第17話 心を蝕む甘い時間を

「参った!」

「………何故です?ハインズ様はまだ死に体では御座いませんが?」

「どこがだい………。ビアンカが僕の剣を叩き落としたんだろ?」

「剣を失ったなら素手で戦えばよろしいのです」

「………無茶言わないでくれ。アルフ君じゃないんだぞ僕は。身体強化魔術なんて危ない事やる勇気はないよ」

「………ふん」


気に食わない名前を出された。


腹いせに模造刀をガチンッ!と鞘に収めると、その様子を見たハインズ様が呆れ顔で笑って肩を竦める。


「………お手を」

「あぁすまないな。いてて………ちょっとは手加減してくれよなビアンカ。」

「手を抜いたら鍛錬になりません」

「それはそうだが………強すぎる相手ってのも鍛錬になるかどうか怪しいと思うぞ僕は」

「………ふん」


私に手を引かれて立ち上がったハインズ様のズボンは、あちこちが草だらけ。

それを甲斐甲斐しく払って差し上げると、ハインズ様はしゃがみ込む私の髪を優しく撫でてくださる。


「………。」


私が大好きな瞬間だけど、それを顔に出す勇気はまだない。

私がハインズ様付のメイドになる前、まだ小さかった頃にねだってから、今でもたまにハインズ様はこうして頭を撫でてくれる。


「しかし………アルフ君か………僕は直接見てないからなんとも言えないが………本当に君より強いのかい?」

「………恐らく、十中八九強いと思います」

「信じられんね………」

「私も驚きました。私が世界最強だと思っていたので」


そうかい、と言って笑うハインズ様は、私に巻き飛ばされた模造刀を拾って軽くそれを振るう。


「………。」


良い剣筋だ。

本当に、どんどん成長する。

さすがはあのゲームのメインキャラといったところだろうか。


「世界最強か………じゃあ、君が襲われたという白い仮面の敵も訳ないってことかい?」

「はい。最初に不意を打たれましたが戦局は不利ではありませんでした。あのままやっていたら勝ってましたよ。私が。」

「そうかい、それなら安心だ」

「………。」

「………何者なんだ?」

「分かりません。ですが、アルフさんもオズワルド家を通してほうぼうに手を伸ばしていらっしゃるそうです。」

「………誰を狙ったと思う?」

「ほぼ間違いなくエルザ様かと思われます」

「殺すつもりで………?」

「さぁ………?」

「………。」


模造刀をパチン………と収めたハインズ様は、何事か逡巡しながら顎に手を当てる。


「君ではなくてか?」

「………私ですか?何故?」

「何故って………君だってブルーローズ家のご息女だろ?自分の価値を理解してないのか?」

「私はただの一介のメイドで御座います」

「馬鹿なことを言うな。侯爵令嬢の君がメイドなんてやってることがそもそもおかしいんだ」

「親から勘当された身でもですか?」

「君がうちのヨアヒムの婚約を蹴ったのは過去の話だろ。あぁもう………この話はやめにしよう」

「………承知いたしました」

「とにかく、エルザ君が狙われる理由をはっきりさせないと始まらない」

「………。」

「彼女、なにか裏があるのか?」

「御座いません」

「………随分はっきり言い切るね?」

「調べましたから」

「そうかい」


………。


エルザ………ね。


本当になんだったのかしら、あの襲撃。


クルトになにか吹き込まれたエルザがフラフラと洞窟に向かったということは………やっぱりあの白仮面は聖クウェル教会の暗部の線が強いのだろうか。


でも、じゃあなんでクウェル教会なんかがエルザを狙うの?

あいつらがターゲットにするのはスカーレットのはずでしょ?


………。


まさか、あのバグキャラのせい?


あいつが何かしたせいで、クルトの行動に変化が起きてるんじゃないの?

