第20話 黄色い声援


―――――パンッ!! パンッ!!


と空に祝砲が鳴る。


その音を聞いて、私の胸はキュゥッ…と痛くなる。


「イ、イシドラっ!早くしてっ! 始まっちゃってるッ!!」

「落ち着いてくださいマーガレットお嬢様……どうせ最初は長ったらしい挨拶の連続なんですから………」

「駄目よっ…! 試合前にアルフに会いたいのっ……!」

「分かりましたってば…! んもぅ……なんでよりによってお嬢様の治療日程と魔術大会の日程なんか重なるんですかっ……!アルフさんが戻ってきてくれたらこんなとこまで来る必要なかったのにっ!」

「そんなこと言わないでっ………。試合があるのに治療をしてくれるっていうだけでも有難いのに……。」

「というか今回くらい別の医療魔術士に頼めば良かったのに………アルフさんがやる必要あります?」

「あ、あるわよっ………」

「ほんとにぃ………? アルフさんに会いたいだけでしょうマーガレット様……」

「~~~~~~~っ………か、からかわないでっ!!」

「はいはぃ………なんてまぁお可愛い事でしょ……」

「やめてよっ………!!!」

「ほんじゃ………飛ばしますからねぇっ!!」


スピードを上げた小型の馬車は、上下に激しく揺れてお尻が痛くなる。

窓から覗いた向こうには、お姉様とアルフが通い始めた学園の広大な敷地。


「アルフ………」

「はいっ? 何か言いましたかぁお嬢様っ!?」

「な、何でもないっ!!」

「どうせアルフさんの事でしょぅっ!?」

「~~~~~~っ………!!」


もうすぐっ……。


もうすぐアルフに会えるっ……。


アルフ…………あぁ…………アルフッ!!


「そ、そうよっ……!!」

「はぃぃっ!? 聞こえないんですよ馬車がうるさくてぇッ!!」

「ア…アルフの事考えてたら何か悪いわけッ!!」

「あ!!今の言い方スカーレット様に似てましたよちょっとッ!!」

「んぐっ……!!」

「やっぱ姉妹ですねぇッ!!!!」


意地悪なイシドラなんてもう知らない。


とにかく今はアルフ。


数日間に渡る旅程の出発前は、楽しみで楽しみで一睡もできなかった。


アルフっ………………私の愛しいアルフっ………。


きっとアルフの事だから、どうせまた色んな女の子に言い寄られちゃってるはず………。

もしかしたらアルフの好みの子がいたりするのかも……。

誰か好きな人が出来てないことを祈るしか無い。


「もっと速度は出ないのイシドラっ………!」

「馬車壊れちゃいますよォッ!」


1秒でも早く愛しい彼の元へ………!


お願いアルフっ………!


どうか私の気持ちを………忘れないでいてっ………!!






◇ ◇ ◇






「レディィイイイイス!エンッジェントルメェン……」


魔術大会において、重要な要素は朝霧のロッド。


「こんにちは…本大会初戦のアナウンスを務めさせていただきます……聖ウィリアム学園放送部所属、平民階級、4年Cクラス在籍、マリー・ウェストランドです……。」


それは間違いないよな?


間違いない筈だ。


だから俺は、スカーレットの代理としてこの魔術大会に出られた事を喜ぶべきなんだ。


「本大会の運営に於きましては……セントウィリアム王国国王、アビゲイル様より多大なご厚意を配していただいております………皆々様方……合図に合わせてアビゲイル様への敬礼をお願いいたします」


ただ………不確定要素が多い事が問題だ。

そもそもこの大会にはスカーレットが出場し、エルザと決勝で当たるはずだった。

スカーレットはドーピングの効果を受け、エルザはここまでに獲得した聖遺物の効果と聖遺物の守護者を撃破した経験値の影響を受け、二人とも今現在より遥かに高い戦闘力を得ていたからこそ実現するシチュエーション。


「総員敬礼ッ!!!!」


それが丸ごと無かった事になってるんだ。

この魔術大会は………俺が知ってるゲームの中にあったものとは全くの別物。

恐らく今のエルザでは決勝に上がってくることは無理だろう。


「ありがとうございました………。続いて協賛のご紹介です………」


じゃぁ………誰が決勝に上がってくる?


実力的には今回の魔術大会に参加している4人の王子達の内の誰かの可能性が非常に高い。

本命はハインズ。

次点でバラックとヴィシャス。

大穴でフォウ。


クルトもゲーム中では馬鹿みたいに強かったが、今回の大会には参加していない。


「コールマン商会様………ラングドン魔法協会様………さらにご紹介いたします―――」


ただバラックとヴィシャスは俺と同じブロック。

この二人と当たるにしても決勝は無い。


問題は反対サイドのフォウと………ハインズだ。


「以上です。皆様、本大会の趣旨に賛同していただいた協賛の皆様に盛大な拍手をッ!!!!」


ハインズが決勝に上がってきたらどうする。

負けた方が良いのか、朝霧のロッドを取りに行った方が良いのか………未だに決めかねている。


「さぁ………………………皆様…お待たせいたしました…。」


朝霧のロッドを取れた場合の利点については考えるまでも無い。

問題はハインズとの勝敗の影響だ。


「聖ウィリアム学園魔術大会………初戦をッ!!!!只今より開始いたしますッ!!!!皆様方ッ!!!屋台でおやつは買ったかッ!!?ジュースの準備は良いかッ!!!?勝者を祝う花束は握りしめているかァッ!!!!」


いくら何でも俺の悪目立ちが過ぎる。

あのゲームがエルザ視点で進んでいた以上、エルザとここまで深く関わっている俺はシナリオに対して出しゃばり過ぎだ。

この世界に与える影響がメインキャラ以上にあるのはかなりまずい気がするんだが……どうだろうか。

そのうえでハインズに魔術大会で勝つとなると………何が起きる?



