第7話 デメリット
「……おい、パンドラ」
北の山脈での騒動から数時間後。
山を下りて、馬車に乗って公爵邸へ帰ってきた俺は、急いで二階にある自室に戻り、そこでパンドラの名前を口にする。
すぐに白い装いをまとった白髪の少女が現れた。
「お呼びですか、ヴィルヘイム様」
「あれは一体何のつもりだ」
単刀直入に訊ねる。
彼女は首を傾げて頭上に〝?〟を浮かべた。
「あれ、とは?」
「とぼけるな。魔力のことだ」
「ああ……目覚めたばかりのメイドさんを威圧した件ですか」
くすくすと彼女は笑うと、あっさりとした答えを返す。
「あれは当然のことです。今のヴィルヘイム様には、パンドラの魔力が含まれているんですよ? パンドラの魔力がどういうものか、あなた様はあの洞窟の中で体感したではありませんか」
「自分もそうなるとは聞いていない」
完全にデメリットじゃねぇか。ふざけんな。
「てっきり理解しているものかと」
コイツ……よく言うな。
にやけた顔には、「説明するの忘れてましたね」と書いてある。
だが、今はそんなことより重要な話があった。
「報告を怠った件はまあいい。特別に許してやる」
「ありがとうございます。愛しい愛しいあなた様ぁ」
「だが……それはそれで、俺に魔力を抑える方法を教えろ」
「魔力を抑える方法、ですか」
そうだ。
この世界には魔法と呼ばれる技術がある。
魔力を消費すれば、本人が持つ適性に合った魔法が使えるのだ。
そして、魔法の発動に必要なのは魔力の操作や制御。
今回必要になるのは、魔力の量を制限する制御。
このままでは、まともに日常生活も送れなくなる。
「別にヴィルヘイム様が魔力の制御を覚えなくても、パンドラのほうである程度は制御できますよ? 洞窟からここまで、魔力を制御してるのはパンドラですからねぇ」
「今後俺にも必要になる技術だ。早く覚えるに越したことはないだろ?」
「それはそうですが……何かあるんですか、あなた様には」
ジッとパンドラが俺の顔を見つめる。
後からでも強くなれるのに、急ぐ必要があるのか、と彼女は訊いているように思えた。
俺は素直に答える。だいぶ濁して。
「もしかすると……力が必要になる可能性がある」
ヴィルヘイム・フォン・コーネリウスは悪役だ。それも悲劇の悪役。
どこで誰の恨みを買うかわからないからな。
ラスボスが急遽仲間になった今、次に求められるのは——自衛の力。
数百年分の知恵とやらを貸してもらおうか。
「ふむふむ……細かいことはわかりませんが、——戦う予定があると」
「その解釈でいい。だから教えろ。協力するんだろう? お前は」
「ええ。それをあなた様が望むなら、パンドラはなんにでも力を貸します。ですが……」
「なんだ」
まだ何かあるのか?
俺の疑問を、彼女は恐ろしい返答で打ち落とす。
「ヴィルヘイム様の邪魔をする愚か者は、このパンドラがひとり残らず殺し尽くします。——それではいけないのですか?」
「お前……」
コイツマジかぁ。そういうタイプ?
実に心強い発言ではあるが、ラスボスが口にしてると異様に物騒だ。そしてコイツはガチでそれができる。
今すぐ王国を滅ぼすことも可能だろう。
慎重に返答を選ぶ。
「お前頼りで生きてもそれが安全とは限らない。自分が強くなる分にはデメリットはないしな。いいからお前は俺の言う通りに教えろ」
「……くすくす。わかりました。では明日から、魔力の制御訓練に入りましょうか」
それ以上パンドラは何も言うことなく素直に頷いた。
コイツが永遠に俺の味方かどうかも怪しいからな。今のうちに強くなっておきたい。
少なくとも物語が始まる学園入学前までには、それなりに力をつけないと。
そのためには、魔法だけじゃダメだ。
原作の主人公は剣もそれなりに使えた。ヴィルヘイムは才能あるんだからそこも埋めておかないと。
魔法は圧倒的だったのに、近付かれた瞬間に倒された~じゃ、カッコつかないからな。
食事の時間でもあったので、パンドラに魔力の制御を継続してもらいながらダイニングルームへ向かった。
▼△▼
「剣術を学びたい?」
夕食の時間。
ダイニングルームにやってきた父に、食事を摂りながらお願いする。
「はい。5年後の学園入学に合わせて、後れましたが剣術を嗜んでおきたいと思いまして」
さすがに父親相手には敬語を使うらしい。口調もメイドたちに比べて穏やかで柔らかい。
「ふむ……たしか、私の記憶によると、剣術の鍛錬が嫌だと言ったのはお前だったはずだが?」
「心境の変化です。愚かな過去はお忘れください」
「そうか。お前には才能があるから文句は言わない。コーネリウス公爵家の人間として、選ばれた道を歩めばいい」
それはOKってこと? それとも難しいってこと?
嫌味で遠まわしな言い方はヴィルヘイムによく似ている。父親だなぁ、この人。
「よかろう。すぐにでも優秀な剣士をお前に預けてやる。そうだな……我が領地を守る騎士団の団長など適任か」
「ありがとうございます、お父様」
「せっかくお前がやる気になったのだ。なんでも協力しよう。それより……魔法のほうはいいのか? 時期を早めるくらいは問題ないぞ」
「いいえ。そちらはあてはあるので。今は剣術だけで十分です」
「? そうか。わかった。騎士団長へは私から連絡をする。明後日には訓練を始められるだろう」
とんとん拍子に話が進んでいく。
だてにヴィルヘイムを馬鹿みたいに可愛がってるだけあるな。息子のお願いはなんでも聞くってか。
上機嫌な父を見て、むしろ過去のヴィルヘイムはどんだけ問題児だったのか。今更ながらに引いた。
しかし……これで剣術の訓練ができる。
少しでも隙を潰し、破滅フラグを絶対に回避してみせる。
ラスボス討伐しようとしたらラスボスに呪われるような世界だ。
備えあれば憂いなし。なんでも準備しておくにかぎる。
そう思った。
———————————
あとがき。
物騒なセ◯ムが誕生!
しかし、それはそれとして、次回から修行回(無双回とも言う⁉︎)が始まります!
お楽しみに〜
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