あのバグキャラはそこら辺に繋がりそうな情報をエルザから聞き出せているだろうか………。

なんにせよ、今は不確かな情報をハインズ様に渡すわけにはいかない。

こんな訳の分からない状況で下手に動かれたら、何が起きたっておかしくは無い。


「さて、もう少し鍛錬に付き合ってくれるかい?」

「………いくらでも構いませんよ。休講日ですから」

「お手柔らかにね」

「嫌です」


苦笑するハインズ様を見てフンと鼻を鳴らすと、彼は肩をすくめてため息を漏らす。

何はともあれ今は、魔術大会でハインズ様が朝霧のロッドを手に入れられるように鍛え上げなければ。


「じゃあコインが落ちたらスタートにしよう」

「承知いたしました」


………。


二人きりで過ごせる時間も大切にしたいし。


………。


これって。


やっぱりデートって思ったらおかしいかしら。








◇ ◇ ◇






「ふぬぅぅぅぅッ!!」

「まだ遅いです」

「あぎゃっ!!」


学園の中に設置されている道場で鍛錬に励んでいるあれは……エルザ・クライアハートと………スカーレットお嬢さんのとこのアルフ・ルーベルトか。


「て、手加減してくださいよぉ……」

「エルザさんが本気でやってくれと言ったから、こうして実践しているだけですが」

「そこは…えっと……うまく調節していただくとかして」

「難しい事言いますね。本番で私と当たったらどうするんです?今のうちにやる気をだして対抗策の一つや二つ、用意していただかないと」


どういうことだ?

見渡してみても道場の中にスカーレット嬢の姿は見えない。

公爵令嬢付きの執事が主人の元を離れるだけでも珍しいのに、それに加えて平民階級の女の子と手合わせをしているなんて……訳が分からないな。


「やる気……やる気ですか……」

「ほら、さっさともう一戦やりましょう」

「………。」

「エルザさん?」


にしても……あれが我が国から派遣した魔術師を手玉に取ったというアルフ・ルーベルトの身体強化魔術か。

大分派手に恥をかかされたらしいが………。

マナに身体を委ねるなんて、よくそんな危なっかしいことが出来るもんだ。


「あの……ちょっと質問なんですけど」

「はい?」

「私がもっとやる気を出したら……アルフさんは喜んでくれたりします?」

「………はぁ……まぁ………そうかもしれませんね。何だかあまり集中できていないように見えますし。」

「そ、それはっ……その……あ、アルフさんと……二人っきりだし………」

「はい?」

「い、いえっ!!なんでもっ!!」


………手合わせしてみたいな。

瞬きする間に懐に潜り込んでくる相手は、魔術師にとってどれほどの脅威になるのだろう。

手合わせは無理だとしても、魔術大会で彼と対戦する機会は是非とも欲しい。そう考えるとスカーレット嬢との太いパイプが欲しいものだが………。


「あ、あのですね、アルフさん」

「はい?まだ何か?」

「た、例えばなんですけど………」

「はぁ」

「ご褒美とか…あると…やる気もっとでそうです………」

「………。」

「そんな顔しないでくださいよぉ!」


にしても………あのエルザっていう子とはどういう関係なんだろうな。

教室ではいつもスカーレット嬢に引き摺り回されているけど………平民の子がどうやってスカーレット嬢なんかとあんなに仲良くなるんだ?


「………分かりました」

「っ!?♡」

「今夜のデザートはエルザさんの大好きな窯焼きプリンに致します。しかもお代わりありで」

「やったぁ!!!♡………って、違いますッ!!」

「な、なんです大きな声出して………」

「そうじゃない!!そうじゃないんです!」

「………? 木苺のタルトとかどうです?」

「わぁっ…♡………じゃなくて!」


しかもさっきあの子が使ってたのって………神聖術か?

教会関係者なんだろうか?

