第20話
朝日が上り、窓の外で鳥が鳴いた。
その声をかすかに感じながらアンドレアは瞼を上げると、ベッドから這い出た。
「ふぁ」
身支度を整え、部屋を出るとイヴの部屋まで向かい、ノックしながら外から声をかける。
「おはようございます」
返事はない。
「朝ですよー。おはようございまーす」
やはり返事はない。
「おっはようございまーす!」
アンドレアが大声をあげて、ドンドンと激しめに扉を叩くと中からうめき声が聞こえてきた。
「んん……はよ」
どうやらイヴも目を覚ましたようだ。アンドレアは先に外に出ていることを伝えると、部屋を離れた。
宿の外にイヴの荷物を運んでいると、背中をぽんと叩かれた。
「やぁ、おはよう! 気持ちのいい朝だね!」
「おはようございます」
先程扉越しに聞こえた声とはうって変わって、元気な声色で声をかけてきたのはイヴだった。アンドレアが挨拶を返すと移動を開始した。
「師匠、今日はどこに行くんです?」
「私の知り合いのところに顔を出そうと思ってね」
「じゃあこの銅とかはいらないってことですか?」
「いや、そこに持って行くつもりだったからこのままキビキビと運んでくれ給え」
アンドレアの両手には銅やら鉄やらが入った袋がぶら下がっている。持てないほどの重さではないが、重たいことに変わりはないのでアンドレアは苦笑した。
「そうだ、これを食べ給え」
そう言ってイヴが差し出してきたのはベーコンなどの具材が挟まったパンだった。腸が活動を開始し始めたので、それを見ると急に腹の音が鳴った。とても美味しそうだ。
「朝食としてさっき買ってきた」
「いや、俺今両手が塞がっているんですけど……」
「……たしかに」
美味しそう、ではあるが今のアンドレアの両手は鉄などなんだのが占拠している。残念ながらこのままでは食べることはできない。
お腹が空いていて、目の前に美味しそうなパンがあるというのに食べられない虚しさにアンドレアは肩を落とした。
「アン、口を開けろ」
「え? んぐっ」
とほほと下を見ていると、イヴに声をかけられてそちらを向くと口になにかを突っ込まれる。
驚きながらも咀嚼すると、それは先程のパンだった。
「はほ、しほう(翻訳・あの、師匠)」
「なんだ」
「すほふたへふらいんでふへど(翻訳・すごく食べづらいんですけど)」
パンは横に長いもの。それを口の中に詰め込まれたのだから、食べずらいったらありはしない。
アンドレアはパンの中に挟まっている具材を落とさないように気を配りながらもぐもぐと少しずつパンを咀嚼していく。
アンドレアがパンを完全に食べきったとき、イヴの足が止まった。一歩後ろをついて行っていたアンドレアも足を止める。
「ついたよ。ここが目的地だ」
「ほへぇ、ここは……鍛冶屋、ですか?」
「ああ」
アンドレアは眼前の建物を見てそう言った。鉄筋でできているのか地味な見た目の建物だ。とてもだが観光向けには見えない。
アンドレアの問いにイヴは頷くと、なんの遠慮もなくズカズカと建物の中に入っていく。
「やぁ、久しぶりだねカイリ」
鉄でできた重たそうな扉を開けて、鉄を溶かしているのか外に比べて熱気のこもった工房でこちらに背を向けてなにやら作業中の金髪の女性にイヴは声をかけた。
その女性は振り返って顔をぱあっと明るくさせると道具を置いてイヴに駆け寄った。
「あっ、スミレ! お久しぶりです! 相変わらずの美貌、まさしく美魔女ですねぇ」
「す、スミレ?」
カイリと呼ばれた女性はイヴをスミレと呼んだ。なにかの間違いではないかと思い、アンドレアが復唱すると、
「あとで説明してあげるから、アンは黙ってなさい」
とイヴに食い気味に黙るように指示された。
「おやおや、そちらの方は? もしかしてぇスミレの彼」
「違う」
にまにまと楽しそうに口角を上げるカイリの言葉をイヴは即答で否定した。強めの否定だった。
「彼は私の弟子のアンドレアだ。アンと呼んでやってくれ」
「アンドレアもしくはアンドレでもいいですよ」
「アンくんかぁ。私はカイリ! よろしくね」
「……よろしくお願いします」
カイリは元気はつらつに、明るく自己紹介すると手を差し出してきた。アンドレアは荷物を下ろして握手を返す。
「わわ、これはもしかして夜行石? しかもこんなにいっぱい!」
アンドレアが荷物を下ろしたとき、袋から中身が見えたのかカイリはパッと手を離すと、アンドレアが先程運んできた荷物に釘付けになっていた。
「きみたちへのお土産にね」
「わぁ! この辺では夜行石は滅多に採れないからすごく嬉しい! ありがとね、スミレ!」
「ああ、気にするな」
カイリは夜行石なる石に夢中だ。袋の中には他にも今までアンドレアたちが立ち寄った店で買った鉱石や銅などが入っている。それらを取り出しては表情を明るくさせて自分の世界に没入していた。
やはり鍛冶屋の娘というだけあって、鉱石や鉄などの素材に興味津々なのだろう。
「あの、師匠……スミレって、どなたですか?」
鉱石などに夢中になっているカイリから少し離れたところで、アンドレアは少し声を潜めてイヴに話しかけた。
先程からカイリはイヴのことをスミレと呼んでいる。あだ名というわけでもなさそうなので、アンドレアの頭は混乱していた。
「私が使っている偽名のうちの一つだ。スミレの他にもミレアと名乗っていたときもあったな」
「えっ、じゃあイヴという名前も実は偽名なんじゃ」
「失礼だな、それは本名だよ」
「あっ、そうですか。すんません」
楽しそうなカイリから視線を逸らすことなくイヴは答えた。
なぜイヴが偽名を使っている理由はわからないが、きっと長く生きているうちに偽名が必要なタイミングがきたのだろう。アンドレアは勝手にそう解釈して納得した。
イヴもこれ以上説明する気はないようだ。
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