第2話 ラビットレディ



 好みの女について語らせてほしい。


 幼稚園の年中さんの時だ。『うさぎみたいな女の子』に憧れていた。幼稚園児の思考では、うさぎ=可愛いなわけで、当時の私は『可愛い』の代わりに『うさぎみたいな子』と言われたかったのだ。

 こだわりもあった。白くて小さくて庇護欲を掻き立てられる、あの『可愛さ』が良かった。だから、『可愛い』ではなく、『うさぎみたいな』なのだ。



 

 大人からそのワードを引き出すために、私は必死だった。何をしたかというと、とにかく生の人参をボリボリ食べようとした。人参スティックを母に所望し、全く美味しいと思っていないのに『人参が大好き!』と法螺までふいて、大人達から生の人参を巻き上げていた。

 むしろ生の人参の独特な匂いは、好きじゃないくらいで、毎日食べるのは苦痛だった。親の目を盗んで、えずいた事もあった。そうまでして生の人参にこだわったのも、全ては『うさぎみたいな女の子』になる為だ。






「食べすぎちゃうよ? 本当に人参が好きね」





ボリボリ生人参生活が二週目に入った時、母がそう言った。私は遂にこの瞬間が来たか! と思い、意気揚々と返事をした。




「だって、人参が好きなんだもん!」




続く言葉は……




「そんなに好きだなんて……知らなかったなぁ」






うさぎの『う』の字も出なかった。



 幼稚園児の私は、完璧な下準備を丸一週間も続け、完璧なフリを母にしたにも関わらず『うさぎみたい』と言ってもらえなかった。あの時の口に残った生人参の味と匂いは、今は薄ぼんやりだ。ただ明確に覚えているのは、心の底から美味しくないと思った事。申し訳ないけれど。

 これだけ人参を食べても『うさぎ』というワードを引き出せない私は、『うさぎみたいな女の子』から相当遠い所にいるのだと幼いながらに悟り、生人参生活はこの日を境に辞めた。もしかしたら、これが人生初めての挫折かもしれない。



 月日は流れて、私の好みは『うさぎみたいな女の子』から女性らしさを誇れるような、セクシーで強そうでお茶目な表情をする、そんな女性になった。SISTARのヒョリンさんやMAMAMOOのファサさん。最近の子だとLE SSERAFIMのユンジンさん。痩せ型とか華奢より、ナイスバディで強そうなお姉さん達。(勿論彼女達も細い!)K-popのアイドルに詳しくない方には申し訳ない……。

 このように、私の好みや憧れは『うさぎみたいな女の子』から真逆のゴージャスお姉さんに変わっていったのだが、つい最近妹にこんな事を言われた。




「姉ちゃんは、アメリカとか海外アニメのデカいうさぎのキャラクターみたいな女が好きだよね」



!?




 思いがけない例えに驚いたけれど、なるほど。確かにデカいうさぎっぽいかも。キック力強そうな人多し。

 好きな姉さん達を思い浮かべていて、【僕のヒーローアカデミア】のうさぎのヒーローを思い出した。ちょっと雰囲気似てるかも……。


 つまり、私の好みはあまりズレていってはいないらしい。昔からずっと『うさぎみたいな女』を愛している。人間の嗜好って、そう易々と変わらないんだと思った。







おまけ!





 幼稚園の年中さんの頃、『うさぎみたい』って言われたかった話を12歳年の離れた弟にした事がある。



「必死に生の人参を食べたんだよ」

「へぇー」

「でも、うさぎみたいって一向に言って貰えなくて、悔しくなって辞めちゃった」

「だろうねぇ」

「……え? なに? 感じ悪くない?」

「そういう意味じゃなくてね、俺が今、話を聞いてて『人参食べる=馬っぽいな』て思っちゃったもん」




「『うさぎ』っていうか『馬』だよ、それ」

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