第19話 ダンス・ダンス・ダンス

魔術大会の前夜祭。


学園の一番大きなホールは煌びやかな飾り付けがなされ、世界各国から呼び寄せたシェフが作った色とりどりの料理が所狭しと並べられていた。

少し照明を暗めにつけられた部屋の中は良いムード。

魔導式のランタンがユラユラと揺れるのに合わせて人の影も揺れ、なんだか幻想的な雰囲気だ。


「………。」


で、私ことエルザ・クライアハートはそんな素敵なムードの中、壁際にもたれて一人寂しくお皿の上に取ってきた料理をもぐもぐしていた。


「………。」


これは寂しい………。


私ってよくよく考えたらスカーレット様以外友達いなかった。


結構頻繁にアルフさんの事で質問を受けて色んな人と談笑するから勘違いしてたけど、親しくしてくれているのは完全にスカーレット様だけだ。


四六時中スカーレット様と一緒にいるし、そうすると自然とアルフさんもずっと一緒だし……もう毎日が楽しくって友達作らなきゃとかそんな事頭の片隅にも浮かんでこなかったんだよね………。

というか、二人が私にとって魅力的すぎてね………。


「………。」


それでスカーレット様といえば……。


「スカーレット様、よろしければ一曲お相手を……」

「えぇ、よろしくてよ」

「スカーレット様、私とも是非」

「えぇ。また後程」


貴族様方に囲まれてさっきから忙しそう。

オズワルド家の長子であるスカーレット様とパイプを持ちたい貴族様達なんてわんさかいるんだろう。

普段はハインズ様の婚約者ということで突然声を掛けたら邪推される恐れがあるけど、パーティーなら話は別。

ダンスを目的に堂々と話しかけることができる。

私達みたいな平民階級は制服で参加している前夜祭だけど、貴族の皆様はドレスだのタキシードだのに身を包んで煌びやかだ。

とてもじゃないけどおいそれと近寄れる雰囲気じゃない。


じゃぁアルフさんは?と言うと、


「アルフ様っ♡ エスコートしていただけないかしら……♡」

「あの……ですから私はお嬢様の護衛を……」

「アルフ様っ……♡ 素敵、こうして近くで見ると本当に瞳が綺麗でいらっしゃるのね……♡」

「どうも……あの……申し訳ありませんが掴まないでいただけると……」

「ちょっと、近寄らないでいただけます?アルフ様は今から私をエスコートしてくださるの」

「ミリア様ずるいっ……!!」

「アルフ様凄い筋肉っ…♡」

「あの………」

「ちょっとっ!!誰よアルフ様に触ってるのっ!!」


もう右を向いても左を向いても華やかな貴族令嬢達の花花花。

赤白緑、黄色紫青ピンク。

色とりどりのドレスがわちゃわちゃとアルフさんを囲む様は、まるでお花畑みたいだ。

スカーレット様バリアが消えた途端に、ブワッ!!!ってアルフさんの周りに花が生えた光景は正直ちょっと感動した。


そしてそのお花畑から少し離れたところを平民階級の女の子たちが何人もウロウロして機を窺っている。

チャンスがあれば一気にアルフさんの所へ行こうとしているんだろう。

………自分に自信がある子がそうしているからなのか、貴族のお嬢様達もその周りにいる平民の女の子たちもすごく可愛い。


「………ふぬぅ゛~っ……!」


普段はそんなこと感じない……というかスカーレット様もアルフさんもそうさせないように気を使ってくれているんだろうけど……こうして公の場に来ると二人が私とは別世界の人間なんだなぁって実感させられるよ。


