第13話 旅行の終わり すれ違いも終わり

 旅行の日程は一泊二日である。

 かなり豪華客船の一級客室に泊まって、テーマパークに行ってとかなり楽しんだ。

 あとやることといえば、お土産を買うぐらいである。

 というわけで俺たちは新宿駅に来ていた。

 

「えーと、研究所の皆には、これでいいか」

「そうか、真鈴は俺と違ってキッチリ研究所に勤めているんだっけ」

「そうだね。基本的に放課後は研究所で仕事していることが多いかな」

 

 あれ、じゃあ……。


「もしかして、俺のお誘いって仕事の邪魔だった?」

「とんでもない! むしろ研究所のみんなも大歓迎さ! 『娘同然の子が、ようやく年相応の遊びをするようになった』ってね」

「そうか。それならいいんだけど……」

「高校に通うのを薦めたのも、研究所の彼らさ。『少しは年齢相応の青春を送ってほしい』らしいからね」

「……いい人たちだな」


 真鈴も、両親がいない。

 そんな彼女にとって研究所の彼らは家族同然といったところか。

 これは親友として、近々挨拶に向かわねばならないだろう。などと言うと少女は少しだけ、ほんの少しだけ眉をひそめた。


「親友として、かい?」

「他に何があるんだ?」

「……何でもない」


 そういったきり少女は黙りこくってしまった。

 怒らせてしまったのだろうか。何故? どんな理由で?

 俺には分からない。いいや、きっと――。


「お土産はお菓子でいいかな?」

「かさばらないし、食えば消えるからな。あとこれが一番大事だけど、美味しいからな。それでいいだろう」

「食えば消えるって、ドライな物の見方だね」

「でも重要じゃないか? 食べ物以外をもらっても、相手のスペースを侵食してしまうだけだろう。なら食えばそれでおしまいのお菓子とかのほうがいい」


 自分へのお土産として消えない物――食器とか――を思い出として買うのはありだと思うが、人に贈るものがそれでは反応に困るだろう。

 という話をすると、真鈴はこういった。


「私たちの御土産は何にする?」

「ペアのマグカップとかどうだ?」

「ペアのマグカップ!?」


 それってカップルとかが購入する奴だよね! と、珍しく声を荒げる少女に、俺も遅れて気付いて頬が赤くなる。

 

