番外 冒険者ユーキ・ハルカワについて

えぇっと…、教会の懺悔室というのは、初めて利用します。

…あ、あの、もう、話していいんですか…?

は、はい。わかりました。…では、聞いてください。


私の名前はニィナ・アイベリカ。

冒険者になったばかり、孤児院を出たばかり、成人したばかり、命を助けられてばかりの「ばかり尽くし」の女です。

もちろん、名簿に登録してすぐなので、冒険者としてのランクは最低の五級。

ダンジョン探索に必要な知識も、どちらかと言うと知らないことの方が多いのが現状。

そして、肝心の実力もパッとしないという、どこにでもいる、普通の新人です。


私のような新人は、将来性を加味してパーティに誘われます。

期待できるような将来性のない人間であれば、誰もが持つ篩にかけられてしまうのは当然のことで。

こなした仕事は薬草の採取、弱い害獣の退治、畑の収穫のお手伝いだけ。

よく言えば、縁の下の力持ち。悪く言えば、雑用しかできない冒険者。それが私です。


そんな私にも、つい最近、パーティメンバーが出来ました。

…パーティとは言っても、その人と私の2人きり。ペアと言った方がいい状況ですが。


「ニィナのご飯、めっちゃ美味しい!

私、料理下手だから助かるなぁ」


名前は「ユーキ・ハルカワ」さん。

本人曰く、異世界からやってきた、私より二つ年上の女性です。

私もよくわかっていません。

「異世界から人が来る」という現象は歴史上で確認されてはいますが、私も実際のケースを見るのは初めてです。


彼女との出会いは、豊穣と水を司る龍…四神龍が1人…「ルサーク・レーセイン」様直々に呼び出しを喰らったことから始まりました。


普通なら、私のようなどこにでもいる木端の冒険者は、一生のうちにお目にかかるどころか、言葉を交わすことさえない、超が付くほどのお偉い様です。

そんなやんごとないお方から、直々に呼び出しを喰らった私は、ガッチガチに緊張しておりました。

「震えすぎて、顔が変形していた」と後で聞き及ぶほどには。

私はどんな震え方をしていたのでしょうか。


「すまんが、コイツの面倒を見てくれんかの?謝礼は弾むぞ?」

「よ、よろしくです」


今思えば、面倒臭いネタを体よく押し付けられたような気がします。

何はともあれ、私は初めてペアを組むことになった彼女に、冒険者としての知識やこの世界の常識、歴史について伝えました。

特に聞いてきたのは、異世界の話と、魔法の話。

唐突にこの世界にやってきて、不安なことも多いでしょう。

それなのに、彼女は嫌な顔ひとつせず、冒険者としての業務をこなし、その傍で魔法の開発に励んでいました。


「……フレアブルを、たった1分で…!?」

「うげぇっ…。やっぱ剣で斬るとグロいね」

「それは…、あの、当たり前…なのでは…?」


そんな彼女の実力ですが、私が100人いても敵わない程の実力をお持ちでした。

剣の扱いは素人同然でしたが、それを身体能力で補っておりました。

なんでも、「ブドー」という流派を収めるお家柄の娘であったらしく、昔から厳しい修行を受けていたのだとか。

でも、それが嫌味にならないほどに、彼女はまっすぐな性格をしておりました。

些細なことをしていても、「ありがとう」と笑みを浮かべ、礼を言ってくれますし、私が足を引っ張っても、「大丈夫?」と手を差し伸べてくれます。

面倒ごとを押し付けられた、という考えは、すっかり私の頭から抜けていました。


彼女と組んで1週間が経つ頃には、私は彼女に恋心を抱いていました。

女同士、ということはわかっています。

ただでさえ、半魔族という異端な生まれ。

異常に異常を重ねるのがどれほど危険かは理解しております。

それでも、私は彼女のことを想っておりました。


「……その、ユーキさんは、想い人はいらっしゃるのですか?」

「いるよ。大好きな人。元の世界に」

「………………ぇ…?」


その初恋は、無惨に砕け散るわけですが。

なんでも、世界を隔てた向こうに、最愛の人がいるのだとか。

接吻も初夜もまだですが、深く、深く愛しているとお聞きした時、世界が崩れたような気がしました。

これが、私の人生で初めての失恋でした。