………腹いせ紛れに口に押し込んだごはんは、美味しいけど美味しくない。


………………アルフさんのご飯が食べたい。


最近、ずっとご飯食べさせて貰っちゃってるもんなぁ……。

今私の身体って、何割ぐらいがアルフさんの手料理で構成されているんだろうか。


昼のランチも手が込んでるし……夕食何て毎晩パーティーみたい。

食前酒があって、前菜があって………お姫様にでもなった気分だ。

朝は朝で前の晩にアルフさんが小分けにしてくれたご飯を食べてるし……。


そしてそのどれもが美味しい。


見たことも聞いたことも無いような料理もたまに出るけど、アルフさんは気を使ってくれているのか私になじみのある料理もアレンジして沢山出してくれる。


スカーレット様は気に入ったり気に入らなかったりって感じだったけど……私は食べててちょっと泣きそうになるくらいだった。


故郷の味がする。


アルフさんの手料理なのに、お母さんの料理の味がするんだ。


「………。」


寂しい。


スカーレット様とアルフさんの事を考えれば考えるほど寂しくなってしまう。


毎日毎日側にいて、ほっぺにチューまでして、抱きしめて貰って……今日の昼だってアルフさんのご飯を食べたのに……こうしてちょっと現実を見せつけられただけで無性に寂しい。


今すぐあのお花畑をかき分けて行ってアルフさんの胸に飛び込みたい。


………どんな顔をするだろうか?


やっぱり驚いて慌てるよね。


でも……もしかしたらその後に微笑んで抱きしめてくれるかも……。


寂しかったんですか? なんて甘い言葉を耳元で囁かれたら……私の頭は沸騰してしまってもおかしくない。


ダンスに誘ったら………エスコートしてくれちゃったりして……。


身体を預けるとあの逞しい腕で私の事を支えてくれて……手と手を合わせて踊って……。


ど、どうしようっ……ダンス何てお遊戯会以外でしたこと無い……。


ステップはここに来る前に一人で部屋で練習したけどっ………!

幻滅されたらどうしようっ!!

よくよく考えたらスカーレット様とアルフさんってダンスのレッスンとかしてるよねっ!!?

今もホールのダンスフロアに出てるスカーレット様は滅茶苦茶上手だしっ……!!!

周りから称賛の拍手とか沢山もらっちゃってるし!!!

あぁでもっ………!! アルフさんとのダンスっ………!!




どうせ叶いはしない妄想に一人で身もだえ、頭を抱えてウンウンうなっていた時だった。




「おひとり様かな?」

「えっ………ぁ゛っ………」




そんな私に声をかけて来て微笑みを浮かべていたのはヴィシャス・ヴィオレリア様。

隣国であるヴィオレリア魔導国の皇子様だ。


「ヴィ、ヴィシャス様におかれましてはっ…!!」

「よしてくれ。堅苦しい挨拶は抜きにしよう」

「は、はぁ………」


ヴィシャス様の手には私と違ってシャンパンのグラス。

服装も普段の学生服とは違って正装で、こうしてみると本当に皇子様なんだなぁって感じがする。

それなのに私ははしたなくもぐもぐし通しで………。

まだまだこんもりと盛られている私のお皿を慌てて背後へ隠すと、ヴィシャス様はそれを見ておかしそうにクスクスと笑い声を上げていた。


「隣良いかい?」

「えっ………あっ………そのっ………」

「失礼するよ」

「ぁっ………」


助けを求めてスカーレット様とアルフさんを見たけど、薄暗い部屋の中で二人が私に気付くわけが無い。

スカーレット様はダンス中だし、アルフさんはご令嬢たちの相手の真っ最中。


戸惑っているうちに私の横の壁にもたれてしまったヴィシャス様から、ジリジリ距離を離していくことくらいしか私にはできなかった。


「ようやく君と話が出来て嬉しいよ。スカーレット君はどうも僕の事が嫌いみたいだからな」

「そ、それは………わ、私には分かりませんけど………」


な、何だかこの人怖くて苦手だ………。

に、逃げちゃったら失礼かなぁ…? 

あぁ……スカーレット様かアルフさんが助けてくれたらっ……。


「前々から君に興味があってね。」

「さ、左様でございますか………っ」


き、きょうみっ!?

わ、私はありませんっ!!!