どうもそんな感じには見えないが………。


「な、なんかこう………アルフさんから直接的な………ご褒美とか」

「………。金銭を………?」

「違いますよっ!!」

「何なんです………?」

「た、例えば………頭を撫でていただくとか………」

「頭を………」

「は、はい!もっと色々していただいても、か、構いませんよっ!」

「もっと色々………」

「ぎ、ギュッとかでも良いですし………ち、チュッとかでもっ!」

「ははぁ………なるほど………」

「わ、分かっていただけましたかっ………?」


………。

なんだ?

あの二人って恋仲なのか?

………。

どうしようか。

鍛錬場に一人で来たは良いものの、まさかエルザ・クライアハートとアルフ・ルーベルトが目の前でいちゃつき始めるとは思わなかった。


「では………頭を撫でましょう」

「ほ、本当ですかっ! あでもギュッとかでも………」

「………いえいえ、そういう訳にもいきませんので」

「そ、そうですか………?」


………。

今ここで鍛錬場に入っていくのも無粋だし。

かといって入口に佇んだままこの光景を眺めているのもおかしな話だ。


「………。」

「あ………………ぅ………………♡」

「………。」

「〜〜〜〜〜っ………♡」


………。

なんだろう。

なんか腹立つな。

何なんだこの甘ったるい空間は。

分かってるのか?

ここは鍛錬場であって君達の部屋じゃないんだぞ?

………。

………………。

今一瞬………。

アルフ・ルーベルトが僕の方を見なかったか?


「ッ!? ひゃぅっ………!!」

「………。」

「あ、アアアアルフさんッ!?」

「………。」


急にエルザ・クライアハートの肩に手を置き身体を引き寄せたアルフ・ルーベルトは、薄っすらと目を閉じてどこぞを見つめている。

………。

気のせいだったのだろうか。


「………。」

「〜〜〜〜〜〜っ………!」

「………。」

「あ………アルフ………さん………♡」


おずおずと伸ばされたエルザ・クライアハートの手が、アルフ・ルーベルトの背中に回っていき………


「………………………アルフさん……」

「………。」


キュッ………と彼の身体を抱きしめ、胸板に額を擦り付ける。


「う、うれしぃ…………あの…私…アルフさんの事が……」

「………。」


………。


やめだやめ。


何でこんなもの見せつけられなきゃいけないんだ。


今日の所は鍛錬は諦めてレポートの作成でもしよう。


「エルザさん………」

「は、は、………はぃ………」

「背中に蜂が」

「はち………蜂!?」

「あまり動かないでくださいね。今捕まえますので」

「ひ、ひぃぃ………わ、私蜂苦手でっ……!」


そう思って鍛錬場の入口から身を離し、通路の角を曲がろうとした時だった。





「ヴィシャス様」





自分を呼ぶ声に振り返ってみると。


そこには制服に身を包んだ美女が一人。


「………やぁ。クルト・パルフェブルさんだったかな?」

「あら、お名前を覚えて下さっていたのですか?光栄でございます。」


明るい茶色の髪を中分けにしたロングヘアーの彼女は、柔らかく微笑んでから胸の前で手を組み、優雅に膝を折って礼をする。


………教会式のカーテシーか。


なかなか堂に入っている。


「僕に何か用かい?」

「………先程鍛錬場の中を覗いていらっしゃいましたが…お帰りになってしまわれるのですか?」


………。


質問に質問を返すのは、単なる礼儀知らずか、隠し事をしたい奴のどちらかだ。

どちらにしろお近づきになりたい相手じゃない。


「まぁね。鍛錬場の中はどうやら貸し切りの予約が入っていたようだから」

「エルザさんと、アルフさんですね。随分仲が良いように見えました」

「………。」


とりとめのない会話だ。

別に他意は無いのか?


「あの二人は恋仲か何かなのかい?」

「さぁ……? 私もそこまでは存じ上げません。」

「神聖な鍛錬場で困ったもんだよ。後でスカーレット嬢には苦情の一つも入れてやらないといけないな」

「あら。無粋な事をされますのね」


しかし、物凄い美人だな。

クルト・パルフェブルについては殆ど何も知らないが……教会所属という事はやはり修道服にも身を包むのだろうか?

