欲望渦巻くセイルヘヴン

穢れに満ちた闘技場

第7話 冒険者ギルド

 冒険者ギルドには、いくつかの階層がある。

 一階ホールは、冒険者に依頼を斡旋する掲示板がずらりと並び、依頼報告や相談を引き受ける受付の職員が待機している。

 二階には冒険者の為に設置された図書館、南館には待合室や会議室などがある。三階より上は宿泊施設となっていて、冒険者ギルドに登録した冒険者であれば格安で泊まれる。


 二階の奥にある執務室にて、私と東堂は団長に報告する為に集っていた。


「辺境の村は壊滅か。生き残ったのは、若者二人だけ。魔物が討伐されているのがせめてもの救いか……」


 冒険者ギルドの団長レオンが眉間を指で叩きながら、ずり落ちた眼鏡を押し上げる。

 中性的な顔立ちに線の細さから、女性に間違われることの多い彼は、不思議な事に成果主義を掲げる冒険者ギルドにて圧倒的な支持率を獲得している。


「しかたない。冒険者養成学校に通っていた生徒を放り投げるわけにもいかないから、僕たちで面倒を見よう。申し訳ないけど、桜木さんと東堂さんに彼らの指導を任せる事になりそうだ」


 隣に立つ東堂は、無言を貫いていた。

 直前の会話を思い出す。


『これはお前が勝手に引き受けた面倒事だ。お前がどうにかしろ』


 その突き放すような物言いに頷いて、ひとまずはニクサラとウィズリーを宿屋で休ませている。

 村での出来事をかい摘んで説明し、


「村が壊滅した理由ですが、村人の誰かが『穢れの酒』を井戸に盛ったと考えられます。村近辺にそういう道具を購入できる場所は限られています。恐らくは、ここセイルヘヴンがもっとも可能性として高いでしょう」


 話題を逸らす。

 犯人ではなく、その手法へ。


「村にいる魔物は全て倒したのかい?」

「ほとんどがゾンビ、一体だけエルダーリッチとなっていました。全て討伐してあります」

「……ほお。駆け出しでゾンビとエルダーリッチを全て倒したのか」

「偶然と、仲間の尽力のおかげです」


 団長が気に掛けたのは、村に魔物が残っているのかという点だった。

 それに不自然さを抱きつつも、これ幸いとばかりに話を合わせる。


「魔族が紛れ込んだか、あるいは金と力欲しさにそういう品物に手を出した可能性もあるなあ……僕たちの方でも気にかけておくから、君たちも何か分かったら報告してくれ」


 部屋を退出する間際、私の肩を団長が掴む。


「桜木さん、君が色々と抱え込んでいるのは分かる。それでも、自分の下した決断に責任を持てるのは君だけだ。これだけは忘れないで」


 真っ直ぐな瞳で、団長が私を見つめる。


「悪夢人は、外的要因でない限り死なないとされる不老だ。君が思うよりも長く、永く生きる可能性だってある。彼女がどっちに転ぶかは、僕でもわからないが、君の影響は大きいだろうね」