ど、どどどどうすればいいのっ………。

逃げてもスカーレット様なら絶対に守ってくれる。

でも絶対に迷惑かけちゃう………。


「神聖術が得意なんだね。教会に籍をおいていたことがあるのかい?」

「ご、ございませんっ!」

「それに神聖術以外の成績も素晴らしい。誰か師事している人がいるとか?」

「ど、独学ですっ………!」


今は居るけど、なんか………この人の目の前でアルフさんの名前を出したくない。

スカーレット様もアルフさんとヴィシャス様を接触させたがらないし。


「独学か………君はこの間の中間試験でも十位以内だっただろ?才能もあったんだろうが、凄いことだな」

「い、いえ………そんな事は………」

「謙遜することはないよ。努力だけでは成し得ない成績ではあるが、人一倍の努力無しには成し得ないことでもある」

「………ありがとうございます」

「ご家族が君のことを支えてくださったんだね」

「は、はぃ………!」


そう。


それは本当にそうなのだ。


私のお母さんとお父さん達は私のために必死に働いてくれた。

弟や妹達の世話だって大変だろうに………私に家事手伝いをさせたことなんて数えるほどしか無い。

「俺たちの初めての娘なんだぞ。すごい人物になるに決まってる」

そういっていつも背中をバンバン叩いてきていたのは、私と同じ髪色のお父さん。

「見たかよこの前のお遊戯会!やっぱウチのエルザが一番可愛かったな!絶対にコイツは十人以上の男から求婚されるぞ!」

そういって酔っ払いながら笑うのは、私と全然違う髪色のお父さん達。


「素敵なご家族だ。機会があれば会ってみたいものだよ」

「っ………」


いつか、アルフさんは私の家族にあってくれるだろうか。

私のルーツである家族。

私の大好きな家族。


その時の私とアルフさんの関係は………どんな関係なんだろ?

知り合い?

恋人?


それとも………だ、旦那様………とか。


「ところで」

「………。」

「君はアルフ君の恋人なのかい?」

「………。」

「………?」

「………え?」


………え?


「え?」

「違うのかい?」

「………………………ち、ちちち違いますよっ!!私なんかがアルフさんの恋人になれる訳無いじゃないですかっ!!」

「どうして?」

「ど、どうしてって………アルフさんは素敵な人だし………」

「君だってそうだろ?」

「っ!? そ、それにアルフさんはすごい人で………っ!」

「君も相当すごいと思うが………」

「あ、アルフさんはスカーレット様の執事ですからっ!!」

「………執事だから何なんだい?スカーレット君にはハインズがいるだろ?」

「そ、それは………その………」

「それとも………彼とスカーレット君がただならぬ関係だとでも?」

「ち、違いますッ!!」

「………そうかい」

「そうですッ!!」


そんなの………私が聞きたいよ。


本当は………。


本当のところはどうなんだろう。


スカーレット様は頑なにアルフさんの事をただの執事だと言いはるけど、本当にそうなの?

ただ自分にそう言い聞かせて思い込もうとしてるだけなんじゃないの?


