第18話 何なのよほんとに

「やぁ、エルザ君、だったかな?」

「え………?あ、はい。そうです。」


マナ伝導学の講義終了後、スカーレット様とお手洗いに移動しようとした矢先に声を掛けられて私は振り返った。

そこに居たのはチェーン付きの眼鏡をかけた男性。

総勢百名を超える最上級クラスで見かけたことは何度もあったけど、今まで話したことはない人だ。


「さっきの教授からの質問に対する返答、見事だったね。」

「あ、どうもありがとうございますっ………えっと………」

「ヴィシャス・ヴィオレリアだ。」

「エ、エルザ・クライアハートです………」


ニコリと微笑んだその男性に慌てて頭を下げると、私の横で様子を見ていたスカーレット様がズイッと私の前に出る。

フン!と鼻を鳴らすスカーレット様の立ち位置は、私とヴィシャスと名乗った男性の丁度真ん中。


「ヴィオレリア魔導国の皇子様がエルザになんの御用でいらっしゃるの?」

「やぁスカーレット君、今日も相変わらず美しいね。なに、ちょっとエルザ君の意見に感銘を受けてね、少し話しをしてみたいと思っただけだよ」

「あらそうですの。ですがあいにくエルザはお花摘みの用事がございますので」

「ス、スカーレット様っ………」


グイッと顎を上げてヴィシャス様を睨みつけるスカーレット様の警戒心は、なぜだか完全にマックス。

今まで禄に絡みのなかった二人の様子を見てこっちも大混乱だ。

なんか危ない人なのかな………?

だ、大丈夫なのかなこの雰囲気………?

と思って後ろに控えているアルフさんを見ると涼しい顔してピシッと立っている。

………アルフさんがこの様子なら大丈夫?


「二人は仲が良いんだね。」

「えぇ、ですからエルザの今後の予定は全て詰まっておりますの。最近は夕食もともにしておりますし、休み時間もずっと一緒ですわ。ちなみに将来は我がオズワルド家が召し抱えようと思っておりますから、今後五十年ほどエルザの予定に空きはありません」

「ぇ………っ!?そ、そうだったんですかっ!?」

「なるほど、それは残念だな」


慌ててスカーレット様を見ると、すごい顔で睨まれた。

スカーレット様が怖すぎるので、救いを求めてアルフさんを見たらツーンとすまして立ってるし………。

何だかもう訳が分からない。


「本当に残念だ。でももし予定が変わったらエルザ君とは色々と意見を交わしてみたいね」

「は、はぁ………こ、光栄です?」

「残念でしたわね。それでは失礼いたします。エルザ、行くわよ」

「は、はぃ……」


ツンッ!

