない。


なのに………なんで?


「後一ヶ月早く訓練を始めていたら、互角以上に戦えるようになっていたでしょう」

「あんなに強いのに?」

「………そもそもフォウリッヒ様もあの力を完全に使いこなしているわけでは無いので」

「そ、そうなんですか……?」


………確かにエルザさんはびっくりするくらい可愛い。

今までアルフにすり寄ってきた女の子達なんかとは全然レベルが違う。

それに私やお姉様とは顔のタイプが違うし…アルフはこういう感じの子が好みだったのかな…?


目が大きくてキラキラしているし、鼻も口も形が良くて本当にお人形さんのような可憐さだ。


「あの…アルフさん」

「はい?」

「…ごめんなさい。折角鍛えていただいたのに2回戦で負けてしまって……」

「………いいえ、とんでもございません。エルザさんは本当によくやりましたよ。なにかのアイテムに頼るでもなく、ご自分の努力で自治領の王子に迫る強さを見せた」

「………は、はぃ。」

「負けというのはそれ自体は悪い事ではありません。むしろそれが何かの過程で起こるのならば、勝利よりも得るものが多い場合も多々ある。エルザさんならばきっと多くのことを学んでくれるでしょう」

「はいっ!」

「いい返事です。あなたは自慢の弟子ですよ」

「〜〜〜っ………♡」


…………………気になる。


これ、危ない気がする。


今までアルフに言い寄ってきた女の子で、こんなに深くまで入り込んできた子なんか一人もいなかった。

だからアルフはそういう事をする子があまり好きじゃないんだと思っていたけど…。

そもそもその考えが、偏見と思い込みの塊だったみたいだ。


「それで…その…お願いがあるんです」

「お願いですか? なんでしょう」


だって、想像が簡単にできてしまう。

アルフとエルザさんが結ばれ、平民街の一角で仲睦まじく家庭を築いていく未来が。


「大会の後も…また稽古をつけて欲しいなって…駄目でしょうか?」


一方の私は何?


病弱で、禄に出来ることがなくて、アルフと結ばれたとしても平民街で暮らしていけるような逞しさやスキルは無い。


「はぁ………それは勿論」

「な、なんです、その反応?」


………。


そもそもこの身体で、私はちゃんとアルフの…。


「いえ、そもそも元からそのつもりでしたので…お互いの認識に齟齬があったのだなぁと」

「〜〜〜〜っ♡ そ、そうでしたかっ…♡」


〜〜〜〜っ………。


どうしよぅ………。


どうしようっ…!


どうしたらいいのっ…!


〜〜〜っ……


わかんないよっ…!


分かんないけど………嫌だ。


そんなの嫌だっ…!!


嫌だよアルフっ…!!!!



アルフっ…!!!!!






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