第3話 魔王討伐②

 馬車は街を出て北側に進む。


 人のいない道を通るため、街中以上に速度は出るが——代わりに、尻へ激しい振動が送られる。


 ——ガガガガガ!


 尻がいてぇ。


 クッションみたいなものを使っても振動がくそ伝わってくる。


 なんで昔の馬車ってこういう欠陥品みたいなものばかりなんだ?


 ヴィルヘイムの記憶を漁ったかぎり、恐らく馬車というのはこれが普通だ。公爵子息でも関係ないっぽい。


 そもそも技術力が前世より圧倒的に劣っている。文明は中世とかよくあるその辺か?


 詳しい設定はファンタジー作品なので知らん。でも、ファンタジーと言えば中世ヨーロッパ風だし、だいたい時代は同じだろ。




 尻の痛みに耐えながらなおも馬車は走る。徐々に、窓から見える景色に山脈のようなものが映り始めた。


「ヴィルヘイム様」


「なんだ」


「そろそろ北の山脈を目指す理由を教えてくれませんか?」


「さっき言っただろ。未来への投資だ。不穏な未来を切り開くために必要な儀式とでも思っておけ」


「ヴィルヘイム様は無神論者だと聞きましたが?」


「たまには神を信じたくもなる。自分の運命を垣間見たときにはな……」


「は、はぁ……」


 メイドの女性にはとてもじゃないが、俺ことヴィルヘイムが言ってる言葉の意味は理解できないだろう。


 こんな世界だ、


『俺は前世の記憶があり、ここはゲームの中だ。シナリオが進むと俺は破滅するから、そのフラグを折りにいく』


 ——とか言っても、異端とか思われそうだしな。


 先ほど彼女は無神論がどうとか言ってたし、異世界にもしっかり宗教はある。


 それでいうと転生なんて単語は危険な香りがする。そうでなくともヴィルヘイムの口から真実が語られるかどうかは不明だ。


 今もかなり濁して喋っているし。


「俺のことはいい。それより今からいく予定の山脈に関して、知ってることがあれば教えろ」


「北の山脈についてですか? そうですねぇ……あの山脈は、当然ながら大昔からあります。いろいろと不吉な噂も立ってますね」


「不吉な噂?」


「かつて世界を滅ぼしかけた魔女が住んでいた、とか。凶悪な魔物の巣窟になっている、とか。どれも根拠のない噂に過ぎませんが」


「世界を滅ぼしかけた魔女……か」


 間違いなくその話はパンドラのことだな。




 魔王パンドラ。


 別名、災厄の魔女パンドラ。


 とある田舎に暮らしていた少女が、人智を超えた魔力を手にした。


 彼女には常人では到底届かない才能があった。魔法に関しては次元が違うと思えるほどの才能が。


 しかし、それは良い方向へと進まなかった。少女はやがて魔女と呼ばれるようになり、人間から迫害を受ける。


 肉体が魔力の影響で不老となっていた彼女は、数百年間、ひっそりとこの森で生活したらしい。


 その平穏も、開拓に力を入れた当時の国王の手によって壊される。


 住処を追われ、命を狙われた彼女は——ある日、急に変貌を遂げる。魔法を使い、世界を壊し始めた。


 結果的に人類は滅亡の危機にまで追い込まれ、辛うじて勇者と呼ばれた存在が魔王パンドラを打ち破り、世界に平和が訪れた。




 ——となっているが、真実は微妙に異なる。


 実はその魔王パンドラ……勇者との戦闘で生き残っていた。


 瀕死の重傷を負いながらも逃亡し、コーネリウス公爵領にある北の山脈に隠れ潜んだ。


 そこで長年に渡って傷を癒し、ちょうど数年後に復活を果たすわけだが……それゆえにまだ猶予がある。


「ヴィルヘイム様は魔女に興味がおありですか?」


「ない。殺したいほどにない」


「えぇ……なんですか、それ」


 本当に殺したいほど興味はないんだ。


 なんせその魔王が、最後に復活するための贄に選んだのが——俺ことヴィルヘイムなのだから。


 ぜんぜん笑えないし、好きにはなれない。嫌いかと言われればそれもまた違う気がするが……とにかく、これからその魔王パンドラを殺さないといけない。


 彼女から情報を得られてよかった。きっと、原作の設定通りに魔女はいる。




 ▼△▼




 馬車に揺られること数時間。


 ようやく馬車は北の山脈に到着した。


 そこから先は徒歩で山道を登ることになる。


 だがまあ、瀕死の魔王が登った距離などたかが知れている。


 心配するメイドたちをよそに、俺はぐんぐんと魔女の秘密基地を目指して山道を進んだ。


 ヴィルヘイムはまだ10歳だからすぐに体力は限界を迎えるが、騎士の男性たちにおぶられることをヴィルヘイムは嫌がった。


 ゆえに、俺は休憩を挟みながら必死にパンドラの痕跡を探す。探して、探して、探して……二時間ほどでそれらしい場所を見つけた。




「ど、洞窟? こんな所に……?」


 山道の途中、崖に不自然な穴を見つける。


 人が三人も入ればぎゅうぎゅうになりそうな狭い道だ。しかし、俺は直感的にここが当たりだと思った。


 にやりと笑う。


「運がいいな……目当ての相手はこの先だ。行くぞ」


「目当ての相手……?」


 迷いなく洞窟の奥を目指す俺に、ついてきた三人は慌てて後ろに並ぶ。


 護衛の騎士が前に出ようとしたが、図体がデカくて視界が遮られるので無理やり後ろに下げる。


 そうしてさらに十分ほど歩くと——すぐに行き止まりに到着した。


 ややひらけた場所には、壁に背中をあずけて眠るひとりの少女が。


 病的に白い髪。前世で見たことのあるビジュアル。間違いなく——コイツが魔王パンドラだ。


「だ、誰ですか、この女の子は!? どうしてこんな所に……」


「お前が聞いた噂の魔女だよ」


「え……は!?」


 驚くメイドを無視して少女に近付く。


 寝息は止まらない。起きる気配もない。


 魔力もなにも感じられない状況に、内心でホッと胸を撫で下ろす。そして、懐からメイドに用意させた短剣を取り出した。


「さて……悪いが、お前の人生もここまでだ」


 短剣を鞘から抜き放つ。


 後ろでは、


「ヴぃ、ヴィルヘイム様!? 何を……!」


 とメイドと護衛の騎士が騒いでいた。


 うるさいな……いいから黙って見てろ。俺が今から原作のシナリオを破壊する様を。




 短剣を逆手に持ち、動かぬ少女の心臓部分へ——思いきり振り落とした。




———————————

あとがき。


次回、物語は歪む

主人公「どうしてこうなった⁉︎」

満を辞してヒロイン登場⁉︎

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