第5話 契約

「無限に等しい魔力?」


 パンドラの口から信じられない言葉が出てきた。


 その言葉の意味をたしかめるように、俺はオウム返しする。


「はい。パンドラの呪いが今のあなた様には宿っています。これは、一種の契約のようなもの。愛ですね」


「契約? わざわざ契約という方法を取るのか?」


「当然です。契約という繋がりを持たねば、こうしてパンドラは自由に動き回ることも喋ることもできません。もし強制的にあなた様を呪えば、そこには確実に反発が起こる」


「俺は一言も契約を結んだ覚えはないが?」


「現状は仮の契約に過ぎません。あなた様が破棄したいと、そう思えば一方的に解除されますよ。——まあ、その場合は覚悟を決めたほうがいいですけどね」


「……どういう意味だ」


 パンドラは不吉な言葉を残した。


 訊ねると、再び口角が不気味に吊り上る。


「そのままの意味です。パンドラが自由を得て、あなたに力が供給される。それは、契約による恩寵。契約を破棄すれば、そこに残るのは——呪いだけ。果たしてあなた様にパンドラの呪いを……愛を耐えることができますかねぇ? くすくす」


「貴様……!」


 ぎりり、と俺ことヴィルヘイムが奥歯を噛み締める。


 この野郎……俺の体を人質みたいに取りやがった。契約を破棄したら殺すってか?


「そんな風に睨まないでください、興奮しちゃうじゃないですか……。正直、パンドラが提案する契約に、あなた様へのデメリットはありませんよ」


「お前がいる時点でデメリットだろうが」


「酷いです……よよよ」


 またしてもパンドラは泣いたフリをする。


 本当はぜんぜん哀しくもないくせに。


「とりあえず、パンドラの話を聞いてみませんか? 損はさせませんよ」


「…………いいだろう。許可する。説明しろ」


 渋々ながらもそれ以外に対処のしようがないため、俺は彼女に続きを促した。




「ではでは。パンドラが説明を始めます。まずは契約に関して。これはパンドラの操る闇属性の魔法で、お互いの魂を縛る行いです。事前に決めたルール——条件を必ずお互いは守らないといけません。まるで結婚のようですね」


「守らなかった場合はどうなるんだ?」


「契約の効果により、多少の制限や枷を受けます。愛の鞭ですね」


「制限? 枷?」


「弱体化の一種だとお考えください。闇属性の魔法にはよくあることです」


 たしかに。


 この世界において、彼女が操る闇属性の魔法とは、主に弱体化を付与する魔法が多い。


 もちろんそれ以外にも特殊な魔法は多く存在するが、特殊な条件下で発動する類の魔法は、主に弱体化に分類されている。


「そして重要なのが、お互いが決めるルール。パンドラからの提案はたった一つ。パンドラにある程度の自由を与えること」


「定義が曖昧だな。具体的に提示しろ」


「そう複雑に考える必要はありません。少しでもいいのでパンドラのお願いを聞いてほしいんです。あなたの全身を舐めたいとか!」


「契約を破棄しよう」


 ダメだコイツ。早く殺さなきゃ。


「ま、待ってください! 冗談ですよ冗談。も~、あなた様はすぐ本気にするんだからぁ」


「……さっさと条件を話せ。祓うぞ」


「はいはい。旦那様は過激ですね。それはそれで興奮しますが」


「祓う」


「はーい! 条件いっきまーす!」


 高めの声で彼女はテンションを上げながら言った。


「本当に簡単なお願いです。普通の人間として過ごさせてほしい。それだけ」


「本当にそれだけか?」


 人並みの幸せを魔王が望む……?


 彼女にメリットがあるようには思えない。契約の代償が重すぎないか? 俺に協力しなきゃいけないんだろ?


