第26話 目指すのは大団円


「あ、あのっ……エルザ・クライアハート様でいらっしゃいますね?」

「はい? あ、はい……」


アルフさんの決勝戦の応援に向かう寮から闘技場への道中。

目深にローブをかぶった女性が話しかけてきたのは周りに誰もいないタイミングだった。

そもそも、どっかで見たことあった気がしたんだよねこの人。

もっとよく思い出すべきだったと思ったのは、もう少し経った後のこと。


「医療魔術をお使いになると伺いまして……お力を貸してはいただけないでしょうか」

「は、はぁ……、あの、でも……私の医療魔術なんてまだ本当に微々たる効果で……私なんかに頼るくらいならちゃんと医務室に行った方が良いと思うのですが……」

「そ、それがっ……ちょっと事情があって医務室には……」

「?」


なんかこの人、人がよさそうな顔をしているというか、相手にあんまり警戒心を抱かせない特性があるというか……。

セシリアと名乗った金髪の女性に手を引かれてノコノコついて行った私の顔は、馬鹿丸出しだったに違いない。


「こ、こちらですっ……」

「こちらって……、倉庫に?」

「は、はい……えっと……その……人目を避けるために……」

「ははぁ……なるほど……」


まぁ確かに人目を避けたかったのは間違いないでしょうけどね。

他の人に見せたくないのは私の姿だってことに、この時は当然気付けない。


「あ…あちらに……」


ガラガラと重い音を立てながら開いた扉の奥には、床に座ってうずくまっているように見えるローブの人影。


「だ、大丈夫ですか?」


慌てて駆け寄って顔をのぞき込んでみて、


「ん?」


それがマネキンにローブをかぶせただけのものだと気づいた時には、


――――――ガシャン……


と音がして、


倉庫の扉が、重々しく閉じたのだった。


「え?」


振り返った時に気付いたけど、倉庫の壁一面には所狭しと魔法陣が並んでいる。

なんでだか、見たことも無いような数の隠匿魔術が重ね掛けされているらしかった。


「………………え?」


で。


このタイミングで思い出しました。

あの女の人、ヴィシャス様のメイドさんだ……って。


「ら………」


あぁ………でもそんな事どうでもいいんです。


どうでもいいというか……、それよりも自分が情けなくて情けなくて………。

私って小さい子をお菓子で吊って誘拐するよりも簡単に攫われちゃうんだって、この年になってそんな現実を突きつけられた事が辛すぎる。


「拉致監禁だこれ………」


知らない人にはついて行っちゃいけませんって……何回言われて育ったんだよ。

本当に頭の中でお花が咲いてるとしか思えないよ。

なんでまた閉じ込められてるんだよ。

私なんて何の価値もないんだからって油断してるからこうなるんだよ。


「決勝戦がっ………」


私が仲良くしてもらっているのは、今この学園で一番輝いてる人たちなんだよ?

油断するなよ馬鹿エルザ。

私を狙っていなくなって、私は標的になり得るだろうに。


また迷惑かけるなんて、


「………………ッ!!」


そんなの







嫌だ。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 






「アルフ・ルーベルトは僕に手を抜いていたよ」


わざわざ試合前に俺とハインズを呼び出して何を言い出すのかと思えば……。

決勝戦を1時間後に控えた俺とハインズは、試合前に二人を激励したいとの呼び出しを受けて闘技場の側のテラスで向き合っていた。

側に立って憮然とした表情を浮かべているのは二人を呼び出したヴィシャス・ヴィオレリア皇子。


最初はスカーレットもついてくると言っていたんだけど「あら……? そう言えばエルザの姿がずっと見えないけど……どこで道草食ってるのかしら……あの子の事だから道中の屋台とかで本当に何か食べてそうね」とぼやきながら捜索に出て行った。御供はイシドラで、マーガレットはまた診察だ。


「そうなのかい?アルフ君」

「………いいえ? 私は全力で戦っていました」

「いや、そんなことは無いね。君も戦ってみれば分かるはずだよハインズ」


本当に余計な事を喋ることが好きな奴……こういう陰湿な所がエルザに対する独占欲とかに繋がっているのか?

