第22話 闇と光の激突

 俺は悪役貴族のヴィルヘイムに転生した。


 目覚めた当初は最悪な気分だったが、それでも悲劇を避けるために頑張ってきたと思う。


 やったことと言えば、ラスボスを殺して呪われたり、そのラスボスの力を使って強くなる程度のものだが、それでも程々に頑張ったという自負がある。


 このまま強くなっていけば自分の身も守れ、気をつければ面倒なフラグも踏まずに済むと信じていた。


 ——だが、運命は残酷だ。


 いま、俺の目の前には原作主人公の——たしか名前をエルと呼ばれていた生徒がいる。


 俺がどれだけ意識しようと、まるで神の意思がそれを捻じ曲げるようにシナリオを進ませていく。俺がこの展開を忘れていたことすら、神様の悪戯に思えてしょうがない。


「二人とも準備はいいですか?」


 担当教師のマリアンヌが、試合開始前に訊ねた。


 俺もエルも同時に頷く。ここまで来たら逃げることはできない。どうにかして——エルをぶっ飛ばすしかなかった。


「ふふ。恨まないでくださいね、ヴィルヘイム様。僕、魔法にだけは自信あるんで!」


「奇遇だな。俺も魔法には自信あるぞ? 精々、その笑顔が続くことを祈っている」


「では……試合開始!!」


 マリアンヌが掲げていた腕をばっと勢いよく下ろした。それが合図となり、正面のエルがまずは魔力を練り上げる。


「光よ——敵を穿て!」


 エルの周りに光の小さな粒が浮かぶ。それは矢のような形に変化し、高速で同時に射出された。


 当然、ターゲットは俺だ。


「なっ!? 入学した時点でもう魔法が使えるだと!?」


 周りで俺たちの試合を見守っていた生徒の一人が、動揺と衝撃を含んだ叫びを上げていた。


 内心で俺も「さすが原作主人公。優秀だな」と感想を口にする。


 普通、魔法は学園に入学してから覚えるものだ。貴族なら俺のように魔法使いを雇って勉強するが、それでも簡単にはいかない。危険もある。


 それを平民のあいつが、遠距離攻撃まで使って器用に魔力を操っていた。


 ほかの生徒たちも一様に驚くが、——驚くのはまだまだ早い。俺もまた魔力を練り上げて右手をかざした。


「闇よ——全てを呑み込め」


 俺の右手から漆黒が漏れ出る。闇は形を盾のように変えると、前方から飛来してくるエルの魔法攻撃を全てガードした。


 光は闇に呑まれて消滅する。


「……は? なにそれ」


 一番驚いていたのは、攻撃魔法を放ったエルだった。目と口が開かれた状態で固まっている。


 俺はくすりと笑って、


「どうした? 間抜け顔がほかの生徒たちに晒されているぞ? まさか魔法が使えるのは自分だけとは……思っていないだろうな?」


「ッ!」


 エルの顔が真っ赤になる。


 妙にプライドの高い奴だ。ほかの生徒だって何人か魔法が使える奴はいる。自分の適性が光だからって、もう選ばれた勇者気取りか?


 それなら俺と初めて会話した時の態度も納得できるな。まあ、希少属性を持っているのはお前だけじゃないが。


「どうして……どうしてなんだよ! なんでお前も希少属性を!」


「自分だけが特別だと? お前は脇役だ。俺の前では全てが平等に——闇に沈む」


 盾の形が変化する。鋭い切っ先を持つ槍のようになり、それを俺は前方に放った。


「闇よ——削れ」


 鋭い一撃がエルの下へ。


 エルは咄嗟に横へ避ける。防御魔法を展開して追尾してくる俺の攻撃を防ごうとするが、残念。その攻撃は簡単に防げるものじゃない。


 エルの展開した光の壁は、俺の槍の切っ先が接触するなり一撃で弾け飛んだ。触れた部分から消滅していく。


「嘘ッ!?」


「闇属性はあらゆる魔力、魔法を打ち消す。お前程度の魔力で防げるわけないだろ」


 嘲笑し、同時に槍がエルに当たった。


「ぐああああッ!?」


 訓練場内にてエルの悲痛な叫び声が響く。すぐに俺は魔法を解除した。このまま攻撃が当たり続けると、最悪、エルを殺しかねないからな。


 主人公が死ねば俺のフラグもいくつか折れるが、それよりエルにはいてもらったほうが助かる。


 第一、人殺しをする年齢でもない。さすがにほかの貴族たちもドン引きだろ。


「し、試合終了! 急いで彼を医務室に!」


 地面を転がりながらなおも叫び続けるエルを、マリアンヌは近くにいた別の教員に運ぶようお願いするのだった。


 エルがいなくなると、急に訓練場内は沈黙が支配する。なんとも気まずい状況だ。


「ヴィルヘイム様……素晴らしい魔法でしたね。あれが希少属性の闇……恐ろしい能力です」


 マリアンヌ女史まで俺のことを警戒していた。


 警戒しなくても、いまの魔力操作技術じゃマリアンヌの魔法まで打ち消すことはできない。あくまで俺の魔法が効果を発揮するのは、自分より魔力が少ない相手だ。


 潜在魔力量で俺に勝てる奴はいないだろうが、いかんせん、それだけに魔力の操作訓練がもの凄く時間がかかる。


 俺は踵を返して、


「ふんッ。弱者の思考など知ったことか。さっさと次の試合に移ればいい」


 と憎まれ口を叩き、訓練場の隅で一人、大人しく残りの試合を見守る。


 いまのところ俺に話しかけてくる生徒は誰もいなかった……。

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もしも悲劇の悪役貴族に転生した俺が、シナリオ無視してラスボスを殺したら?~呪われてヤンデレ魔王に取り憑かれました。無尽蔵の魔力をゲットしたけどこれで未来を変えられますか!?~ 反面教師@5シリーズ書籍化予定! @hanmenkyousi

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