と身を翻したスカーレット様を慌てて追いかけて、数歩。


「あぁそうそう、アルフ君」

「………はっ。ヴィシャス皇子様におかれましてはご機嫌麗しゅう」

「今度の魔術大会、君も出るんだってね」


そんな会話が始まった途端に憤怒に顔を歪めたスカーレット様が、今度はアルフさんの目の前で仁王立ちを始める。


「対戦ができる事を楽しみにしているよ」

「………どうぞお手柔らかに」

「ははっ……それはこっちのセリフだがね」

「………。」


「アルフ、行くわよ」

「………では失礼いたします。ヴィシャス様」

「あぁ」

「アルフッ!!早く来なさいッ!!」


そう言って恭しくお辞儀をしたアルフさんは、スカーレット様が腕をひっぱるのに任せてクルリと踵を返していった。


………。


なんだったんだろう。

あの人………。


なんか………違和感を感じる………。






◇ ◇ ◇






その後の一週間。

私は事あるごとにヴィシャス様に絡まれ続ける羽目になった。


「やぁエルザ君。今時間あるかい?」

「え……えっと……あの………」

「エルザ!!お茶会に付き合いなさいッ!!」

「えっ……? で、でも…平民の私なんかがお茶会なんて行ったら……」

「良いから来なさいッ!! ヴィシャス様、失礼いたします!」


「やぁエルザ君。さっきの神聖術のテストでは凄かったね」

「あ、ど、どうも………ありがとうございます……」

「エルザッ!!!!!トイレ行くわよッ!!」

「す、スカーレット様っ……そういうのは大きな声でいっちゃだめですっ……」

「早くッ!! 我慢できないから早くしなさいッ!!」

「す、スカーレット様ぁっ………!」


「やぁエルザ君。良ければ隣良いかな?」

「え……あ…………えっと……ですが……」

「エルザ!!!!!!!!あんた今日から昼も私と食べなさいッ!!」

「え、え…で、でも……そんな……さ、さすがに……」

「良いからッ!!今日からアルフが私の嫌いな物だけで食事を作ることになってるのよッ!!あんたは処理係ッ!!早く来なさいッ!!」

「は、はぃっ………!」


「やぁエルザ君。こんなところで一人でどうしたんだい?」

「あ、こ、こんにちはヴィシャス様……えっと……ちょっと調べ物を……」

「ふぅん? 聖遺物について? 興味があるのかい?」

「あ……その……はぃ………少し…………」

「隣良いかい?」

「え………えっと………」

―――――――バァンッ!!!

「いたっ!!!!馬鹿エルザッ!!!何してんのよあんたッ!!!」

「す、スカーレット様……? お買い物に行かれたはずでは……」

「あんたは荷物持ちよッ!!待ってても来ないからおかしいと思ったらッ!!」

「あ、アルフさんがいらっしゃるのでは……」

「うるさいわねッ!!良いから来なさいッ!!!」

「は、はぁ………」


………。


………。


………………………。



「どうですエルザさん。うちのお嬢様は」

「………惚れそうです」


今日も今日とてスカーレット様に窮地を救われた私は、スカーレット様がお疲れになって昼寝をする横で不寝番をするというよく分からない役目を仰せつかっていた。


「そうでしょうそうでしょう。なんたってうちのお嬢様ですからね。私はどうして世界中の人間がスカーレットお嬢様をもっと敬わないのか不思議で仕方ありません。」

「………アルフさん、スカーレット様の事好きすぎでは?」

「噛めば噛むほど味が出るのです。うちのお嬢様は」

「………否定はしませんけど」


ベッドの上で本当に寝始めてしまったスカーレット様は、本当に綺麗。

まるでお伽噺の中に出てくるお姫様が現実に現れたみたいだ。

………。

いや、たぶんスカーレット様の方がずっと綺麗だと思う。


「男前でしょう?」

「………女性に対しての誉め言葉ではない気がしますが」

「人として賛美しているんですよ」

「女性としては?」

「控えめに言って世界で一番魅力的でしょうね」

「~~~~~っ………」


あぁでもこれも否定できない。


なんなんだろスカーレット様。


これでスカーレット様が男性だったら本当に惚れてしまってもおかしくない。


そりゃアルフさんが信頼するわけだよ………。


何だか知らないけどスカーレット様って、やれ我儘だの世間知らずだのと悪い噂話ばかりされているけど……本当に全然違う。


エルザさん、何だかスカーレット様に引き回されて大変そうだね?なんて声をかけてくれる人もいるけど……その度に私が必死になって説明してもあんまり信じて貰えないんだよね………。


「どうです?お嬢様と結婚したくなったでしょう?」

「………正直したいです」

「そうでしょうそうでしょう。分かればよろしいのです」


………。

なんか腹立つな。


アルフさんはしたり顔でうんうんと頷いているけれど、私あなたの事好きなんですからね?

分かってますよね流石に?


………。


これって遠回しに私の事ふってます?