この色気で?

それは……何とはなしに見てみたくはある。


「ヴィシャス様は、あのお二方のどちらに興味がございますの?」

「………なんの話だい? 興味と言われると困るんだが……エルザ君はただのクラスメイトだし、アルフ君に至ってはスカーレット君の執事だよ?」

「………では質問を変えますが……どちらと戦ってみたいとお思いですか?」

「………。」


何なんだろうなこの子。

何が聞きたいのか判然としないが……。

しかしこれだけの美人を足蹴にして立ち去るというのも何となく気が引ける。

僕に興味があるとか?

………いやいや、まさかね。


「正直な話をいえばアルフ君だ。」

「身体強化魔術の使い手………ですね」

「あぁ、ましてや彼には我が国の魔術師たちが煮え湯を飲まされているからね。汚名返上のチャンスがあるなら是非ともそうしたいところだよ」

「なるほど」


そう言って頷くと、クルト・パルフェブルは微笑みを浮かべてフワリと僕への距離を詰めてくる。


「………?」

「ヴィシャス様、エルザさんの方はいかがですか?」

「エルザ君……ねぇ。先ほど少し見させてもらったが……可もなく不可もなくといったところかな?正直あの戦い方なら僕が負けるとは思わない」

「いえ、そういう事ではなく」

「?」


ピトッ……と身体が触れる程に接近してきたクルト・パルフェブルからは、甘い花の香りがする。


甘い甘い花の香。


………まるで………頭が………。


「可愛いと思いませんか………?」


「………エルザ………君が………?」


僕を見つめる彼女の瞳には………惹きつけられるような………赤い………赤い。


赤くて………。


綺麗な………。


光………。


「きっと………」


声が………。


甘く、輝いて………。



「彼女が奪えれば………完膚なきまでにアルフさんに勝利できると思うんです」


「アル………フ………君………に………勝つ………」


「そう………勝ちましょうヴィシャス様………きっと世の中の皆様も見直してくださいます。ヴィオレリアの若君は凄い男だと………あの国は落ち目などではなかったと………」


「………。」


「まずは精神を揺さぶりましょう? ただ勝つだけでは駄目なのですから……彼の弱みを最大限に利用して……。」


「………。」


「エルザさんを…ご自分のものにしてしまいましょう」


「………」


「慎重に………………ね?」









人物紹介

◆ ◆ ◆ ◆ ◆



ハインズ・ロッケンバウアー。(15)誕生日 7月12日

趣味:剣術訓練・魔術訓練・温泉巡り

金髪碧眼を持つさわやか青年。

セントウィリアム王国の王位第一継承権を持つ第1王子であり、スカーレット・オズワルドの婚約者でもある。


クルト・パルフェブル(15)誕生日 不明

趣味:執筆・読書

聖クウェル教会所属のシスター。

明るめの茶色い髪を中分けにしたロングヘアー。

柔らかい印象を与える微笑みをいつも浮かべ、神々しささえ感じる程の美貌を持つ。


ヴィシャス・ヴィオレリア(15)

趣味:魔術研究・魔術鍛錬・地質学研究

紫がかった青い髪の前髪を、片目にかけるほどに伸ばし、チェーン付きの眼鏡をかけている。

過去にアルフが煮え湯を飲ませたヴィオレリア魔導国の第1皇子。


ビアンカ・ブルーローズ(16)

趣味:ハインズ様の育成・ハインズ様の御世話・ハインズ様の好きな美味しい紅茶をいれる練習

薄紫色の長い髪を頭の後ろで飾り編みにしている。

鋭い目つきが特徴的な容姿はあまり表情が豊かではないが、内面は情熱的で直情的なところがある。

ブルーローズ辺境伯の次女。過去にヨアヒムという男性との婚約を蹴ってハインズの元へ逃げ込み、親から勘当されている。

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