第20話 当然の出会い
「ヴィルヘイム」
「父上。おはようございます」
部屋を出て一階に降りると、ちょうどダイニングルームから出てくる父の姿が。
父は昨日遅くまで仕事をしていた影響で、俺と朝食のタイミングが被らなかった。急いで食べてきたんだろう、やや息を荒げて言った。
「うむうむ。おはよう。やはりわたしの息子だけあって素晴らしいルックスだな」
「似合いますか?」
「もちろんだとも。わたしの若い頃を思い出す」
うーん……あんまり嬉しいとはいえない言葉だった。
だって俺が父親に色濃く似ているなら、それな間違いなく将来は肥満体型になるってことなのだから。
……いや? 体型も遺伝するのかな? その辺りのことは詳しくない。まあ俺くらい強さに気を配っておけば、筋肉が落ちることはあまりないか。
そう結論を出し、
「では父上、俺は学園に行ってきます。また長期休暇まで体にはお気をつけてくださいね」
「ヴィルヘイムこそな」
父と手を振って別れる。
よその家がどんな風に家族との別れを終えるか知らないが、少なくともコーネリウス公爵家はこんな感じだ。意外とあっさり。
だがそれでいい。無駄に引き止められても時間の無駄だし、父はあれで仕事に忙しい大人だからな。
もう二度と振り返ることなく、玄関扉を出て正面奥に停まっている馬車のほうへと向かった。
後ろからは専属のメイドが足並みを合わせて並ぶ。
▼△▼
馬車が走ること数十分。
たくさんの馬車が停まる王立魔法学園の正門前にやってきた。
「わあ……! さすがに王国一の名門だけあって、入学生が多いですね!」
対面に座るメイドの女性が、窓から外を眺めて呟いた。
俺は頬杖を吐きながら返事を返す。
「ふんっ。所詮は爵位だけの有象無象。俺のように選ばれた者はごく一部だ」
「さすがヴィルヘイム様。そのとおりでございますね。……ん? 馬車を使っていない生徒もいるようですが……」
「ああ、特待生というやつだな」
「特待生……たしか、平民から選ばれる非常に素質の高い人のことでしたよね?」
「そうだ。毎年、必ず一人や二人ほどが選ばれる。そしてそいつらは決まって稀有な才能を持っているらしい」
「稀有な才能……」
ごくりとメイドが息を呑む。だが俺は代わりにくすりと笑った。
「今年の新入生には、希少属性の〝光〟を発現させた男子がいる。歴代の特待生でも間違いなくトップクラスだな」
「ひ、光属性!? それって……ヴィルヘイム様の闇と対を成す?」
「そうだ。全てを呑みこみ破壊する闇とは違い、全てを癒し浄化するための力——光属性。実に忌々しい。そいつさえいなければ俺の敵はいなかったのだがな……」
チッ、と俺ことヴィルヘイムは露骨な態度で舌打ちする。
実際、俺もヴィルヘイムと意見は同じだ。せっかくの希少属性も、もう一人いたらその価値は大きく下がる。
世界に二つと、世界に一つでは決定的に違うってことだ。
「あのヴィルヘイム様が警戒するほどの生徒なんですね……」
じんわりと謎に汗をかくメイド。拳を握り締めて真剣に考えている。やがて、
「で、でも! わたしは絶対にヴィルヘイム様のほうが優れていると思います! 絶対です! あのナルシッサ様が歴史上二人目になる神童だって!」
大きな声で彼女はそう言った。
俺はじろりとメイドを睨む。
「ッ!?」
彼女の肩がわずかに震える。
相手を威圧するんじゃないよまったく……やれやれ。
「当たり前だ。俺が勝つのはあくまで前提。一番面倒な相手がその特待生というだけだ。勘違いするな」
「……ホッ。ですよねぇ」
メイドは普段どおりの俺の言動に胸を撫で下ろす。
彼女——ロキシーとの付き合いもそれなりに長くなった。ずいぶんと慣れたものだな。最初の頃はおっかなびっくりしてたくせに。
そうこう会話を楽しんでいる間に、馬車は空いた正門の前で停まる。
御者が扉を開けたのを確認して、メイド、俺の順番で降りる。
「お前はメイドだから入学式が行われる講堂には入れない。ロキシー、俺の荷物を寮の部屋まで運んでおけ」
この王立魔法学園は全寮制の学園だ。
あらゆる甘えを許さず、かといって貴族の権威を下げない程度に厳しい。その一環が全寮制だ。普通はいきなり子供をこんな所にぶち込んだら困惑する。
だが俺は問題ない。前世で充分に乳離れできている。お供としてメイドのロキシーもいるしな。
「畏まりました! それではまた、入学式が終わった頃に迎えに行きます」
「ああ」
ロキシーと別れて校舎へ続く道を歩く。
その直後、どん、という音を立てて誰かとぶつかった。視線が吸い込まれるようにそちらへ移り、ぶつかったと思われる男子生徒と目が合う。
無垢な子供みたいな金髪碧眼の少年。
あどけなさの残るその顔は……俺のよく知るキャラクターの顔だった。
——原作主人公。
間違いなくあの素朴な顔はそれ以外ありえなかった。
早くも悪役と主人公が出会う。
気分は最悪だった。
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