そもそも呼び出しの理由が激励ってなってるのがもうコスイ。

言いたいことがあるって言やぁ良いことだろうに。

どうせ皇子からの呼び出しなんて断れないんだから。


「………にしてもヴィシャス、どうしてわざわざ僕にそんなことを言いに来たんだ?」

「なに、ハインズに対する注意喚起と、アルフ君に対する警告を兼ねてね」

「注意喚起とは?」

「少なくとも、彼は僕に対して手を抜いても完勝できる実力の持ち主だっていう事を伝えたくてね」

「そうか……それはまたありがたくない事をしてくれたもんだ」


苦笑いで済ませてくれるハインズを見習えよ。

何を俺に固執してるのか知らないけど、たかが学園内の行事だぞ?

学年が混じって開催されるわけでも無し。


「それで、私に対する警告というのは何でしょうか」

「決勝戦では手を抜かないで欲しくてね。もしもそんなそぶりが見えたなら、僕は君に対して不利益な行動を取ってしまいそうだよ。」

「ヴィシャス、やめないか。脅すような事を言うなんて君らしくも無い」


即座に助け舟を出してくれるはインズを見習えよ。

……とまぁそれはさておき、そもそも俺に対する不利益っていうと……なんだろうか。

何をされてもスカーレットを始めとしたオズワルド家の面々が守ってくれてしまいそうで、特に怖いことが思いつかない。

ヴィシャスに限らず、スカーレットの未来何て誰も知る所じゃないだろうしな。


「私は今までの戦いで一度も手を抜いたことなんてありませんが」

「………君は随分と平気な顔して嘘を言うタイプなんだな」

「嘘を言ったこともございませんが」

「………。まぁ良い。とにかく今までがどうだったかは別として、君は決勝戦で一切手を抜くことなく戦うことを宣言したまえ」

「はぁ………では………」

「あぁいや、ここで宣言されても困るよ。僕とハインズしか証人が居ないんだからね」


そう言ってフンと鼻を鳴らしたヴィシャスは、肩越しに振り返って闘技場の方を見つめた。


「試合開始前に宣言をすると良い。お互いが全力で戦うことを誓い合うんだ。別段おかしな行為でもあるまい」

「………。」

「ハインズもそれで良いか?」

「まぁ…別に僕は構わないよ。そもそも全力を出さないと戦いにすらならないだろうからね」


………。


結局、どうするんだ俺は。


勝つのか?


それとも負けるのか?


「アルフ君。じゃぁ、試合前に二人で宣言しよう。観衆に向けて」


………………。

何を馬鹿な……。

もうとっくに答えは出てるだろ。


「僕たちは全力で戦い、どちらが勝っても負けてもお互いの健闘をたたえ合うことを誓おう」


スカーレットとハインズの婚約に影を落とすわけにいかないだろ?

朝霧のロッドが無いと苦しくなるが……絶対に無理になってしまうわけじゃない。

まだ取り返しがつくはずだ。


「それでいいな? アルフ君もヴィシャスも」


最悪、聖遺物に関しては盗み出してしまえばいい。

盗んだものをスカーレットが受け取ってくれるとは思わないが、エルザならばもしかすると俺の……いや……、それはよそう。


「………はい」

「あぁ」


全力で負けに行く。

これは決定事項だ。

ヴィシャスの時の様な適当な手の抜き方ではだめだ。

絶妙に調整し、ハインズにも納得してもらえるように負けなくてはいけない。


『アルフが決勝に勝ってくれたら……』


………………。


『アルフなら勝ってくれるから……』


決定事項だ。


『信じてるから』


スカーレットの幸せの事だけを考えろ。


『その時に、ちゃんと伝えさせて欲しいの』


良いか?

