第21話 vs原作主人公

 正門のそばで男子生徒とぶつかった。


 最悪だ。


 問題なのはぶつかったことじゃない。俺はコーネリウス公爵家の嫡男だから、むしろ恐縮するのは相手側。


 本当に最悪だったのは……そのぶつかった相手だ。


 素朴な顔。美しい金色の髪。透き通るような青い瞳。


 それらの特徴は、俺が生前見たことのある——原作主人公の外見そのものだった。


 プレイヤーが自己投影しやすく作られた一般モブみたいな姿。これを見落とすほど俺は甘くない。


 今時珍しいタイプの主人公だなあ、と思っていたくらいだ。印象としては充分に頭の中に残っている。


「あ……すみません! ちょっと前を見てなくて」


 俺が困惑している間にも原作主人公——名前はなんだったかな? ——が立ち上がってぺこぺこと頭を下げる。


 対するヴィルヘイムは、鋭い視線を原作主人公に向けた。


「貴様……俺がコーネリウス公爵家の嫡男だと解っていての狼藉か? 不敬罪で即刻地下牢に入れてもいいんだぞ」


「え? コーネリウス……公爵家!? わあ……もの凄い大貴族様ですよね? コーネリウス、という名前に覚えはありませんが、公爵ってことは一番?」


 そう言って首を傾げる原作主人公。


 ——な、なんだこいつ……? 公爵家の人間に睨まれても平然としているだと? 生前は特に気にもしなかったが、こいつってこんなタイプだったのか……。


「でも僕を地下牢に入れることはできませんよ」


「……なんだと?」


「だってこの学園では、みだりに権力を振りかざすのはダメだって校則に書いてありました。皆が平等に魔法を学び、全ての生徒が国の宝であるように……だっけな」


「貴様……よもやそのような世迷言を……」


「校則は守らないとダメですよ、コーネリウス公爵子息様。いくら公爵子息様でもね」


 スッ、とそれだけ言って、原作主人公の彼は俺の前を通って校舎のほうへと向かった。


 そばにメイドがやってくる。


「なんですかあの無礼な方は! 見慣れぬ顔でしたが……」


「あれが例の特待生だよ」


「あれが!? ということは……平民のくせにヴィルヘイム様にあのような口を!?」


 メイドが怒髪天を衝く勢いで激昂する。気持ちはよく解るが、あの男が言ったこともまた事実。


 この世界は基本的に彼を中心に回る。だからこそ、平民が馴染めるようにあのような校則が設けられているのだ。


 でなきゃ貴族社会で身分の差に関係なく仲良くしろ? 無理に決まってる。そんなのフィクションの中だけの話だ。


 ——この世界、フィクションの中なんだけどね。


「もういい。それより俺は講堂へ行くから、お前もさっさと部屋へ行け」


「で、ですが……」


「平気だ。なにを言おうと結果的に俺は揺らがない。俺は俺の道を進むだけだ」


「ヴィルヘイム様……さすがですね。解りました。それではまたあとで」


 恭しく頭を下げてから、ロキシーは再び男子寮のほうへと向かった。その後ろ姿を見送って、


「……やれやれ。まさかいきなりあいつと対面することになるとはな」


 とため息を吐いた。


 出会いは最悪だ。しかし、これ以上に最悪なことはないだろう。


 そう思って俺もまた足を動かす。まっすぐに校舎を目指した。




 ▼△▼




 学園施設の一つ、講堂で行われた入学式はつづがなく終わった。


 学園長の話を聞くくらいだったからな。適当にスルーしていたら終わっていた。


 そして今度は教室に向かう。ざまぁされる要員の俺と原作主人公は同じクラスだ。前の席に座るあの男を眺めながら、担任の言葉に耳を傾ける。


「こんにちは皆さん。わたしが今年、あなたたちの担任を勤めるマリアンヌと申します。皆さんが王国の宝になれることを信じていますね」


 そう言うと、続けてマリアンヌ女史は衝撃的な発言をした。


「では、早速。まずは皆さんの実力を測りたいので、わたしが事前に決めた組み合わせで魔法による試合を行いましょう」


「……なに?」


 ——魔法による試合? その言葉、どこかで見たことがあるような……——ッ!?




 思い出した。それは原作の最初のイベント。まず真っ先に主人公がヴィルヘイムと戦うために用意されたイベントじゃないか!


 そこで怠惰な男ヴィルヘイムは初めて土をつけられ、以降、原作主人公に対して並々ならぬ憎悪を募らせていく……だったかな。


 忘れていた。原作主人公のことで頭がいっぱいになっていたせいで、逆にイベントのことをすっかり忘れていた。


 まずい。この展開だと、おそらく原作主人公と俺が——。


「ヴィルヘイム様。ヴィルヘイム様の相手は……特待生、君だ」


「僕、ですか?」


 やっぱりか。ここまでがあまりにも予想どおりすぎる。


 原作主人公こと特待生は俺のほうを見た。その顔に、にんまりと笑みが浮かぶ。


「解りました。公爵子息様が相手では役不足でしょうが……精一杯、頑張りますね!」


 ぐっと拳を握り締めて彼はそう言った。


 俺のほうはと言うと……この状況、どうすれば最善なのかをひたすら考える。

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