だって………。


アルフさんを見るスカーレット様の目って………主人が執事を見る目じゃないと思う。


絶対に愛してる。


一人の男性として。


「じゃあ君は今フリーってわけだ」

「そ、それはまぁ………その………」

「ふむ、もしよければ………」

「っ………」

「とりあえず、僕と一曲――――――



「エルザさん」



でもね、私はスカーレット様がどうとか、身分がどうとかでこの恋を諦めたくはないんだ。


「アルフさん………」

「ヴィシャス様もご機嫌麗しゅう。」

「………あぁ」


揉みくちゃにされてげんなりした表情の彼の後ろには、未だに沢山のライバル達がひしめいてコチラを窺ってる。

皆やっぱり可愛いけど………この子達にも負けたくない。


「実はですね」


私とヴィシャス様のすぐ目の前にまで来たアルフさんは、内緒話をするかのように声を潜めた。


………アルフさんの匂いがする。

………整髪剤と………いつも擦り付けられちゃうスカーレット様の香水の香り。


不思議だ………。


さっきまでヴィシャス様と二人きりで緊張していたのに、今はもう安心しきってしまった。


「………助けてほしいのですエルザさん」

「は、はぃ!分かりました!」

「………事情はお聞きにならないので?」

「べ、別にアルフさんの為ならっ………で、でも、じゃあ………どうしたんですか………?」


それがですねぇ………とため息をつくアルフさんが肩越しに女の子達を振り返ると、途端に「きゃぁッ!♡」と黄色い歓声があがる。


「私はダンスなんてするつもり無かったんですが………」

「は、はぁ………」

「お嬢様方が………誰が一番に私と踊るかで揉め始めてしまいまして………」

「ぐぬっ………………」

「挙句の果てに一番に踊った方が私の恋人になれるだのなんだのと………」

「ふぐぬっ………!!」


ですから


と、差し伸べられた手を見た瞬間に、私の心臓はキュッと音を立てた。


「………………え?」

「もし宜しければ、エルザさんが踊っていただけませんか?」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………駄目ですか……」

「だ、駄目じゃありませんッ!!で、でも私なんかで良いんですかっ!?へ、平民の小娘ですよ!?ダンスなんて習ったこと無いし………、ほ、ほら!見て下さいこのお皿!友達居ないからずっと食べててお腹いっぱいですッ!!ダンスしてる途中でお腹痛くなっちゃうかもっ!!アルフさんの足踏んじゃうかもしれないし、転んじゃうかもしれないし!!リズムも取れないかもだし!わ、私なんかより上手な方なら他にもいっぱい――――


「駄目ですか?」


「………だ、駄目じゃありません」


「では………ヴィシャス様、失礼いたします。」

「………あぁ、楽しんできてくれ」


顔が熱い。


「エルザさん、手を」


「は、はぃ………」


耳にアルフさんのファンの子達の妬み僻みが届いてくる。


「ダンスは初めてですか?」

「む、昔………小さい頃に………お遊戯会で………」

「素晴らしい。では私に体を預けてくださいね」

「〜〜〜〜っ………!♡」


ダンスを終えたスカーレット様と入れ替わるようにしてフロアに躍り出ると、私達に気づいたスカーレット様が憤怒の表情を浮かべたのが見えた。


「周りが気になりますか?」

「は、はぃ………」

「じゃあ、私の目を見て下さい」

「〜〜〜〜っ………♡♡」


スポットライトが当たっている。


周りの音が消えたのは、私がアルフさんに夢中だから?


「上手です。ターンはできますか?」

「わ、わかりませんっ………」

「やってみましょう。動きは誘導します」


身体が勝手に動いていくのが心地良い。

私の手を握る彼の手が、私の腰に添えられた彼の手が、私がじっと見つめる彼の目線が、次にどう動けば良いのかを教えてくれる。


「ぁっ………!」

「大丈夫ですよ」

「っ!?」


バランスを失ったと思った動きでさえ、アルフさんに身を委ねるとそのままダンスの技のようになる。

一瞬離れ、くっつき、また離れて、引き寄せられる。


「〜〜〜〜〜っ………♡」


ステージで演奏する楽団から流れる曲調が緩やかになった途端、私の顔はアルフさんの胸にうずめられるようになってしまった。

「きゃぁっ!」

と響く黄色い声は………私への嫉妬と羨望にまみれたものだろう。


「お上手ですよ………?」

「あ、ありがとうございますっ………」


もう………世間の目なんてどうでもよくなってしまう。


彼の胸に耳を当てると………トクントクンって………凄く安心する音がする。


「………………アルフさん」

「はい?」

「一番最初に踊ったから………私………アルフさんの恋人ですか………?」

「エルザさんまでそんなことを………」

「………ふふっ♡」

「ほら、また盛り上がるとこが来ますよ」

「わわっ………!!」


でも………じゃあ、どうして私の所へ来てくれたの?

私にも可能性があるんじゃないの?


「いいですねっ!センスありますよ本当に!」

「え、えへっ!♡」

「お上手です!」

「〜〜〜っ!♡♡♡」


あぁ………!


アルフさん………!


「あはっ………!♡」

「そこでターンを!」

「はいっ………!♡」



好きです………!!



「あははっ!!♡」

「笑顔が素敵ですよ!」

「た、楽しくって!♡」

「ほら、もう一度!」

「あはっ!!!♡」


アルフさんの事が好き………………






大好きですっ………!!!!!









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