3通目 異世界あるあるは本当なのかについて 2日目

『よっ。元気になってきたね』

「おかげさまで」


今日も夜がやってきた。

昨日はこちらが聞いてばかりだったから、今日は僕から話題を振らないと。

そんなことを思いつつ、僕はゲーム機を携帯機モードへと持ち替え、画面を水鏡の前に突き出した。


「今日、アプデ情報来たよ。

キャラ追加だってさ」

『は!?あ、うわーっ…!やばっ、めちゃくちゃそっち帰りたくなった!』


このゲームは、勇希がプレイしていた、いわゆる対戦ゲームである。

僕はあまり触らなかったが、遺品整理の際、ゲーム機ごと譲り受けたのだ。

が。彼女からすれば、それはまごうことなく自分のゲーム機なわけで。

勇希はもどかしさに悶えながら、僕に詰め寄った。


『いつリリースなんの!?』

「明日の朝10時だって」

『ぐわぁあーーー…っ!

くぅうう…!どんなアプデ!?』

「過去作の人気キャラと、新キャラ二体の追加コンテンツみたいだね。

新ルールのマッチも新しくやるみたい」

『あ゛ぁぁあーーーっ…!!

何それ超やりてぇええーーー…っ!!

詳細がなんもわからない分、めっちゃ気になるぅうう…!』

「早く帰ってきなよ。アプデ来ちゃうよ」

『帰れたら帰ってるって!

アンタと話したくて、こんな魔法作るくらいなんだし!』


それはそう。

おかげで、僕の家庭内での扱いは、腫れ物みたいになってしまった。

いや、仕方のないことなんだけど。

夜な夜な、1人で幻覚の中の勇希と楽しそうに喋ってるみたいな認識されてるし。

…僕でも逆の立場だったらそう思うしなぁ。

そんなことを思いつつ、僕は話を続けた。


「あと、新作ソフトのラインナップ更新が明後日に入るってさ」

『ぐむむむ…っ!絶対、今年中にそっちに帰ってやるぅう…!!』

「…異世界のサブカル、そんなに発展してないの?」

『んー…。してはいるけど、なんか肌に合わないジャンルが盛んなんだよねー。

ゲーム機もまだ世に出てないっぽいし』

「テンプレートにゲーム作ってみる?」

『無理無理、ぜーったい無理。

私にそんな細かいことわかると思う?』

「この魔法使えてるんだから、割といけるんじゃない?」


世界を超えて、リアルタイムで通話できる魔法だし、かなり複雑そうに思えるが。

僕がそんな疑問を向けると、彼女は恥ずかしそうに顔を逸らした。


『これは…、その。歌織と話すために頑張ったに決まってるじゃん。

私、歌織が絡まないとそんなに頑張れないよ。知識もないし』

「……そ、そっか。

…愛されてるんだなぁ、僕」

『愛されてる分、しっかり私のこと愛してよ。歌織』

「もちろんだけど…、触れられないのが残念だなぁ」

『私も。ファーストキスもまだだしさぁ』


付き合って半年経つのに、関係性の進展が牛歩過ぎる気がする。

今や、そこらの中学生ですら、初体験を済ませているような世の中だというのに。

そんなことを思っていると、彼女が「そうそう」と思い出したように口を開いた。


『思い出した。今朝、なんかキザったらしい奴にナンパされたんだよね。

ギャルゲーの導入みたくさ』

「どうせ断ったんでしょ?」

『うん。「冒険者としての知識もあるし、一緒にどう」って聞かれたんだけど…。

舐め回すように見るって表現あるじゃん?

アレ、誇張でもなんでもなく、マジで体をねぶるように見てくんの!

だから「彼氏がいるので間に合ってます」ってフッといた。

諦め悪くて、「一緒に行動するだけじゃん」ってめっちゃ粘られたけど』

「……手ぇ出してない?」

『出してない出してない。

威嚇とかもしてないよ。ただ、「タイプじゃないです」ってバッサリ言っただけ』


大丈夫だろうか?報復とかされないか?

僕が心配を表に出すように眉を顰めると、彼女は苦笑を浮かべた。


『予想通り、ダンジョン攻略に出た私らの後を尾けてきて、強行手段に出たんだよねー。

なんかお偉〜い家柄の息子で、常習犯だったらしくてさ。

取り巻きと一緒に囲んできて、「逆らったらどうなるかわかるよな」的な脅ししてきたんだよね』

「どうなったの?」

『ダンジョンの無許可探索って理由で、追いかけてきた守衛さんがボッコボコにしてふんじばってた。

お偉いさんの跡取りだから、自由に出入りできないからって、無許可はねぇ…』

「……勇希が倒したとかじゃないんだ…」

『禁錮刑とか視野に入るレベルの超重罪らしいよー?無許可でのダンジョン探索。

私が持ってる剣みたく、どのダンジョンにもやばい武器が眠ってるから、その把握も兼ねて、出入りの時はきちんと手続きしないとダメなんだって』


きっちりと管理されているんだな。

僕の中では、命の危機を無視すれば、誰でも自由に入れるようなイメージが付いてた。

…考えてみれば当たり前のことか。

おとぎ話でしか聞かないレベルの性能を誇る、トンデモ武器とかも眠ってるって話だし。

勝手にそんなものを持ち出されたら、たまったもんじゃないな。

銃刀法違反と似たような感覚なのかも。

僕がそんな考察を繰り広げていると、勇希はふと、思い出したように声を上げた。


『あ!こっちの冒険者のこととか、あんまり詳しいこと話してなかったっけ!?』

「聞いてないね」

『あー…っ!忘れてたぁー…!』


言って、「ちょっと待ってて!」とポーチの中を漁り始める彼女。

よくよく見ると、ポーチの中は異空間のようになっているらしい。

ファンタジーのあるあるはほぼほぼ踏襲してるのだな、と思っていると、彼女は「お待たせ!」と視線を僕の方に戻した。


『こっちの冒険者は…、まあ、ざっくり言えば「世界の公務員」って感じ。

国からの依頼や市民の依頼を受けて、踏破記録のないダンジョンの探索、地図制作とか、行方不明者の捜索、人工的な栽培や養殖が成功していないアイテムの採取、ダンジョンから出てきた魔物を駆除するのが主な仕事なんだって。

冒険者証明書を持ってると、国境の検問とかが楽に通れるんだよー。

まあ、まだ最初に居た国を出てないんだけどね…って、何その顔?』


おかしい。勇希の口から、こんなそこそこの偏差値を感じる説明が出るわけがない。

驚愕を露わにする僕の様子を疑問に思ったのだろう、彼女が訝しげな表情を見せる。

隠し事をしても看破されるのは目に見えてるため、僕は繕わずに口を開いた。


「………なんというか、勇希の偏差値に似合わない説明が出てきて驚いてる」

『失礼な!!証明書の説明見ながら言ってるだけだよ!!』

「あー、よかった。僕の知ってる勇希だ」

『私のことバカって思ってる!?!?』

「僕が見なかったら赤点量産機じゃないか」

『………そ、そうだけど…』


典型的な「スポーツだけはめちゃくちゃできる子」だしな。

珍回答を連発したそのおつむで、異世界に迷惑をかけていないかも心配だ。

そんなことを思っていると。

彼女の背後から、童女のような、舌足らずな声が聞こえた。


『ユーキさーん!ご飯ですよー!』

『はーい!今行くー!

じゃ、また明日ね!』

「うん。また明日」


昨日と同じく、魔法が消える。

僕は余韻に浸る中、ベッドに腰掛け、ため息を吐いた。


「…あー…。早く会いたい…」

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