「い、いや、そういうわけじゃなくてだな。せっかく初めてできた親友と旅行に来れたわけだし、その親友との思い出を大事にしたいんだ」

「! え、私が初めての親友なのかい?」

「というか友達としても初めてだな」

「それは……、知らなかった……」


 少女は愕然としていた。

 何かそんなに驚くべきことがあったのだろうか。


「じゃああの時私に友達になろうって言ったのは……」

「メチャクチャ緊張したぜ。あんな風に友達になろうと言ったのは、生まれて初めてだったから」

「そうなんだ……」


 少女は驚愕に顔を染めていた。

 そこまで驚くべきことだったのだろうか。


「勇気を、振り絞ってくれたんだね」

「ああ。一生分の勇気を使ったかもしれないぐらいに」

「だからこんなに意気地なしなんだね」

「それはちょっとわからないな」

「まあ、いいや。今はいい。私も少し焦りすぎていたみたいだよ」


 何を焦っていたのだろうか。

 俺には分からない。クッソ、こういう時子供のころから普通に友達がいた人だったら解ったりするのだろうか。

 それは少し悔しい。

 いくら世間では天才だともてはやされている人間だろうと、全く経験のない分野では素人同然なのだ。

 ソレは対人関係でも同様だった。


「それにしても『初めての親友』か。非常に良い響きだね」

「そして多分『生涯の親友』でもあると思うんだ」

「……それは少し嫌、というかメチャクチャ嫌だな」

「ええ!? なにゆえ!?」


 分からん。真鈴の内心が分からん。というか人の心が分からん。


「し、親友でいたくないってこと?」

「そういうわけじゃないよ。これからもずっと仲良くいて欲しい。けどソレだけじゃ物足りない」

「……物足りない?」


 鈍い鈍い俺でも、とある考え――妄想というべきもの――が鎌首をもたげてきた。

 もしかして真鈴は、俺のことが。

 いやいや、ないない。ないない。


「まだわからないだろう? 今の君には」

「ああ。一応考えはあるけど、それはあり得ないしな」

「ふうん。考えはあるんだ」


 真鈴は何かを考えこむように、白魚のような指先を顎に当てる。

 そして花咲くような笑顔を浮かべた。


「いつか君の口から、その考えを言わせてみせるよ」

「え”」

「覚悟しておいてね」

「お、おう」


 決定的な言葉が解き放たれた気がする。

 今まで二人の間に存在していた、すれ違いのようなモノが埋まる。そんな言葉が。

 そしてその言葉に俺は。

 どうしようもない、胸の高鳴りを覚えてしまったのだ。

 


 □



 あるいは、この胸の高鳴りに従っておけば、別の未来もあったかもしれない。けどそれはまさしく、『後悔は先に立たない』というべきだろう。



 □



 彼は友達がたくさんいると思っていた。

 何でもできて、何でも知っていて。怖いものなんかなんにもなくて。私以上の頭脳を持っている、まさに超能力者めいた超人だと。

 けどそうではなかった。彼は鈍い。

 私が猛アプローチをかけても、まるで素知らぬ顔で受け流す。


 二人きりで旅行なんて、高校生では恋人同士でもそう簡単にはしないことをしても、顔を赤らめる様子すらない。

 スカイツリーで手を握っても平然と握り返してくる(これはその悔しさと同じぐらい嬉しかったが)。

 カップル専用ジュースを一緒に飲んだ時なんかは、かなり恥ずかしそうでしてやったりと思ったが。


 あの豪華客船は、本来は私たちの貸し切りだったのだ。しかしカモフラージュのために普通のお客さんもいれて、誤魔化した。

 貸し切りによって私が特権を行使したのはたっで一度。

 メダルカジノでのイカサマだ。

 彼は想像もしてなかっただろう。同じ部屋に泊まらせるためだけに、豪華客船を一つ貸し切るなど。

 

 そして思惑通り私と彼は同じ部屋に泊まった。

 ここまでは順調だった。

 問題は、個人的には必殺技なんじゃないか、と思うぐらい勇気を振り絞った人間抱き枕攻撃。

 彼はソレを強靭極まる理性で受け流してしまった。

 一体どういうことなのだろうか。

 私に女としての魅力がないのだろうか? そんなはずはない。これでもかなりの回数告白されたことがある。

 魅力がないということはないはずだ。

 

 敵――もはや私には彼が難攻不落の要塞に見えていた――ながら天晴れだ。

 その後のアプローチもほとんど意味をなさない時点で、私はありのままに言えば拗ねていた。

 けれど違った。

 

 彼は私と同じ、人と関わることが不慣れな少年に過ぎないのだ。

 親友と言うか友人は私が初めて。

 これには驚いた。彼は人当たりがとてもいいから、もっと友人が多いのかと思っていた。下手したら恋人がいる可能性すら視野に入れていた(怖くて今まで聞けなかったし、二人きりの旅行に承諾した時点でその可能性は低いと考えていたが)。

 でも彼にとって、私という親友はきっと私の思っている以上に大切なポジションなのだろう。

 

 だから慎重にならざるを得ない。

 きっと彼も怖いのだ。

 私が決定的な一言がどうしても言えないのと同じように、この心地よい関係が崩れ去ってしまうのが。

 だから私の猛アプローチもサクッと受け流せてしまうのだろう。決して私が女として見られていないわけではない。


 なら私も、焦らずに行くべきだ。

 彼と歩調を合わせて。ゆっくりとゆっくりと外堀を埋めていけばいい。

 大丈夫。私と彼は心の奥底で深く深くつながっている。

 だからきっと、どれだけ時間をかけてもいいはずだ。

 私はそう考えて、上機嫌に旅行を終えた。

 


 □



 




――――


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