第19話 規格外②

 ナルシッサは目の前で起きた異常事態に目を見開いた。


「わ、わたしの……魔法が消えた?」


 震える声でそう呟く。


 事実、彼女が放った水属性の魔法は、ヴィルヘイムが展開した闇魔法の盾と接触して——消滅した。


 それは無傷の状態で展開されたヴィルヘイムの魔法が物語っている。


 だが、それはありえない。少なくともナルシッサの中ではありえないことだった。


「(いくら手加減したとはいえ、魔法を習ったばかりの子供に止められるような威力じゃ……そもそも、魔法同士が相殺し合うかそれなりにダメージを与えられると思っていたのに……)」


 ヴィルヘイムは無傷だった。そこまではまだ理解できる。


 しかし、理解できないのは魔法のほうだ。


 ヴィルヘイムが展開した黒い盾にはなんの異常も起きていない。綺麗な水面のように魔力が渦巻いたまま。


 本来、魔法同士の接触は、魔力が高いほうの魔法が相手の魔法を打ち消すものだ。たとえヴィルヘイムが扱う闇魔法でもそれは変わらない。


 実際、これまで現れた光属性の魔法使いは、ほかの魔法とぶつけ合って消滅した——という記述が残っている。


 同じ希少属性とはいえ、闇属性魔法だけが特別だとは思えない。


「(考えられるのは二つ。ヴィルヘイム様の才能がわたしの想像を遥かに超えていたか、闇属性の魔法だけは相殺できない? いや、かつて魔王パンドラと戦った勇者様たちの記述によると、ほかの魔法は効いていた。ありえない)」


 脳内で早々に結論を出す。


 やはりヴィルヘイムの才能が、ナルシッサの想像を遥かに超えていた——ということになる。


 あまりにも恐ろしい成長速度だ。それに、解っていたことだが、潜在魔力の総量がとんでもない。


 国一番と称される自分より上だと彼女は瞬時に理解した。


 理解して、心の底から称賛する。


 魔法を解除し、困惑した様子のヴィルヘイムに告げた。


「——素晴らしい! 素晴らしいですよ、ヴィルヘイム様! わたしは少しくらいヴィルヘイム様がダメージを受けるとばかり思っていたのに、わたしの攻撃を完璧に防御してみせるとは……!」


 思わずナルシッサは拍手をする。


 だが、それを聞いていたヴィルヘイムの表情に笑みなどはない。喜びの感情すら浮かべることなく、彼は言った。


「戯言を……。解っているぞ、ナルシッサ。先ほどの魔法、お前は手加減をして撃っていたはずだ。全力のお前の攻撃を防げるくらいでなければ、実戦で使えるとは言えない」


 恐ろしく謙虚……いや、強さに対して貪欲だとナルシッサは思った。


 普通、手加減した攻撃でも防御できたことは褒められるべきこと。相手はまだ自分の半分ほどしか生きていない子供だ。


 すぐに超えられては、ナルシッサの立つ瀬がないし、魔法とはそんな簡単なものではない。


 けれど、ヴィルヘイムはただ貪欲に強くなろうとしている。その真摯な姿勢に、ナルシッサは心が動かされた。


 とくん……とくん……とくん、と。


「(こんな感情抱くなんていつ振りかしら……。すっかり諦めていた新たな風が、私の目の前にある)」


 ナルシッサは喜ぶ。ヴィルヘイムの飽くなき執着に。


 それさえ捨て去らなければ彼はどこまでも強くなれる。それこそ、魔法界ではもはや伝説と謳われる魔女パンドラのように。


 その輝かしき原石を自分が育てるのかと思うと、彼女は興奮が収まらなかった。




「おいナルシッサ」


「はい! いかがしましたか、ヴィルヘイム様! もう一度魔法の防御でもしますか!?」


「ッ……それを頼もうと思っていたが……どうした? 気でも触れたか?」


 酷い言い草だ。相変わらずヴィルヘイムは口が悪い。


 だが、それもここ数日で慣れた。もうナルシッサはその程度の口調で心が乱されることはない。


 口端を吊り上げて言った。


「それはもう! これほどの原石を前に興奮できない魔法使いは無能ですよ! 絶対にわたしが、ヴィルヘイム様を世界一の魔法使いにして差し上げますからね!」


「……はんっ。精々期待させてもらおうか。……それと、あくまで最強になるのは俺だ。お前のおかげであっても全てがそうだと履き違えるなよ?」


「解っていますとも!」


 びしりと綺麗に敬礼し、彼女はもう一度魔法を構築する。


 今度は殺傷性の高い炎属性の魔法だ。水魔法を完璧に防げたのだから、同じ魔力量——かちょい多いくらいの攻撃は問題なく防げるだろう。




 その日、ヴィルヘイムの訓練中に何度もナルシッサの奇声が響き渡った。


 ヴィルヘイムの「うるさい!」という声も。




 ▼△▼




 5年後。


 今年で15歳になる予定のヴィルヘイムは、春からとある場所に向かうことになった。


「ヴィルヘイム様、そのお召し物……とてもよく似合っていますね」


 背後から飛んできたメイドの言葉に笑みを浮かべる。


「当然だ。俺だからな」


 そう言って踵を返すと、荷物をメイドに持たせて部屋を出る。


 これから俺が向かうのは、——物語の舞台。


 とうとう本格的にストーリーが始まるだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る