第21話 勝敗って、戦う前から決まってるらしいよ?


魔術大会が実施される闘技場には、学園の講師陣の中から実に16名もの魔術師が参加して結界を構成している。


王国内でも指折りの魔術師達が構成する結界は特殊なもので、その中で戦う生徒達のダメージを変換してリンクする形代に集約させるものだ。


この形代の耐久力は事前に測定した各選手の魔力総量を元にして設定されており、肉体の耐久力については考慮されていない。

どういうことかというと、魔術大会においては魔術の素質と能力で勝敗を決めろよということ。


「ぐわぁぁぁああッ!!!!!!」


「あ、あ、兄貴ィィイイイイッ!!!!」

「兄貴頑張れッ!!まだやれるッまだやれるぞ兄貴ッ!!!」


ようするに、筋肉とかどうでもいいのである。





◇ ◇ ◇





アルフさんの動きはまるで流星みたいだった。


「〜〜〜〜〜〜っ………♡」


あの時と同じだ。

暗い洞窟の中、光り輝くマナを身に纏って私の前に躍り出てくれた時と全く一緒。

そう感じた瞬間、私の胸の奥がギュウッ………!て締め付けられるように痛んだ。


………身体中がアルフさんを求めてる。


必死に抑え込まないと、今すぐにでも身体が浮かび上がってアルフさんの元へ行ってしまいそう。


「おぉっとぉッ!!アルフ・ルーベルト試合開始のゴングと共に一気に攻勢に出たぁッ!!目にもとまらぬ速さで繰り出された右の拳は僅かにクリーンヒットせずッ!!あぁぁあっとしかしみなさん魔導板に映し出されている形代人形をご覧くださいッ!!バラック殿下の形代人形の右腕折れてますねこれッ!!!今ので!?掠っただけでしょッ!?なぁんて驚きもつかの間バラック殿下も反撃にでますッ!!みぎぃッ!!左ぃッ!!良い筋肉ぅっ!!おいおい全部躱すのかよその攻撃ぃッ!!!!アルフ・ルーベルトの形代人形に変化なぁぁぁあああしっ!!!バラック殿下も驚きの表情ッ!!」


私のこの胸の中にある感情が、澄み切っているものでも綺麗な物でもない事は分かってる。

不安と、嫉妬と、偶然に偶然が重なっただけの状況をかさに着た醜い優越感。

私はあの人に抱きしめて貰えたことがある。

私はあの人の頬にキスをしたことがある。

私はあの人の手料理を毎日食べている。

私はあの人のご主人様に気に入られている。


私はあの人にふさわしい人間じゃない。


でもそれが分かっていても、自分が浅ましくて卑しい人間だと分かっていても。

どうしても……

どうしてもどうしてもどうしても、


どうしても諦める気になれない。



好きになるという事がこんなに強烈な感情だなんて、好きになるまで分からなかった。


愛する人を思って夜が明けてしまうという事がどういう事なのか、本当に昇ってしまった朝日を見るまで分かっていなかった。


愛するあの人に、私の人生へ影響を与えて欲しい。

私の進む道を次々に変えていってしまって欲しい。

そんな思いが次々に私の事を突き動かし、今までの私が全部書き換わっていくようなこの感覚。



「あぁぁぁぁぁバラック選手にアルフ選手の蹴りがクリーンヒットぉッ!!!バラック選手ふっとんだぁぁぁぁ!!! 形代人形っ!? んごっ!!? 折れてる折れてるッ!! レフェリー見てあれッ!! もうダメージ十分じゃないッ!!?えまだなのっ!!? まじっ!!?失礼取り乱しましたッ!!! っさぁバラック選手、いったん距離を取りましたが、か~な~り~きつそうっ…!!形代人形へのダメージは選手のマナ残量に直接影響を与えますッ!!次の攻撃が最後の一手となるかぁッ!!?」




まるで、蛹から蝶へと羽化するような。




「バラック選手………まっすぐに突っ込んだァァァッ!!し、しかしっ………」




貴方が教えてくれる感覚の全てに、中毒になりそう。


 

「しかしっ……あ、アルフ選手、手で受け止めていますっ……!う、受け止められるもんなの? その身体強化魔術って……。アルフ選手の形代は……ダメージ、ほぼ見受けられません………っ!!」



欲しい。



「ば、バラック選手の形代は…これはもうっ……あ、アルフ選手、しかし、ここでまだ拳にマナを集めますっ………こ、これはっ…。 し、審判!?止めないのかっ!?審判ッ!!形代人形がダメージを背負いきれなくなったら本人にダメージがいくのよッ!?」