これは決定事項だ。

ヒーローはハインズ。

ヒロインはスカーレット。

悪役は存在せずに平和な日々が安穏と続いていく。


『アルフ………』


揺らがない。

大丈夫だ。

何のためにスカーレットに尽くしてきたと思ってる。

絶対に勝たないでいられる。

問題ない。

その結果としてスカーレットに失望されようと何だろうと、ハインズとスカーレットの婚約に影が差すことの方が問題だ。


「アルフ」


大丈夫だ。


「アルフッ!!!!」

「~~っ!? お、お嬢様ッ!?」


ブワッ……と甘い香りが鼻腔を突き、それが駆け寄ってきた現実のスカーレットだと気づくまでに数瞬を要した。

慌てて焦点を合わせたお嬢様の額には珠のような汗が浮かび、はぁはぁと荒い息を繰り返しているのは走り続けていたからか?


「ど、どうされました?」

「どうもこうもっ!!エルザがどこにもいないのよッ!!」

「え?」


………………エルザが?


「お手洗いとかにでも……」

「全部探したッ!!イシドラもまだ探してるけど見つかったって連絡がこないのッ!!」

「気がはやって既に闘技場にいるとか……」

「アナウンスを何度も入れて貰ってるのよっ! 闘技場はもちろん、アナウンスを入れられる場所で全部ッ!!」

「………………。」

「おかしいわよッ!! 今までこんな事一度も無かったッ!! そもそも待ち合わせに遅れる事すらあの子は滅多にないのよッ!!」


………………。


「スカーレット、僕もエルザ君の捜索に協力しよう。」

「ハインズ様ッ……ありがとうございますっ……!」

「ビアンカッ! 聞いていたか!?」


どこかで気を失って倒れている。

……あの健康優良娘が? いや……無いとは言い切れない。


事故に巻き込まれた……だったらもっと騒ぎになってるはずだろ?


「………………。」


はた……と思いついて振り返った先には、無表情でこちらを見つめているヴィシャスの視線。


「………………。」


その口の端が一瞬つり上がったように見えたのは、きっと気のせいに違いない。


「………………。」


『決勝戦では手を抜かないで欲しくてね。もしもそんなそぶりが見えたなら、僕は君に対して不利益な行動を取ってしまいそうだよ』


「………………。」


いや……。

そんな……。

まさか……。


「アルフ君、ハインズ。エルザ君の捜索は僕らに任せてくれ。」

「ヴィシャス……いや…しかしっ……」

「歴史ある魔術大会の決勝戦がもうじき始まるんだ。エルザ君がもし何でもないような用事で姿を現さないのであれば……自分のせいで大会に影響があったと知った時気の毒だろう?」

「それは……そうだが……」

「ハインズ様。ヴィシャス様の仰る通りです。エルザさんの捜索は私がスカーレット様達と連携して行いますので任せて下さい。まだ何かあったと決まった訳ではありませんから」

「ビアンカ………そうか……分かった……」


おい……。


良いんだよな?


俺はこの後……決勝で負けていいんだよな?


「アルフ君……少しいいかい?」

「ヴィシャス……? アルフ君を連れてどこへ……」

「いや、少しだけ話したいことがあってね」


何も無いよな流石に。

ヴィシャスは粘着質な奴で、何か選択肢をミスるとすぐに闇落ちしてバッドエンドに直行するキャラだけど、大丈夫だよな?


(君は何も気にせず決勝戦に臨むと良い)

(………………………。)

(君が全力で戦った後………すべての心配事は露と消えるはずさ)

(―――――ッ…!?)


一番ひどいバッドエンドはエルザと心中しようとする話で……最終的に生き残ったのかどうなのかはぼやかされてたけど……まさかな?


(ちなみに君は……勝つつもりなのかな? それとも、負けるつもりかい?)

(………………なにを…)

(どちらが……望まれているのだろうね……?)

(~~~~~~っ……)

(あぁ……)





あくまで僕は関係なく。






観衆の望む結末の話だよ。






素敵な展開と納得のいく結末を見せてくれ。






脚本家の、アルフ君?







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