第2話 魔王討伐①
「ヴぃ、ヴィルヘイム様……!?」
部屋を出た俺は、たまたま廊下を掃除していたメイドと顔を合わせる。
声からして、先ほど俺の部屋にやってきたメイドだろう。
彼女は俺の顔を見るなり驚愕していた。
首を傾げる俺に、恐る恐る訊ねる。
「どうしたのですか……その頭!」
「頭? ……あ」
やべ。忘れてた。
そう言えばさっき、思い切り鏡に頭突きして頭皮を切ったんだった。
血が止まったからすっかり忘れていた。
「問題ない」
大丈夫ですよ~、と笑みを浮かべて答える(笑っていないしぜんぜん態度が悪い)。
「普通に問題大有りですよね!? 急いで包帯などを持ってきます! ここか自室でお待ちください!」
「平気だと言ってるだろ……お前はいちいちうるさいんだよ」
「今のヴィルヘイム様を放置しては、私が当主様に怒られてしまいます! 少々お待ちくださいね!」
そう言うと、メイドの彼女はそそくさとどこかへ消えた。
このままエスケープでも決め込もうと思ったが、彼女に悪いし、渋々自分の部屋に戻る。
▼△▼
しばらくして、彼女は薬箱みたいな物を持って部屋を訪れた。
ソファに座る俺のそばに近付くと、
「それでは、怪我の具合を確認しますね」
前髪を上げて傷口を見る。
「……どうやら少しだけ切ってるようですね。別段派手な出血でもありませんし、布を当てておけばすぐに治るかと」
「だから問題ないと言ってる。ただの修行だ」
「どんな修行ですか……ダメですよ。本当なら魔法で治したいところですが、これくらいなら自然治癒に任せたほうが良さそうですね。魔法は何もかもがいいことばかりとは限りませんし」
「——魔法?」
そう言えばこの世界にはそんな設定があったな。すっかり忘れていた。
「? 魔法がどうかしましたか? 魔法で治癒がしたいなら、すぐにでも神官様をお呼びしますが……」
「いや、俺も魔法を使ってみたくてな」
「ヴィルヘイム様が? さすがにまだ早いのでは? まともに魔力を操作するのも難しいですよ」
「教師には習っている。なかなか実践はさせてくれないがな」
ヴィルヘイムの記憶によると、すでに俺は家庭教師を付けて魔法の訓練に励んでいる。
ヴィルヘイムには魔法の才能がある。一つを除いてすべての魔法属性が使えるくらいに。
だが、魔法はどんなものでも下手をすると自傷や自爆の恐れがあり、地道な訓練を数年に渡って実践に移ったりする。
そこには天才も凡人も関係ない。幼い体には、ひとつのミスすら命取りなのだ。
「当然ですよ。魔法はとても危険なもの。ヴィルヘイム様に何かあっては困りますから」
「無用な心配だな……ふんっ」
ヴィルヘイムこと俺は生意気にも鼻を鳴らす。
これでまだ10歳なんだから将来が不安すぎて辛い。
俺は俺なりに暗雲をかき消すつもりだが、こんな調子で上手くいくのかね?
——ってそうだ。彼女にお願いしたいことがあったんだ。
「まあいい。それよりお前に命令だ」
「? はい。なんでしょう」
「外へ行く。馬車の準備をしろ」
「外……と言いますと、屋外のことですか?」
「違う。もっと遠くだ。つまり——街の外に出かけるぞ」
「え!? ま、街の外ですかぁ!?」
想定外の提案だったのか、メイドの女性が面食らって口を大きく開けた。
こくりと頷くと、俺は彼女に目的地を伝える。
▼△▼
サアァァァァ。
支度を済ませて外へ出ると、そこそこ冷たい風が頬を撫でた。
季節は日本で言う秋くらいか? 着込むほどではないが、薄着では寒いと感じる。
「ほ、本当に行かれるのですか? ヴィルヘイム様」
背後ではメイドの女性——と、護衛の騎士二人が困惑した様子でこちらを見つめている。
ハァ、と俺ことヴィルヘイムは盛大にため息を吐いた。
「だから貴様らは必要ないと言ってるだろ。嫌ならそこでじっとしてろ」
「嫌とは一言も言ってませんが……どうしてまだ幼いヴィルヘイム様が、北にある山脈なんかに……」
「ちょっとした未来への投資だ。お前ら馬鹿に言っても理解はできまい」
その北の山脈に、倒さなきゃいけない宿敵みたいな奴がいるんだ。
ぶっちゃけ、そいつが生きてるかぎりどれだけ頑張っても不安は拭えない。最終的にバッドエンドに送られそうな予感がする。
だから殺さないと。今すぐ。俺が記憶を維持しているあいだに、できるだけ早く。
「それより、お前は俺が注文した品を持ってきたんだろうな」
「祝福された短剣……ですよね。はい、こちらになります」
メイドの女性は、おずおずと懐から白金色の短剣を取り出し俺に手渡した。
無駄に装飾の請った鞘と柄。——うん、間違いないな。
これはゲームにおいて聖なる属性——浄化を付与された武器だ。これがあれば、北の山脈にいる魔王を討伐できる。
「よし。よくやった。準備を済ませているならさっさと馬車に乗れ。時間が惜しい」
短剣を受け取った俺は、扉を開けてさっさと中に入る。メイドの女性もそれに続いた。
護衛の騎士は中には入らない。それぞれが馬に乗って同行する。
御者の男性に場所を指示すると、ゆっくりと馬車が動き出した。やがて速度を上げて——街の外を目指す。
待っていろ……魔王パンドラ!
必ずその心臓に、この短剣を突き立ててやる!
———————————
あとがき。
次回、魔王死す⁉︎
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