第9話 天賦の才①
騎士団長モールスとの激しい特訓が終わる。
数時間にも及ぶ肉体の酷使は、若々しい体に鋭い痛みを走らせていた。
「ぐ、うぅっ!」
呻くように床を這う。
その様子を見下ろして、ベッドに座っていたパンドラは小さく笑った。
「くすくす。もう筋肉痛ですか? お若い証拠ですね」
「う、うるさい……! 俺は、ぜんぜん平気だ!」
「パンドラは何も言ってませんよ。それに、ぜんぜん平気そうには見えませんが? 起きるの手伝いましょうか?」
「いい! 俺はひとりで起き上がれる!」
本当はぜひとも彼女の力を借りたかったが、強制的に生意気な言葉が吐き出される。
なぜ俺がこんな瀕死の状態になっているのかと言うと、モールスとの訓練による影響なのは言うまでもない。
あの後、腕を休ませるために次の訓練へ入った。
それは、ひたすらに体力を付けるために中庭を走らされ続けるという——一種の拷問。
我が家の庭は特別広すぎるということはないが、狭すぎるというわけでもない。
その中を、休憩なしでずっと走らされた。
終わりのないライニングほど苦しいものはない。最初こそ余裕をぶっこいていた俺も、徐々に体力がなくなると、「一体いつまで走り続ければいいんだ?」という不安が脳裏を過ぎった。
一度でも脳裏を過ぎるとまずい。そこからは、不満との戦いだ。
そうしてランニングが終わる頃には、全身の筋肉が悲鳴を上げてこうなった。
ちなみに部屋まで俺を運んだのはモールスだ。
高らかに笑いながら立ち去っていった。
「ぐぐぐ! ぐおおおお!」
筋肉を必死に使って立ち上がる。
痛みに発狂しそうになったが、ぎりぎり最後のひとふんばりでベッドに倒れこむ。
そんな俺の頭を、パンドラが優しく撫でる。
「よく頑張りましたね。どうしますか? 今日の魔力の制御訓練は中止にして、ゆっくり休みますか?」
「……やる」
「本当に? その状態では体に力の入る制御訓練は厳しいかもしれませんよ?」
「やる。こんなふざけた理由でサボれるものか。訓練とは一日にしてあらず。積み重ねていくことで強くなっていく。一日の遅れは三日はあると思え」
不屈の精神で起き上がる。
筋肉がなおも悲鳴を上げ続けるが、意識さえしなければなんとか耐えられる。それに、筋肉痛の状態で体を動かせば、それなりに筋肉がよく馴染むなんとか成長するとかなんとか。
要するに、休んでいても効率が悪い。
「わかりました。ヴィルヘイム様がそこまでやる気があるなら、パンドラは協力しましょう。そういう約束ですからね」
「それじゃあ始めるぞ。まずは何をする?」
「昨日と同じく、少しずつ制御できる魔力の量を増やしましょう。大事なのは魔力を操作するより制御することです」
「たしか、いくら魔力の量が多くて器用に操作できても、制御できなきゃ意味がない——だったか」
前に彼女が語った言葉を諳んじる。
パンドラはパチパチと拍手しながら頷いた。
「そうです。よく覚えていましたね」
「子供扱いするな」
「事実、子供でしょう? まだ10歳のくせに」
「いいから魔力を制御する。邪魔するな」
「はいはい」
くすくすと笑って彼女は口を閉ざす。
その直後、俺は手のひらに小さな魔力の塊を浮かべた。
これは魔力を操作して球体状にしただけのものだ。まだ魔法ではないし、ひたすら圧縮しているから本来の大きさはもっとデカい。
パンドラ曰く、魔力をより圧縮することで効率的に、高性能で扱うことができるらしい。
逆に圧縮していない魔力は、魔力の大半を無駄に垂れ流しているだけだとか。
しかし、原作で魔力の圧縮なんて技術は出てこなかった。そこから推測するに、この技術は彼女が生み出したオリジナルの技……?
だとしたら、これだけでもおつりが出るくらいにチートじゃないか?
俺の予想が当たっていたら、この世界で魔力の圧縮ができるのは、いまのところ俺とパンドラのみ。
どこかに使える人間がいてもおかしくはないが、少なくとも主人公たちは使っていなかった。
この技術をものにすれば、俺はさらなる成長を遂げられるかもしれない。
「いいですね。ヴィルヘイム様、もっと魔力の量を増やしてみてください。随分と安定しているので、今のヴィルヘイム様ならもっといけるはずです」
「わかった……ッ!」
ずきっ、とわき腹の筋肉が痛む。
持ち上げた腕も悲鳴を上げていた。しかし、俺は魔力の制御をやめない。
意識を集中させ、パンドラに言われたまま魔力を増やす。
途端に魔力の抵抗力が上がった。魔力の圧縮とは、細かい調整と制御能力によって力技で抑え込む部分が大きい。
だから、魔力の量を上げれば上げるほど、操作や制御に反発してくる。
ビー玉サイズの魔力を練り上げるのに、俺はかなり苦労していた。
「魔力のほうは前途多難だな……」
ぽつりと呟く。それは、俺の感じている焦燥感。
だが、パンドラは首を横に振った。
「いいえ。自分を褒めてください。あなたの才能は、魔女と言われたパンドラにも匹敵しますよ?」
「そうなのか?」
「はい。普通、魔力の圧縮をその歳で、しかも魔力の訓練に入ったばかりで行うのは無謀です。失敗すると思っていたくらいなんですよ? 正直、ヴィルヘイム様は天才です」
天才。
なるほど。ヴィルヘイムのスペックは、どうやら俺が考えている以上に高かったらしい。
常軌を逸しているであろう魔王に褒められるくらいには。
にやりと自然と口角が上がる。
「そうか。俺は天才か……ふふ。感謝してやるぞ、パンドラ」
その言葉をお前からもらえるのが一番嬉しい。
こんな時くらい正直になりたかったが、それでもヴィルヘイム口調は変わらない。どこまでも偉そうだった。
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