第8話 鍛錬開始

 父に「剣術の鍛錬がしたい」と願って二日。


 パンドラと魔力の制御訓練に励みながら、その日がやってくる。




 今、俺の目の前にはひとりの男性が立っていた。


 屈強な男性だ。


 身長二メートルはありそうなほどの巨体に、ぱんぱんに膨れ上がった筋肉。


 まさにゴリラって感じの男だ。


「はじめまして、ヴィルヘイム様! 私はコーネリウス公爵領で騎士団を率いている団長のモールスです! 本日からあなた様の指南役に選ばれました!」


 キーンッ。


 うるさっ。声のデカい男だな……デカいのは図体だけにしておけよ。


 おまけに底抜けに明るい。完全に陽の者だった。陽キャゴリラだ。


「よろしく頼む」


「はい! では早速、ヴィルヘイム様の基礎能力を伸ばすために、地道な基礎訓練から始めましょうか!」


 そう言ってモールスは俺にひと振りの木剣を手渡してきた。


 それを受け取ると、——ずしっ!


 お、重っ!?


 危うく落としそうになるくらい、その木剣は重かった。


 中に鉛でも入っているのか?


「おお! いきなり手渡されても落とさないとは流石ですな! その木剣は特注品でかなり重いでしょう? 今後の訓練もすべてその木剣で行ってください」


「これが普通なのか?」


「いえ! 公爵様からは、ヴィルヘイム様は天賦の才能を持っているに違いない! だから人より厳しく教えてやってくれ、と伝えられていますので!」


「……そうか」


 パパああああああん!!


 お前のせいか。余計なこと言いやがって……!


 つうかそれを真に受けてこんなクソ重い武器を持たせるって……モールスもモールスでかなりイかれた奴だな。


 いわゆる脳筋って奴だ。


 しかし、厳しい訓練は俺も望むところ。


 数年分の遅れを取り戻すにはちょうどいいだろう。10歳から己を鍛え上げるのだ、多少厳しいくらいが合っている。




「いいだろう。始めろ。俺がお前や父上の期待に応えてやる!」


 ぷるぷると手を震わせながらも、俺は頑張って木剣を構えた。


 するとモールスは、瞳を輝かせて、


「いいですぞぉ! ヴィルヘイム様なら、王都にいる剣聖にも負けない剣士になれるはずです!」


 と大きな声で声援を送ってくる。


「いいからさっさと何をすればいいのか指示をしろ!」


 ただでさえ構えているだけでもヤバいくらい筋肉に負担がかかっているのに、お前の話まで悠長に聞いていられるかっ!


「おっと。そうでしたね。では、一番シンプルな訓練から。木剣を上段で構え、真っ直ぐに振り下ろしてください。私がいいと言うまで構えを解いてはいけませんよ?」


「わ、わかった……!」


 言われるがままに木剣をさらに高く上げる。


 ——うぐっ!? かなり辛い。先ほどまでは全身で木剣を支えていたような感覚だったが、ただ上に上げるだけで腕への負担が増えた。


 小刻みに両腕が震える。が、なんとか構えに成功した。


 次はここから木剣を振るう。言葉にすると簡単だが、目的はただ振り下ろすだけじゃない。


 真っ直ぐに、それでいて振り回されてはいけない。


 しっかりと地面スレスレで止めるのだ。


 それを意識した上で、俺は木剣を振った。


 振り下ろすだけならそう難しくはない。重力に従って簡単に落ちる。


 問題は、それを最後にぴたりと止めること。そこまでしてようやく一回だ。


「くぅっ!」


 たった一回で汗が滲む。


 筋肉が悲鳴を上げ、体が休息を欲する。


 しかし、俺はもう一度木剣を持ち上げた。大量の息を口から吐いて、上段で構える。


 そして、もう一度木剣を振った。




「ヴィルヘイム様……あなたという人は……」


 近くで俺の鍛錬を見守っているモールスが、小さく感嘆の声を漏らす。


 その声は次第に大きくなっていった。


「素晴らしい。本当に素晴らしい! まさか進んで苦行を成さそうとは! それに、しっかりと考えて振られている! わかりますぞ! わかりますぞおおお!」


「モールス、うるさい」


 お前はちょっと黙って観察し続けられないのか?


 こちとら腕が折れそうなほど疲れている。いつ木剣から手を滑らせてお前にぶん投げるかわからんぞ。


 それくらいマジだった。マジでキツいし、マジで面白い。




 ——そう、面白いのだ。


 前世では努力なんてやろうともしなかった。なあなあで生きて、なあなあで会社に勤めた。


 だから、もう一度人生をやり直しているみたいで面白い。楽しい。


 これが努力か。強制的に始めさせられたようなものだが、目標ができると人生は一気に薔薇色になる。


 破滅しない。主人公に勝つ。強くなりたい。生きたい。


 そんな理想を胸に、俺は腕が千切れるんじゃないかってくらい木剣を振り続けた。


 結果、最後にはギブアップして木剣を地面に手放した。もう振れない、そう言わんばかりに地面に転がる。


 汗の量がすごい。全身から滝のように溢れていた。


「お疲れ様です、ヴィルヘイム様! 初日からここまで頑張れるとは……公爵様が仰るように、ヴィルヘイム様には特別な才能があるのかもしれませんな!」


「ハァ……ハァ……と、当然、だ。俺を、誰だと……思ってる」


「ハハハ! その状態でも喋れますか! 将来に期待あり、ですな!」


 あまりにも興奮しているのか、俺が落とした木剣を拾い、モールス——もといゴリラは、ぶんぶんと軽々しくそれを振るう。


 これが子供と大人のスペックの差か……。これを覆せるくらい強くなれば、俺もきっと主人公に——。


 そう思いながら、ゆっくりと呼吸を整えていく。まだ、修行は終わっていない。

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