彼が欲しい。




「はぁ………。」

「………。」

「参った。………………降参だ」

「………ありがとうございました。」

「ったく……おぃ、どうなってんだよお前の術式は」

「バラック様のものと同じ身体強化術式ですが」

「冗談いうなっての………」



「んぉっ……て、停戦かな? 停戦だね? あ良かった両選手握手握手……………ふぅ………………さぁレフェリー、この試合の勝者の腕を取り、高々と空に上げてくれぇッ!!」




こんなに何かを欲しいと思ったことなんて、一度もない。



「この戦いの勝者はッ!!栄えある今年の大会初勝利の栄光を勝ち取ったのはっ………!!!」




そして、この先には二度と無いかもしれない。




「オズワルドの二輪薔薇の片輪ッ!!スカーレット様の専属執事ッッ!!!!アルフゥゥゥウウウウッ………ルゥウウウウウウウベルトォォオオオオオオオッッ!!!!!!!!」



「キャァァアアアッ!!」アルフ様ッアルフ様ッ!!アルフ様ァァアアアアッ!!!!!」

「アルフ様ステキィイイイイイッ!!凄いッ!!!凄いですわぁッ!!!!!」

「ァ、アルフッ!!ここだよぉアルフッッ!!うぐっ!!イ、イシドラたすけ………」

「だぁもうッ!!下行きましょ下ッ!!」

「し、下って関係者だけなんじゃ………?」

「オズワルド家を止められる大会関係者なんてどこにもいやしませんよぉッ!!!」


二度と無いかもしれないのなら、ここで全力を出さないでどうする。

踏み込まないで、後悔しないはずがない。

踏み込んでも、後悔する可能性のほうが高いっていうのに。



「キャァァアアアッ!!!!♡」

「アルフ様ぁっ♡♡♡こっち向いてぇッ♡♡」

「アルフ様ぁっ♡♡♡」



たがら私はその場で黄色い歓声を上げることもせずに、くるりと身体を翻して走り出す。


ゲートから続く薄暗い通路を帰ってくる彼に飛びついて抱きしめるために。

それが許される立場にいる自分に、隠しきれない優越感を感じながら。





◇ ◇ ◇






「スカーレット様ッ!!」

「エルザ。あんたもアルフに会いに来たの?」


闘技場の観客席から、関係者以外立入禁止の門を抜けた先。

スカーレット様からお借りしているオズワルド家の紋章が入ったネックレスを見せると、特に精査もされずに門を抜けることができた。

オズワルド家凄すぎ………とおもう一方で、警備がこんなんで大丈夫なのかなと不安にもなった。


「スカーレット様も?」

「当たり前でしょ。あいつは私の執事だし、私の代理出場なんだから。」

「なるほど、労をねぎらいに………」


と私が微笑んだ途端、スカーレット様は盛大に顔をしかめて腕を組んでみせた。


「はぁ?違うわよ。1回戦勝ったくらいで調子に乗るんじゃないわよって言いに来たのよ」

「な、なるほど………。」

「何その顔、なんか文句あるわけ?」


スカーレット様、お強い………。

なんかアルフさんが一回勝っただけで優勝したくらい舞い上がった自分が恥ずかしくなってきた………。


「ていうかね、相手が王子だからって手を抜きすぎよ。最初八百長でもしてるのかと思ったわ。次にあんな戦いを見せたら許さないわよ私は」

「あ、あれで手加減を?」

「当たり前でしょ。バラック殿下には悪いけど、身体強化魔術の次元が違いすぎるわ。普通にやったら最初の一撃だけで全部終わりよ。あれはアルフが戦いに見えるように調整しただけ」

「………………。」

「私が言ってんだから間違いないわよ。」

「………………。」


何だろ………。


なんか………。


色んなものに負けた気分になってきた。


「ぁ、帰ってきたわよ。」

「ッ!?」


スカーレット様の声に振り向くと、相変わらずのつーんとしたすまし顔でアルフさんが角を曲がってくるところだった。

その姿は魔術大会一回戦を終えたばかりだというのに汚れ一つ見当たらない。

やっぱりスカーレット様の言う通り、次元の違う戦闘だったんだろうか。

でも今はそんな事どうでも良い。

さっき見たアルフさんの身体強化魔術、本当に格好良かった。

あの時、私を窮地から救い出してくれた姿と被ってしまって、アルフさんへの気持ちが抑えきれなくなってる。

今はスカーレット様がいらっしゃるけど……駆け寄っていって抱き着くことを許して下さるだろうか。

………きっと許してくれる。

だから今は一秒でも早くアルフさんの元へッ!!