「不老、ですか」

「ああ、僕の知り合いにも悪夢人がいた。彼は迷宮に挑んで帰らなかったが……それでも百年は青年の姿で過ごしていた」


 団長の言葉が、肩に重くのしかかる。

 過去に下した決断は、とっくに捨てることなんて出来なくなっていた。


「君も、彼女もまだ若い。これからたくさんの経験を積んでいくしかないさ。まあ、そう難しく考えないで。僕も出来る限りサポートするよ」


 ……きっと団長は、私が何を隠したのかを既に知っているのだろう。その上で、追求の手を止めて忠告をした。これが、この後にどう影響するかわからない。

 それでも、出来ることを重ねる事だけが、今の私に出来る事だ。


「あ、桜木さん!」


 私を出迎えたのは、冒険者ギルドで受付として働いている米田晴翔。

 生真面目な彼らしく、眼鏡に七三の前髪がよく似合う制服姿をしていた。


「桜木さん、おつかれさま。東堂さんにも報酬を渡しておいたよ。これが、桜木さんの取り分。装備の代金は引いておいたから、安心してね」

「ありがとう、米田さん」


 トレーに置かれた銀貨と銅貨を革の小袋に入れる。雑費を差し引いた、純粋な手取りだ。

 このうちから食費や宿代を考えないといけない。


 幸いにも、ここセイルヘヴンは冒険者に対して友好的な都市だ。宿泊施設は質が良く、冒険者が利用しやすいサービスが提供されている。


「それと、新しく二人を冒険者に迎え入れたんだね。四人になったから、受けられる依頼の幅が増えたよ。もし良ければ、闘技場で資金を稼いでから依頼を検討してみたらどうかな?」

「ああ、そういえば闘技場も冒険者の稼ぎ場だっけ」


 大都市には、さまざまな施設がある。

 舞台や観劇、コンサートホール。さらには、ローマ帝国のように、人々を熱狂させる闘技場もあるのだ。


 プロレスのように人同士、あるいは聖族同士が剣を交える事もあれば、熟達した冒険者たちが捕獲した魔物と戦う部門もある。

 観客は勝敗に賭け、その資金で冒険者ギルドや周辺施設は潤うというわけだ。


 多くの冒険者は、まず簡単な依頼で装備を整える資金を獲得し、情報を収集してから闘技場に出場して名声と更なる資金を獲得する。

 実力と評判のない冒険者に、誰も依頼しないからだ。


「パンフレットを配ってるから、ひとまずパーティーのみんなと話し合うといいよ」

「ありがとう、米田さん」


 米田は朗らかに笑ってパンフレットを差し出す。受け取ろうとした拍子に指先が触れてしまい、思わず驚いてしまった私に彼は軽い調子で謝った。


「あ、ごめん。びっくりさせちゃったね」

「いや、こっちこそ大袈裟に驚いちゃってごめん。……とにかく、パンフレットをありがとう。持ち帰って相談してみるよ」


 足早にその場を離れる私を、東堂がすれ違いざまに肩を掴んだ。


「おい、春香。お前の惚れた腫れたに首を突っ込むつもりはねえが、妊娠するような事だけは絶対に避けろよ。俺は役立たずと無能が殺したいほど嫌いだ」


 私は彼の手を振り解いた。


「やめてよ、人前でそんな話。それに、その話は前にも散々したし、もう済んだ話のはず。ちょっと異性と話しただけで、そういう勘繰りされるの嫌なんだけど」


 東堂は舌打ちだけを残して、冒険者ギルドの上階にある宿屋に引っ込んだ。

 その背中に向けて、私はこっそり中指を立てる。


 米田の事は嫌いではない。

 かといって、好きでもない。

 彼は冒険者ギルドの試験に優秀な成績を修め、上位五名だけの合格枠を勝ち取った。言い換えれば、私たちが命を賭して冒険者なんて職業をやっている遠因。

 彼の優秀さや頭脳を羨み、妬む気持ちはあっても、惚れることはない。


 それを東堂は知っている癖に、私の振る舞い一つで『惚れている』などと変な解釈をしたのだ。


 ……米田が私に向けているのは憐憫。

 自分よりも苦労している存在に優しくしていると、なんだか応援したくなったり、好きという感情に転がったりする。

 立場が対等だった時、つまり異世界に召喚される前、彼は私の陰口を盛んに言いふらしていた。


 惚れるなんて、ありえないのだ。

 そもそも、私のようなクズに惚れるのは、相当に目が節穴か思い込みの激しい奴だけ。それでも、私の過去を知れば掌返して嫌うだろう。


「……はあ、もう今日は寝よう」


 胸に込み上げたムカムカとする感情を無視して、私も上階に続く階段をあがった。

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清濁すべて併せ呑んで、奇跡を起こせ 変態ドラゴン @stomachache

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