「構いません。あなた様を介して世界に干渉する権利を得られ、人間らしい暮らしができるのなら……パンドラはそれだけで十分です」


「ちなみにその願い、定義が曖昧だから拒否する権利はあるのか?」


「ええ。ある程度、と言ったように、すべてを叶えてもらう必要はないですね。何回かに一回でも構いません。無理なら無理で納得します」


「随分と殊勝な心がけだな。わざわざ俺を呪ってまで叶えたいことなのか、それが」


「それはもう。ただの生活なんて……パンドラが叶えられなかったたった一つの望みですから」


「…………」


 そう言えばコイツは、人間が生み出した魔王だったな。


 始まりはただの村娘だったのに。強大すぎる才能と魔力を持って生まれたがゆえに、迫害され、殺されそうになり、戦い、世界と人類に復讐しようとした。


 その間の人生に、決して平穏などなかったのだろう。


 常に人に恨まれ、望まれることもない。




 ——それはどれだけ哀しい人生なのか。


 俺は彼女のことをゲームのキャラクターのひとりとしか認識していなかった。


 倒すべき敵としか思っていなかった。


 それが、こうして現実になったことで背景の意味を考えるようになる。


 誰だって……色々な人生がある。


 道を踏み外し、やがて破滅する運命にあるヴィルヘイムもそうだ。


 少しだけ、彼女に同情する。




「……それで? お前は俺に何をもたらしてくれる?」


「三つほど」


「多いな」


 俺はコイツの願いを適当に叶えればいいのに対して、パンドラ側は三つもあるのか。


 かなり俺に有利な展開だな。


「一つ。先ほど言った無限に等しい魔力を供給します。今もあなたの体には、自分以外の——パンドラの魔力が流れ込んでいます。それを使えば、パンドラのように強くなることが可能でしょう。練習は必要でしょうが」


「他は?」


「二つ。パンドラの知識。これでもパンドラは数百年を生きた魔女。様々な技術に精通しています。それらを惜しみなくお教えしましょう」


「最後の一つは?」


「三つ。パンドラ自身」


「パンドラ……自身?」


「はい。パンドラの行動制限次第になりますが……現実世界に干渉し、共に戦うことが可能です。ただし、パンドラの姿は少々怪物のようになってしまいますがね……ふふ」


「生前、勇者と戦った姿か」


「ッ……詳しいですね」


 よーく知ってるとも。


 彼女は、今の人間形態のほかにもう一つの姿を持っている。


 それが第二形態——通称ラスボスモード。


 その状態の彼女は、まさしく世界の災厄。莫大な魔力を使って国すら滅ぼすだ。




「どうでしょう。これならあなた様にも有利では? パンドラをめちゃくちゃにしても構いませんよ!」


「そうだな。今のところデメリットがほとんどない」


 どういう風に日常を、人生を謳歌するかによるが、まあお金がわずかに掛かるくらいだろう。それなら問題ない。


 俺は公爵子息だからな。


「……いいだろう。お前との契約を結んでやる。どちらにせよ、俺は選べる立場にないしな」


 契約を破棄すれば呪いの影響をモロに受ける。


 最悪、フラグを断ったつもりが即死だ。それだけは避ける必要がある。


 それに……意外と悪い提案でもない。


 今後、主人公や俺を利用する、殺したい敵と遭遇したとき、パンドラの力があればだいぶ役に立つ。


 俺の目標その2だな。強くなって自衛する、だ。


 彼女がいればそれが叶えられる。


「めちゃくちゃ~の部分は無視ですか。それに、本当に後悔しませんか? 決めて」


「お前がそれを言うのか? 後悔ならもうしてるよ……」


「くすくす。ではお言葉に甘えて本契約を結びましょう。知っていますか? 魔力をもっとも通しやすい行為は——です」


「は?」


 その言葉の意味を正しく理解した瞬間、すでに俺の口はパンドラの口で塞がれていた。




「——!?」


 混乱する頭。たしかに感じる柔らかな感触。


 それらが思考を乱し、その間にパンドラは契約を終わらせた。


「はい、これで契約完了です。これからどうぞよろしくお願いしますね」


「き、貴様……!」


 平然と舌を出しながら悪びれる様子のないパンドラに、俺もヴィルヘイムも怒りを露にする。




 ——お、俺もヴィルヘイムも経験なかったのに!! 返せよ! 俺たちのファーストキス!!


 その激情は、虚しく心の中にだけ響いた。




———————————

あとがき。


さあさあ!嫁ができて、あんなこともしちゃって!

魔王とラスボスが手を組み、共にシナリオと原作主人公に挑む⁉︎


次回、無自覚なチート

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