茹でた雌鶏や雌豚の胸肉とお風呂に入っている女の子の胸肉も全然違う(3/3)

「あの、その、なんだ……唯。すまなかった……」


「よくあれだけ僕の身体を弄んでおいてそんな事を口に出来ますねお嬢様は」


「返す言葉もない」


 あの後散々お嬢様に身体を触られ続けられた僕は泣きそうになる想いでそんな事を口にして、やはり寮にしてはかなり大きい脱衣所で寝着に着替えていた。 


 もちろん、僕の後ろからお嬢様が衣服を着替える際の衣擦れの音も聞こえてくる状況から説明しなくてもいいかもだけど、僕は彼女と同じ空間で同じタイミングで衣服を着用していた訳である。


 ……とはいえ、これが明日の僕が女性更衣室でやらねばいけない事なのだから、こんな事でいちいち動揺してしまえば僕の女装事情だなんてきっと簡単に他者に看破されるに違いない。


 だから、僕は頭の中で何も考えないように努力して――具体的には明日の朝ご飯と昼ご飯に晩ご飯は何を作ろうかで思考をいっぱいいっぱいにしながら――全裸もしくは半裸状態のお嬢様と同じ部屋にいた。


「とはいえ、君が私の着替えを見てくれないと明日の練習にはならないんじゃないのか。いいのか、本当に見なくて」


「どうせ明日には見てしまうんでしょうから、今見ても明日見てもどうせ同じですよ」


「驚いたな、女性の裸を見る気満々じゃないかこの変質者」


「今更すぎませんかね。というか、それ、お嬢様が言える事なんですか」


「ほぅ、それはどういう意味だ? まさか君は私が変質者とでも……あー、まぁ、うん……少々変質的だったという自覚はあるが」


「驚きましたね、自覚があったんですねこの変質者」


 お互いに身体を見ないようにそんな軽口を叩きあいながら、僕はどんどん着替えを終えていっていると、どうやら後ろにいるのであろうお嬢様が僕よりも早く着替えが終わったようであるらしく、そそくさと洗面所まで歩いていったと思うと近くに置いてあったドライヤーを取り出しては、椅子に座って自分の髪を乾かし始めていた。


 思わずドライヤーの稼働音の所為でついつい視線を向けてしまったが、熱い風でなびくお嬢様の金髪はとても美しく、絵になるとはまさにこういう事を言うのだなと再認識した。


「どうしたんだ、そんなにじろじろと私なんかを見て。全く君が見るべきだったのは今の私ではなく裸の姿の私だっただろうに」


 僕の視線に肌で勘づいたのか、あるいは洗面所に取り付けられている鏡を用いて後ろにいる僕に気づいたのか、原因はどちらによるものかは全く分からなかったけれども、それでも彼女は僕に向けて声を掛けてくれた。


 まるで……いや本当に、彼女は僕と言う異性にして異物がいるというのに、決して邪険にはしなかった。


「お綺麗だったので、ついつい見とれていました」


「そうか。お世辞として受け取っておくよ」


「僕がお世辞を言うような人間に思えますか?」


「そう口にする君はとんでもないほどの噓つきじゃあないか。現に女学園やら女子寮に入っているのはどこの誰だ? ん? これで嘘をついていないだなんて、私だったら口が裂けても言えないが」


「お言葉ですがお嬢様、嘘と方便は全く違います」


「ふん、あぁ言えばこう言うな、君は。どんどんあの下冷泉霧香に似てきたじゃないか。お願いだからあの変態に影響されないでくれ、本当に私の胃が痛くなる」


「ふ」


「全く似てないな君のモノマネ」


 僕の渾身のモノマネを披露したものの、お嬢様のウケは余りによろしくなくて、本当に面白くないと言わんばかりにばっさりと言われてしまったので僕はほんの少しだけ傷ついたが……冷静になって考えてみれば先ほどのモノマネのどこが面白かったのだろうかと自分でも思ってしまった。


 よくあるよね、こういう勢いでやってしまうような後悔。


 余りにも恥ずかしかったので僕は話題を変えるべく、下冷泉霧香についての話を振る事にした。


「それはそれとしてお嬢様が思っていらっしゃる以上に下冷泉先輩はかなり常識をお持ちですよ? 僕たちの前では使わないだけで」


「急に話題を変えるな君は。とはいえ、君の言う事はあながち間違いではない。ヤツは常識の使いどころが分かっている。要は空気の読める変態というヤツだ。それ故にとても対処が難しい相手だとも」