普段はキリッとした顔つきの彼女が、乙女のように表情を緩ませる様を見て、私ではこの顔を引き出せないと悟りました。


でも。横恋慕し、奪い去るということも、やろうと思えば出来ます。

私はそのつもりで、彼女の寝込みを襲おうと画策してしまいました。


「……あーあ。歌織に会いたいなぁ」


扉越しに、その言葉が聞こえるまでは。

途端に、自分がどれだけ恥ずべきことをしようとしていたのか、一気に罪悪感が芽生えてきたのです。

結局。私はこの醜い恋心に蓋をして、彼女と旅を続けることを選びました。


…以上です。こんな私に、彼女の隣にいる資格はあるのでしょうか。

………そう、でしょうか。…ありがとうございました。

少し、気分が晴れたような気がします。


♦︎♦︎♦︎♦︎


私はルサーク・レーセイン。

水と農業の国「デイナス神聖国」を治める、豊穣と水を司る龍である。

…まあ、治めるとは言っても、政は人に丸投げで、そこに佇んでいるだけだが。

人の世を解せぬ私に、人の住まう国を収めることはできない。

そう思った私は、象徴だけの存在となり、国の水や田畑の質を管理するようになった。

そんな私にも、大っぴらにできない夢が一つだけある。


他人のラブストーリーを出歯亀することである。


キッカケは、開国の際に女王として祭り上げた人間が持ってきた恋愛小説。

戦争の中でのボーイミーツガール。

そんなありきたりなストーリーは、穏やかでいて、しかし退屈な日常を過ごしていた私には、劇薬も同然だった。

こんな恋がしてみたい、とは思わなかった。

ただ、燃えるような恋をしている人間が見たい。そう思った。


もちろん、「誰かの恋を横から見たい」などと言った阿呆極まりない相談を、国民にできるような立場ではない。

国民の営みを横から見てニタニタするような真似もできない。

そんなもどかしい思いを抱えて数千年。

いよいよ諦めかけた、その時。

私に代々仕えている家柄の娘が、1人の異世界人を連れてやってきた。


「ルサーク様。新たに出現した異世界人をお連れしました」

「……桜川 勇希…、じゃなくて、ユーキ・ハルカワです」


その異世界人の表情は、完全に死んでいた。

アンデッドの方がまだ生気がある。

そう思わせるほどに窶れていた彼女に、私は心配を向けた。

私は人のことを解せぬ龍。

だからと言って、あからさまに生気のない顔を浮かべるうら若き少女を心配しないほど、心を捨てたつもりはない。


私は彼女を連れてきた護衛のものを外し、彼女の話を聞くことにした。

曰く、若くして死したこと。

曰く、異世界に最愛の人がいること。

曰く、愛する彼に触れられない現状が受け入れられずにいること。

それを聞いた私は、不謹慎ではあるが、一種の興奮を覚えていた。


世界を超えた愛。

まっすぐなようでいて、どろどろとした、重く、心地の良さそうな恋。

こんなにも興味が唆られる恋愛があるものか。

私は自身の欲望のために、彼女に協力することを選んだ。


『ごめんね。私、異世界転生しちゃった』


その結果が、世界を超えて通話する魔法。

アレはユーキのみの力で実現できた訳ではない。

私が遠隔会話用の魔法に少し細工して、通信範囲を異世界にまで広げたのである。


『これは…、その。歌織と話すために頑張ったに決まってるじゃん。

私、歌織が絡まないとそんなに頑張れないよ。知識もないし』

『……そ、そっか。

…愛されてるんだなぁ、僕』

『愛されてる分、しっかり私のこと愛してよ。歌織』

『もちろんだけど…、触れられないのが残念だなぁ』

『私も。ファーストキスもまだだしさぁ』

「………むふふっ」


ただちょっと、魔法の都合上、その会話を聞いてしまうことにはなるが…。

仕方のないことだな!うん!

今日も今日とて、夜が楽しみだ!

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異世界転生した彼女が、魔法で電話をかけてきた。 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo

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