………。


でも私鈍感だからそう言うの分からないので。

直接言ってもらうまであきらめませんけど。


「………ヴィシャス様……何をお考えなんでしょうか」

「………。」

「えっと……その………身の程知らずな事言っても良いです…?」

「どうぞ?」

「ヴィシャス様って………あの………もしかして………私の事……」

「狙ってますね」

「………。」

「………。」

「な、なんでです?」

「何でとは?」


首を傾げて見せるアルフさんを見て、思わず私はフンと鼻息を荒くして立ち上がった。


「だ、だって私全然魅力無いですしっ!!」

「何言ってるんです。世の中の女性敵に回しましたよ今。ご自分のお姿を見たことないんですか?エルザさんはスカーレット様並みの美少女ですよ?」

「ふぐっ………!!♡ で、でもっ……好きな人に全然振り向いて貰えませんしッ!!」

「馬鹿な男ですね………そんな男など放っておいて新しい恋を見つける事をお勧めします。」

「い、嫌ですッ!!!」

「駄目な男が好きなのですか?」

「駄目な男じゃありませんっ!!王子様みたいな人ですッ!!」

「王子様ならそこら辺にゴロゴロいますが……」

「そういう事じゃありませんっ!!!え、えっと……それに……私最近食べてばっかりですし……」

「お肌の血色がよくなりましたね。大変かわいらしいです」

「ぐっ………!!♡ ふ、太っちゃうかもしれませんっ………」

「食べても太らない体質なんですね……女性からは反感を買いそうですが、少なくとも作っている身としてはとても好感が持てます。私の周りは食が細い人ばかりですから、こんなに料理を喜んでいただけたことがありませんでしたので」

「~~~~~っ………♡♡ わ、私すごいドジだし………」

「愛嬌があって大変男心をくすぐられます。失敗をしてもめげない強さも魅力的ですし、努力を怠らない真面目な内面も人として尊敬ができます」

「~~~~っ♡♡♡♡  あ、あのっ……あのあのっ……アルフさん……アルフさんの理想のお嫁さんって………」



「なにいちゃついてんのあんた達」



「ッ!!!!!!!!!!?」



ビクーンッ!!!!と身体を震わせ、恐る恐る振り向いたそこには悪魔のような顔をして私達を睨みつける寝起きのスカーレット様の御姿。


「いえ……別にいちゃついてなど……エルザさんの魅力について正直に話していただけですが」

「それがイチャついてるっていうのよ………なんなのよ本当に……人が気持ちよく寝てるっていうのにゴチャゴチャイチャイチャと……」


ゆらりとベッドから起き上がったスカーレット様の髪はぼさぼさ。


寝癖かなぁ?なんて思ったのもつかの間、ただ単に怒りのあまりマナの漏洩反応をおこしてるだけでした。


「エルザ……あんた……いい度胸してんじゃない………」

「ひっ……! ちがっ……違うんですスカーレット様っ……!」

「何が違うってのよ。あんたねぇ……私が寝てる間に人の執事にすり寄って……」

「エルザさんはヴィシャス様の事が気になっておられるようです」

「………はぁ?」


アルフさんの言葉に………スカーレット様は落ち着くどころか増々マナの漏洩反応を激しくし始める。


「あんたまさか、ヴィシャス様に惚れたんじゃないでしょうね……?」

「な、何でそうなるんですかっ!!? そんなわけありませんッ!!」

「………本当でしょうね?」

「ほ、本当ですッ!! 私が好きなのはっ……」

「好きなのは?」

「あ……え~~っと………す、スカーレット様かな?」

「は、はぁッ!!?」


私の言葉に顔を真っ赤にしてのけ反るスカーレット様の可愛らしいことといったらまぁ……。


「あ、あんた何言ってるのよっ!!そういう趣味なわけッ!?私は嫌よッ!!」

「じゃぁスカーレット様は誰が好きなんです?」

「は………ハ、ハインズ様に決まってるでしょッ!!!!」

「何で言いよどむんです?」

「だれがいつ言いよどんだのよッ!!」


チラチラとアルフさんの事を横目で気にするスカーレット様は確かに世界一魅力的に見えて。


「………。」


もうすでに我関せずの構えを取り、ツーンとしましているアルフさんを見ながら、


「はぁ……」

「何ため息ついてんのよッ!!!」


なんか、大変な恋をしてしまったなぁって今更ながらに気付いた。






◇ ◇ ◇





………。

どういうことだ?