「ですよね。空気も読めるし、何だかんだで察しも良いしで、おかげ様で僕たちは散々な目に遭ってしまいましたからね」


「1週間前の話だというのにまるで1年分ぐらいの密度だったよ、あの時は。本当にあの晩餐会は生きた心地がしなかった」


「あはは、それは僕もですよ」


 1週間前に下冷泉霧香がこの女子寮に入ると宣言した後、その彼女が孤児施設にいた時の幼馴染であるだなんていう衝撃的な過去を知ってしまった僕たちは何とかして彼女を騙そうと策略を練った。


 策略と聞くと大層なモノに聞こえるかもしれないけれど、結局のところは下冷泉霧香の思い出の料理であるティラミスを食べさせただけなのだが……それだけでも僕たちは騙し終えた後にとんでもないほどに疲労した事だけは覚えている。


「もし、アレで下冷泉先輩を騙せていなかったらどうします?」


「いや、それはあり得ないだろう。いくら下冷泉霧香とは言えどもヤツは女性だ。君の事情を知れば多少なりとも嫌悪感を出すに決まっているだろう」


「それもそうですね」


 一応、ここは誰かが侵入できないように鍵が掛けられいる空間であるとはいえ、下冷泉霧香という危険人物が生息する女子寮という場所が場所である為か、茉奈お嬢様は僕の事を男性であると不用意に口にする事はなかった。


 そして、茉奈お嬢様が口にした事は……女子が男子の目に晒されたくないであろう秘密を思いのままに曝け出す空間であるこの女子寮に男性がいれば、普通の女子であれば誰しもが嫌悪感を持つという当たり前の常識であった。


 ――だから、僕はそれについてお嬢様に質問をしようと思った。


「お嬢様、1つだけ質問をしても宜しいでしょうか」


「何だ?」


「お嬢様は、僕がここにいていいと本当に思っていらっしゃるんですか」


「は? いいに決まっているだろう」


 即答だった。

 前々からそう質問されるに違いないと予想でもしていて対策を立てていたのかと思うぐらい、全くと言っていいぐらいに言い淀みがなく、言葉に詰まるような様子を晒さない彼女の言葉を耳にして、僕は怯まざるを得なかった。


「すまない。少しだけ言葉を訂正させてくれ。いていいじゃない。私は君にいて欲しいんだ」


 ドライヤーの音が彼女の言葉はかき消されるだなんてことはなく、僕の両耳はしっかりとお嬢様が口にした音を零さないようにとしっかりと拾っていた。


 ……どうして、どうしてこの人は、僕が欲しいと思った言葉をこんなにも簡単そうに口にしてくれるのだろうか。


「いきなりどうしたんだ唯は。まさか君はここに居たくないのか? ……まぁ、色々と君には多大な迷惑を掛けてはいるが」


「迷惑だなんてそんな! むしろ、僕の方が茉奈お嬢様に迷惑をかけてばっかりで……!」


 そう言葉を紡ごうとしたその瞬間、お嬢様はドライヤーの電源を切り、その静寂を以て僕の口を閉じさせた。


 茉奈お嬢様は椅子からドライヤーを置いては立ち上がり、僕の方に向かって近寄ってくると、にへら、と気心の知れた相手にしか見せないのであろう気の抜けきった笑顔を見せてくれた。


「それは確かにそう。だけど勘違いしないで。私は好きでキミの面倒を見てるの。つまり、私は好きでキミからの迷惑を被りたいとも思っている訳なの」


「まぁそれはそれでお腹が痛くなる日々の連続だけどね」だなんて、言ってはくすくすと面白そうに笑い声を零す茉奈お嬢様であったが、そんな彼女の笑顔を見ているといけない事をしている自分が許されているような感覚に陥ってしまう。


「んー。それだけじゃ唯は納得しないか、うん。唯は意外と頭が固いもんね」


「……それはそうですけど。そういう茉奈お嬢様はいつもの男言葉で話さなくていいんですか」


「口調は別にいいかなぁ。これがこの私のどうしようもない素だし。それにここは学校でもないし、下冷泉先輩もいないし。ここにいるのは私が信頼している人だけだもん。それにいちいち唯の目の前で演技するのも面倒くさいしね」


