第4話 呪いと愛(重い)
浄化が付与された特注のナイフが、深々と白髪の少女の心臓を貫く。
肉を断つ感触が手に伝わってきた。
思いのほか平気なのは、俺——ではなく、ヴィルヘイムの意思がそれだけ強い証拠だろう。
俺の意思が強ければ、まともにナイフなど握れないし、そもそも彼女を殺せたかどうかもわからない。
だが、結果的に俺の一撃は彼女の心臓を捉えた。
じわりと白い服に血のシミができる。
「……意外とあっけなかったな」
ぎりぎりと手に込められた力を抜く。
ナイフから手を離してみるが、少女は一ミリたりとも動かなかった。
呼吸すら止まっている。完全に死んだのだろう。
「ヴぃ、ヴィルヘイム様!? なぜその少女を——」
メイドの言葉は最後まで続かなかった。
誰も彼もが目を奪われる。
魔王パンドラだ。彼女は、ナイフを胸元に突き立てたまま——立ち上がった。
「なっ!?」
さすがにこれには、俺ことヴィルヘイムも驚きを隠せない。
ごくごく普通の表情で彼女は立ち上がり、口から血を流しながら自らの胸元をたしかめる。
「……これは、そうですか……パンドラは、——あなたに殺されたのですねぇ」
自分の胸元に刺さっているナイフが、特別な浄化の力を秘めていることにすぐに気付いたらしい。
彼女はナイフを決して触ることなく——俺に微笑みかけた。
「くすくすくす。ありがとうございます。ようやく、パンドラは出会えたのですね」
「出会えた……?」
「ええ。運命の出会いです」
「理解できないな。しっかりとわかる言葉で表せ」
「くすくす。すぐにわかりますよ。ええ。パンドラの〝愛〟を受け取る資格があなたにはある。この、深き底から湧き上がる——呪いという愛を」
にたぁ。
魔王パンドラの口角が、三日月のように曲がり上がった。
口から垂れる血と、彼女の幻想的な容姿が妙に組み合わさって不気味に見える。
そして、同時に足元から生み出されるのは——魔力。
人間のものとは思えぬほどどす黒い魔力が、彼女の足元から周囲を包み始めた。
「——ぐっ!?」
なんて濃密な……圧すら感じさせる魔力なんだ。
思わず本能が彼女に屈した。傲慢で生意気なヴィルヘイムであろうと、魔王パンドラの前では虫けらに等しい。
——そう思わせるほどの圧があった。
気付けば、自然と膝をついて倒れそうになっている。
「ヴぃ、ヴィルヘイム……様……」
どたばた。
俺の背後では、メイドと護衛の騎士ふたりが倒れていた。
恐らく気絶した。死んではいないだろうが、魔王パンドラの魔力に意識を奪われたらしい。
こんな状態で意識を保てるヴィルヘイムがすごいと言うべきか。
目の前のパンドラも、
「へぇ……あなた様は精神がとても強靭なんですねぇ。パンドラの魔力を浴びても平然としてるなんて……魔法に対して適性がある証拠ですよぉ?」
「何の、つもりだ……!」
「何のつもり?」
「俺に復讐でもする気か? お前はいずれ死ぬ。何をしても無駄だぞ!」
大粒の汗を流しながら必死に激情を吐き出す俺。
内心では、今にも殺されないかと恐怖で満ちていた。
しかし、パンドラはまるでこちらの心を見透かしたかのように笑う。
「くすくすくす。ご安心を。今のパンドラでは、あなた様を殺すことはできません。言ったでしょう? パンドラが行うのは、——ただの可能性の抽出。呪いという形が、あなたに取り憑く」
「俺を……呪うつもりなのか?」
「はい。正解です。パンドラは死後、殺した相手を呪うように自身へ魔法をかけました。パンドラくらいになると、それは永い年月を経ても消えたりしないんです」
パンドラが俺の目の前にやってくる。
白く華奢な両手で顔に触れると、青色の瞳が俺を真っ直ぐに捉えた。
「あぁ……美しい瞳。顔もとても整っていらっしゃいますね。不思議なオーラを感じる……なぜか、あなた様から目を離せない……うふふ」
「離、せ……!」
震える体を必死に動かそうとするが、俺の意思とは裏腹にまったく動かない。
まさかここまでデタラメな奴だったとは……!