――――――――――ゴゴンッ………



「東ゲートより入場いたします………。その甘いマスクで今や一躍学園の時の人……。数多の女子の心を鷲掴み。今度は魔術大会でも栄光を掴むのか………? 誰もが知る名家中の名家、セントウィリアム王国オズワルド家御長子スカーレット様を三歳より支え、数々の王国史に残る最年少記録を塗り替えてきたスーパー執事……」


「………………。」


一番まずいのはハインズの顔に泥を塗る結果。

そしてその後に続く二人の婚約への悪影響。



「アルフゥゥゥゥウウウウウウウウウウ!ルゥゥゥゥウウウウウウウウウベルトォッ!!!!!!!」



「キャァァァッ!!!キャァァァァァァアルフ様ッ!!!アルフ様ァッ!!!!」

「アルフ様こっち向いてッ!!!アルフ様ッ!!!!アルフ様ぁぁぁぁああッ!!!」

「アルフ様ミリアですッ!!!あなたのミリアですっ!!ここですアルフ様ぁぁぁあッ!!!あっ…あっ……手をっ………今私に手をっ………!!」

「アルフ様今私を見たッ!!?ねぇッ!!!今私みたよアルフ様ッ!!!!!てかワイシャツだけなの初めて見たッ!!かっこぃ……ヤバイあれ……!!」

「あぁもう間に合わなっ………う、うるさぃ………い、イシドラっ!み、みえなぃッ!!アルフが見えないよイシドラッ!!!」

「うるさっ!!!うるさすぎココッ!!なにこのアルフさんの人気ッ!!どうなってんのッ!!ちょっとどいてッ!!!マーガレット・オズワルド様よッ!!通しなさいッ!!通せこらッ!!!!オズワルド家よッ!!どけこらッ!!!!」

「キャァァァァアッ!!!アルフ様ぁぁぁぁぁあああああッ!!!!」


――――――――――――ゴゴンッ……


「西ゲートより入場いたします……。遠く東の国は神聖なる神の国。数多の敬虔なる信者が作り上げたその国で、ある日一人の異才が生を受けた………。神の思し召し?神の奇跡?違う………違う違うそうじゃない!!筋肉だ!!この世を照らす光は筋肉だ!!見ろ王国よ!!この鍛え上げられた筋肉をッ!!見ろ民達よ!!躍動する上腕二頭筋をッ!!!!筋肉の貴公子!!筋肉の申し子!!筋肉の神に愛されし漢の中の漢ッ!!!」



事がハインズ一人の感情で済むものならまだ何とかなる。

だがもし王国上層部に二人の婚約に対して茶々を入れられるような結果になってしまったらどうする?

この学園からでは、手が届かない問題に発展するかもしれない。



「バラァァァァアアアアアアック!!!エルッ………クラドォオオオオオオオオオオルッ!!!!!!」


「ウォオオオオオオオッ!!バラック様ァッ!!!!」

「兄貴ィィいいいいいいッ!!!そんなヒョロガリぶっ飛ばしてくれぇええええッ!!」

「兄貴ッ!!兄貴ッ!!兄貴ィィイイイイッ!!!」

「みえなっ………イシドラまた見えないッ!!さっきより見えないッ!!!うもっ…埋もれるッ!!」

「どけコラァッ!!汗クセェんだよテメェらッ!!どけッ!!マーガレット様が穢れるッ!!押すなッ!!おいコラァッ!!オズワルド家だぞッ!!マーガレット・オズワルド様知らねぇのかァッ!!!!」

「気に食わねぇんだそいつやっちまってくれ兄貴ィィイイイイッ!!!」



………まだ………まだ時間はある。

ちゃんと考えろ。

何がスカーレットの為になるか、それだけを考えろ。


「アルフ………待ちわびたぜ今日この時を」


「………お手柔らかにお願い致します。」


「無理だろ。全力で行かせてもらう。」


「………。」


とにかくまずは眼の前の敵だ。


ハインズ以外であれば、こちらの勝利はスカーレットの評判を上げることにしかならない。


「さぁ!!奇しくも初戦はひっじょぉ〜〜に希少な身体強化魔術士同士の戦いとなりましたッ!!勝つのは細マッチョか!?それともゴリマッチョなのか!?筋肉のあるべき姿を決める世紀のこの一戦!!間もなく試合開始ですッ!!」


やることはただ一つ。


「アルフッ!!む…無理しないでッ!!怪我しちゃ駄目ッ!!」

「アルフさんッ!!ファイトッ!!絶対勝てますよッ!!」

「アルフッ!!あんた負けたら承知しないからねッ!!」


まっすぐ突っ込んでって、ぶっ飛ばす。


「試合ッ………………………………」


集中しろ………………。


息を細く………。



細く……………………………………。





吸って…………………………………。





………………………。





「開始ですッ!!!!!!!!!!」






………………………………………吐け。













◆ ◆ 人物紹介 ◆ ◆



マーガレット・オズワルド(14)誕生日2月9日

趣味・刺繍、読書、散歩、アルフとのお喋り、アルフの鍛錬の見学。

スカーレットの実妹。

スカーレットと同じ金髪を内巻のショートカットにし、スカーレットと同じ青い瞳をもつ。

姉と共に『オズワルドの二輪薔薇』と称される美貌は姉と比べて柔和であり、病弱な体質もあって見る人に儚い印象を与える。


バラック・エル・クラドール(15) 誕生日10月2日

趣味:フェンシング、乗馬、筋トレ

隣国、エランゲル神聖皇国の第3皇子。

交換留学生。

豪快で直情的な性格。筋肉魔人。

灰色の短髪

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