ヴィシャス・ヴィオレリアとエルザの最初の出会いイベントは潰したはずだ。


あの時の鍛錬場で、ヴィシャスは確実に俺とエルザの抱き合う姿を見ていた。


どう思ったかは分からないが、少なくとも親密な関係にあることは疑えないシチュエーションだったはずだ。


「とにかくあんたはヴィシャス様に近づかないようにしなさい」

「………あの、守っていただけて心底ありがたいんですが……そもそもなんでスカーレット様はそこまでヴィシャス様の事を警戒なさっているのです?」


なのになんでまだ絡んでくる?

ゲームの世界の強制力が働いているのか?

………それとも単純にエルザの見た目が好みで、一目ぼれをしたとか?

まぁそりゃぁ分からなくはないが……恋仲でありそうな男の目の前であそこまであからさまに付きまとうようなキャラだったか……?


いや、まぁ確かに独占欲が強いキャラだった記憶はある。


あいつのルートは全部で5人のメインキャラの中で最もバッドエンドが多いルートだ。

とにかく精神的に不安定になりやすい描写が多く、選択肢数個のミスでバッドエンドが確定したりする。

ハーレムルートにおいてもヴィシャスの攻略は一番最後にしないとバッドエンドに直結し、メインキャラたちの中で一番面倒くさいやつだった。


「ヴィオレリアが魔術大国なのはしってるでしょ?」

「え?はい……それはもちろん」

「5年前に私達の国とヴィオレリアとで親善を目的とした御前試合をしたことがあるの」

「あぁ……確か……私達の国が圧勝したとかで盛り上がってた記憶が……」

「10対10の勝ち抜き戦だったのは知ってる?」

「いえ……そこまでは知りませんでした」

「ならこれも知らないと思うけど、アルフがね……先鋒で出て10人全員はったおしたのよ」

「………………………え? だ、だって……5年前って……アルフさん12歳ですよね…?」

「ふん! だから何よ。あんたアルフの事まだ舐めてるの?こいつは世界最強なの。分かる?」


でも、だからこそおかしい。

あいつはエルザが他の男に奪われてもめげずにアタックを繰り返すような内面を持ち合わせていないはずだ。

元々4人の恋人がいる状態から好感度を上げて行かないと激しい嫉妬に身を焦がし、自刃騒ぎを起こすほど。

ハーレムルートにおいて、プレイヤーにゲームオーバーの画面を見せるきっかけになったのは、ラスボスよりヴィシャスの方がよっぽど多いだろう。


「あの試合の後ヴィオレリアの奴ら本当に見苦しかったのよ。やれドーピングがどうのこうの、闘技場の結界がどうのこうのとアルフにいちゃもんつけてくれて……あんなに腹が立ったこと無かったわ」

「そ、そもそも12歳で国の代表の先鋒に入れるものなんですか…?」

「お父様がねじ込んだのよ。オズワルド家の威信を示し、当時浮上していた他の貴族令嬢とハインズ様の婚約の噂を消すための一環にね」

「そ、そんな話あったんですか?」

「あったのよ。なんでもハインズ様の弟であるヨアヒム様との婚約を蹴って、ハインズ様との婚約を要求した子がいるって……どこの誰かは知らないんだけどね。お父様たちが徹底的に噂をつぶしにかかったみたいだから。」


本当にただエルザの事が気になっているというのなら良いが……。

どうも気になる。

幸いお嬢様はエルザへの庇護欲が掻き立てられているらしいし、俺も下手に彼を刺激するようなことは控えた方がいいのかもしれない。


「そんなわけで、あいつがエルザにすり寄ってくる目的なんか見え見えよ。どうせアルフにあてつけしようとか考えてるんだわ。ヴィオレリアの連中、相当アルフの事うらんでるんだから」

「………………あてつけ?」

「なによ?」

「それはつまり………私とアルフさんが恋仲だと思ってると?」

「…………………。 ………っ!?  ……………さ、さぁ?」

「………見えます? スカーレット様も」

「………見えないわ」

「どうして目を逸らすんです?」

「逸らしてないわよ」

「逸らしました」

「逸らしてないわよッ!!!!」


クルト………。


あいつ………。


またなんかしたんじゃねぇだろうな?


「逸らしてないッ!!!!!!!!!」




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