「素、ですか。まぁ、僕は初めてお嬢様に会った時からその素を知っているので今更ではありますが」


「うわ、ひっど。これでもこの状態の私は信頼できない人以外には見せないようにしているつもりなんだけど」


 若干拗ねたと言いたげな彼女の言動を信じるならば、僕はその『信頼できる人』であるらしいけれど……それは彼女の優しそうな顔つきを見れば、嘘ではないという事は火を見るよりも明らかであった。 


「そもそも、どうして茉奈お嬢様はあんな古風な喋り方をなさるのですか。素はこんなにも砕けているのに。その態度で学園生活を送っていたのでしたら、お嬢様は畏怖としてではなく敬愛としてたくさんの女子生徒に愛されていると思うのですが」


「いつの日か言ったと思うけれど、私は曲がりなりにも百合園一族。特に年上に舐められると後々面倒だから、あぁいう喋り方で自分を守っていたとでも言うべきなのかなぁ」


 ……金持ちには金持ちならではの悩みがある。

 その世界の住人だからこそ起こり得る問題に部外者である僕がとやかく口を挟む訳にいかないだろう。


「ふふ、ここで1つ問題です。唯がこの女子寮に来てから私が胃薬を飲む頻度はどうなったでしょうか? 増えたか、減ったか。さぁ、答えてみて?」


「いきなり何を言うのかと思えば……そんなの増えているに決まっているでしょう。だって、僕みたいな人間がいてはいけない空間にいる訳で――」


 僕はそう答え、そう答えた理由を話している最中にお嬢様はニタニタとした悪ガキのような笑みを見せると、両手の人差し指で『×』を形作ってみせた。


 ――誰がどう見ても、それは不正解のサインだった。


「ぶぶー! 違いまーす! ざんねーん!」


 僕が間違えた事に対して出題者であるお嬢様は本当に嬉しそうになさるけれども、解答者である僕からしてみれば、その答えには納得ができなかったので、理由を聞いてみたけれども――その理由は実に単純そのものであった。


「唯と一緒に女子寮ここで暮らすようになってから毎日が楽しくなったんだよね、私。そりゃあストレスで胃が慢性的に痛くなることはあるよ? でも唯が美味しいご飯を作ってくれたって思うと心がポカポカしたり、気が楽になったり、口が軽くなり過ぎたり……えへへ、私にとっての生まれて初めての事が多すぎるの」


 本当に、噓偽りない言葉で、彼女は堂々とそんな嘘みたいに温かい言葉を口にした。

 

「だから、私はキミといたい。キミの秘密だとか、和奏の忘れ形見だとか、それ抜きで、私はキミと一緒にいたい。美味しいご飯を作ってくれるキミと一緒にご飯を毎日食べたい……そんな理由じゃ、ダメ?」

 

「お嬢様……」


「それに、ね? こんな事を一緒にするような同年代の子なんて私にはいなくてさ? その、何といいますか……その、こんな私で宜しければでいいんですけれど、一緒にいてくれないかなって。その……とも、だち……として、さ?」


「……こんなお嬢様に負けず劣らずの嘘つきの僕で良ければ喜んで」


「ふふ、やった。人生初の異性の友達が出来ちゃった」


 とはいえ、ただの異性の友達と一緒にお風呂に入るのは果たしてどうなのだろうと思って――考えるのを止めた。


 確かに僕たちのこの関係性は『バレてはいけない2人だけの秘密』とでも呼ぶべきモノであり、僕たちが今やっている事はただの悪戯では済ませてはならないような――言ってしまえば、テロのような行いであるのだから。


 この愛すべき隣人にして共犯者の事を、僕も友達と呼ぶところから初めてみようと思って……とある呼称で彼女の名前を呼んでみた。


「これからもよろしくお願いしますね、茉奈さん」


「呼び捨てでよくない? 私も唯の事を呼び捨てにしてるし」


「いや、それは流石にどうなのでしょう。だって、僕とお嬢様の関係性は従者と主人な訳ですし」


「じゃあ、私たち2人しかいない空間だと呼び捨てって事で。それ以外の時はいつも通りの関係になろっか。……そっちの方が秘密の関係性っぽくてワクワクするでしょ?」


 本当に悪童のような純真無垢の笑みを浮かべてみせる彼女である訳なのだけど、不思議なことに僕はそういう関係性も悪くないのではと思ってしまった。

 

「じゃあ、これからもよろしくお願いしますね……茉奈」


 生涯で永遠に様づけしてもいいぐらいの大恩を貰い過ぎている相手に対して、僕は畏れ多くも気安く呼び捨てをしてしまったけれど、当の本人は何も言わずに満足そうに笑うだけであった。

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