後悔したところでもう遅い。
ダメだ。
パンドラが近付いてきたことで、より魔力の影響が強まって意識をまともに保てない。
相手もそれがわかっているのだろう。視界が暗くなっていく中、最後に彼女の声が聞こえた。
やけに鮮明に。
「おやすみなさい。次に目が覚めたとき……我々の運命の糸は、何者にも断ち切れない」
▼△▼
どれくらいの時間、俺は気絶していたのか。
ゆっくりと瞼を開ける。
相変わらず俺の視界には、薄暗い洞窟の岩肌が見えた。
「ここは……」
落ち着いて、冷静に記憶を振り返る。
たしか俺は、この洞窟に足を踏み入れて、魔王パンドラを——。
「ッ!?」
ガバッ。
気絶する前の記憶を思い出して、勢いよく起き上がる。
きょろきょろと周囲を見渡してみるが、魔王パンドラの姿はどこにもなかった。
そのことにホッと胸を撫で下ろす。
「アイツ……不吉なことを言っておきながら、普通に成仏したのか」
「成仏してませんよ?」
「うおっ!?」
声が背後から聞こえた。
飛び退くように距離を離すと、いつの間にか俺が立っていた場所には、逆さになったパンドラの姿が。
ふよふよと幽霊みたいに浮いている。
「お、お前……どうして……」
「——生きているのか、ですか?」
くすりと彼女は笑う。
「言ったでしょう? あなたに呪いをかけたと。その呪いはパンドラ自身。あなたの体に取り憑き、こうして顕現しているんです」
「成仏しろ」
「酷いッ! せっかく懇切丁寧に教えてあげたのに……よよよ」
わざとらしくパンドラは泣き真似をするが、俺は——ヴィルヘイムは騙されない。
睨むように目元を細くしてパンドラに訊ねる。
「何が目的だ」
「……目的?」
「俺に取り憑いた目的だ。復讐か? それともただの八つ当たりか?」
「くすくすくす。いいえ。違いますとも。パンドラはただ——あなた様とともに人生を歩みたいと思っただけ」
「俺と一緒に……人生を?」
なんだそれ。さっぱり意味が理解できない。
「あなた様と言葉を交わし、同じものを見て、同じものを食べて、同じ相手を殺し、邪魔な女を殺して殺して殺して殺殺殺殺殺——」
「落ち着け」
ハイライトの消えた瞳で、心底恐ろしい呪詛を呟くパンドラを止めた。
おかしいな。コイツは俺の知ってるパンドラじゃない。
「俺はお前が何を言ってるのか理解できない。正直に、本音で話してくれ」
ジッと真面目に彼女を見つめる。するとパンドラは、
「心外です」
とさらに瞳の濁りを増してこちらに近づいてきた。
底無し沼みたいな目が、真っ直ぐに俺の顔を捉える。
「パンドラは一度も嘘を吐いていません。すべて本音です。苦しみからパンドラを解放してくれる王子様をずっと待っていたんです」
「王子様?」
「まさかこんな子供に殺されるとは思ってもいませんでしたが……ええ、問題ありません。閉じ込められていたお姫様を助けた勇者へ当たられる褒美と言えば、昔から姫自身と決まっていますもの」
「ちょっと待て」
説明してもらっても意味がわからなかった。
おまけに頭痛がしてくる。
「ほ、本気で……俺に惚れたとでも言うのか?」
「はい!」
彼女は屈託のない笑みで断言した。瞳のハイライトが戻る。
「だから……俺に取り憑いたと?」
「タイミングがよかったですね!」
「よくねぇよ」
何がいいんじゃボケェ!
こちとら破滅フラグをへし折りに来たのに、何がどうしたらその破滅フラグと同居することになるんだ!?
「今すぐ俺の体から出ていけ。実に不快だ」
「不快だなんて厳しい言い方をしますね……くすくす。あなた様にも相応のメリットがありますよ?」
「……相応のメリットだと?」
今のところ最悪以外のなにものでもないが?
「とても大きなメリットです。なにせ——無限に等しい魔力の供給ですからね」
———————————
あとがき。
魔王が仲間になった
しかし
呪われて(愛されて)しまった
とうとうイかれた仲間が増えました!
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