「アルフッ!」

「アルフッ!!!!!!♡」

「アルフさ………………………え?」



何かに違和感を感じて、慌てて横を向くと、私の目の前を金髪に青い髪の美少女が駆け抜けていく。


顔の輪郭、


鼻の高さ、


唇の艶やかさ、


スレンダーな体系、


透き通るような白い肌、


絹糸の様な金色の髪、


その全てがスカーレット様に瓜二つで、


ショートカットにした髪と、穏やかそうな瞳の雰囲気だけがスカーレット様と違う。


「アルフッ!!!!」

「え?あれ?ま、マーガレット様っ?」

「アルフ~~~っ………!!♡」

「おわっ!あ、危ないですよ飛んだらっ!」

「アルフっ………♡」


運動が苦手そうな庇護欲を掻き立てられる走り方も、躊躇なくアルフさんの胸元へ飛び込んでいく姿も、


「あ、会いたかった………会いたかったのアルフ………」

「は、はぁ……あの、到着は明日の予定では…?」


好意を一切隠そうとしないその表情も、声色も、甘えるような仕草も、



全てが、私とは次元が違う。



彼女を見た瞬間に、胸の中に一気に敗北感が広がった。



「アルフ……アルフの匂いがする…………」

「え………た、確かに今は汗臭いかもしれませんが……」

「臭くないよ、安心する……良い匂いだよ…?」

「さ、左様でございますか…」


そ、そういえばスカーレット様は?


そう思って慌てて私の横に立つスカーレット様の表情を窺うと、


「………………はぁ」


仕方ないわね、みたいな表情を浮かべて、ムスッと唇を尖らせているだけ。


………。


まずい。


噓でしょ。


こんなにまずい状況だとは夢にも思っていなかった。


「………あまり顔色が優れないようですが?」

「そ、そう……?そんなこと無いよ…。アルフに会えてうれしいから……」

「長旅の疲れが出ましたね? 付き添っているのは誰ですか? イシドラ?」

「う……そ、そう……イシドラ……」

「まぁたイシドラ……どうせ馬車の運転が荒かったんでしょう?」

「わ、私が飛ばす様に頼んだんだよっ………」

「夜は夜でおしゃべりばっかりしてそうですし……」

「私が話す様に頼んだんだよぅっ………!」


スカーレット様と同じ顔で、


スカーレット様と同じように長い時間を過ごしてきて、


スカーレット様と同じようにお互いの事をよく理解していて、


正真正銘本物のお嬢様で、


オズワルドの二輪薔薇の片輪で、


アルフさんの事が大好きで大好きで、その感情を隠そうともしない性格のすこぶる良さそうな美少女?


「具合悪いですね?」

「わ、悪くないよっ………」

「悪いですね」

「ぅ………っ………」

「行きましょう。」

「どこへっ!?」

「医務室です」

「っ!? やだやだやだっ! お姉様のお部屋行きたいのっ!!!」


マーガレット様が躊躇なく胸元へ飛び込んで行った時、アルフさんも彼女を抱きしめる事に一切の躊躇を見せなかった。

今もアルフさんの手はマーガレット様の肩に於かれ、マーガレット様は押し問答をしつつもアルフさんの手に自分の手をそっと重ね続けている。


「スカーレット様。 マーガレット様を連れて行きます。」

「………頼んだわ」

「お、お姉様っ!! ごきげんようっ!!」

「姉への挨拶を適当に済ませるんじゃないわよ。良いから大人しくアルフについていきなさい」

「エルザさん、応援に来てくださったんですか? すいません、また後程……」

「い、いえっ………」


バタバタしつつもアルフさんが茫然としている私に気を回してくれた時、


「………。」

「………。」


私とマーガレット様の視線がぶつかった。


「………ごきげんよう?」

「………こ、こんにちは」


アルフさんに連れ去られていくマーガレット様から掛けられた声は鈴が鳴るようなかわいらしい声で、


「~~~~~~~っ………」


大きな瞳は吸い込まれそうになる程綺麗で、


「………………はぁ」

「残念だったわねエルザ。お邪魔虫が入って」

「………。」


私を見つめる表情は、不思議そうな感情で溢れていた。


あなたは……『私の』アルフの何? って。


「………お邪魔虫は………私では?」

「あら、よく分かってんじゃない。 身の程を知った?」

「………………………………。」

「あの二人の前では私ですらお邪魔虫よ」


まずいってこんなの。



「………………はぁ。」



どうやって勝つの?





まさか―――――――





無理、とか言う?





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