第21話
「カイリ、随分と騒がしいがどうした? また溶かした鉄が手についたのか?」
アンドレアがうんうんと頷いていると、とんとんと足音が近づいてきて、工房の奥から大柄の男性が顔を出した。肌は褐色に焼け、目元にはいかつい傷跡がついている大男だ。
「もう、それいつの話⁉︎ 違うよ、お父さん今日はスミレが遊びにきてくれたの。しかもこんなにもたくさんのお土産持って!」
「おお、スミレか! しかもお土産まで用意してくれたのか、こんなにたくさんも」
見た目はいかついが、カイリがお父さんと呼んだ男性はイヴの姿と土産を見ると嬉しそうに綻んだ。体格はこんなにも違うのに、満面の笑顔がカイリとどこか似ている。やはり親子となるとどこかしら似ているところがあるのだろう。
「おお? 隣の男は……もしかしてスミレのか」
「違う。弟子のアンドレアだ」
「アンくんって呼んであげてね!」
「いや、普通にアンドレアでいいです」
イヴはカイリの父親の言葉を否定し、カイリによるアンドレアの紹介を訂正して、アンドレアは自身の名を名乗った。
「そうか、弟子とはなかなか変わったものを……まぁ、俺ァ他人の人生にものを言っていい立場じゃねえか」
「?」
「気にするな、アン。こいつのことはただの頑固ジジイだとでも思っておけばいいさ」
「だぁれがジジイだ。俺ァまだ四十二だぞ」
カイリの父親は不機嫌にぐいっとイヴに顔を近寄らせたが、イヴが怯む様子はなくそれどころか、そういうところだぞと指先で額をつんと押し返した。
誰にも怯まないところはイヴらしい。長年の貫禄、というものはとくに感じないが、イヴの余裕を感じさせる態度は今日も健在だ。
「本当よ、本当! ねぇ、聞いてアンくん! お父さんってば、私がこの鍛冶屋を継ぐって言ってるのに全然認めてくれないの! ひどくない?」
「え、ええ……まぁそのぉ、各家庭に事情があるでしょうし……俺にはなんとも言えない、ですねぇ」
どうやらカイリたち親子はぐいぐいとくるタイプらしい。アンドレアはずいっと顔を近づけてきたカイリを優しく引き剥がしながら話を流した。
父親には父親の、子供には子供の考えがあるのだろうが、それをアンドレアがわかるはずもないし、下手に肯定やら否定するのは無責任だと思ったからだ。
「えぇ……アンくんなら絶対同意してくれると思ったのにぃ。普通子供が店を継ぐって言ったら嬉しいものなんじゃないの?」
「オメェは鉄振り回すのはお似合いじゃないんだよ」
「もー! お父さんってば、私のこと絶対子供扱いしているんでしょ! 私だってもう十七だよ? 鉄カンカン叩くのだって慣れてるのにさ」
「不恰好なもんしか作れんくせに生意気言いやがって」
「これからどんどん上手くなっていくんですー!」
喧嘩しながら、しかしそれでも仲睦まじい光景にアンドレアは眉を下げて笑った。
思い返せば父親や母親とこんな口喧嘩をしたことがあっただろうか。互いに距離感を掴めずにどこか遠慮がちだったアンドレアの家庭に比べると、カイリたち親子はかなり仲が良さそうでなりよりだ。人間の仲は悪いくらいなら、良い方が断然良いに決まっている。
「微笑ましいだろう?」
「えっ? まぁ、はい」
子供らしく頬を膨らまして拗ねるカイリに、頑固と言われただけあって自分の言い分を変えない父親。それを見てイヴは優しそうに表情を緩めていた。
「師匠はご両親との仲は良かったんですか?」
「そうだなぁ……悪くは、なかったのかもしれない。いつも私はお転婆娘と叱られていたけどね」
「師匠の性格は昔から変わらないんですね」
「今の私がお転婆だと?」
「え? 違うんですか?」
アンドレアがきょとんとしていると、イヴはため息をついた。
「私も立派な大人になったつもりだったのだけど」
「度量は大きいとは思います」
「そうかい? ……それ、褒めてる?」
「褒めてますよ」
アンドレアにそう言われて、イヴはそうかと言うとくすりと笑った。
「なになに? 二人で内緒話?」
「きみたちの仲が良くてなによりだと話していただけさ」
「ええ? 私たちって仲良いの?」
「私の知っている中では良い方だよ」
「ふーん」
突然会話に混じってきたカイリは適当に相槌をうって、もう興味を無くしたのか次の話題に変わった。
「そうだ。このお土産で私が武器作ってみてもいい? 昔から剣を打つのが夢だったんだよねー」
「これはきみたちにあげた物なのだから、好きに使ってくれて構わないさ」
「だぁめだ。これは俺が使う」
「なんでー! お父さんのケチ! ちょっとくらい私に譲ってくれても良くない? ね、スミレ?」
「そう、だな。少しくらい良いだろう。譲ってやれ」
「はー……しょうがねぇなぁ」
カイリに目配せをされ、イヴは困った顔をして頷いた。
カイリの父親はぽりぽりと頭をかいて、イヴの口添えもあってなんとか妥協したようだ。袋の前でしゃがみ込むとイヴからの土産をカイリの分と自分の分に分け始めた。
「やったー!」
「せっかくの鉱石をあまり無駄にしないでくれ給えよ?」
「わかってるよー」
喜ぶカイリにイヴが釘を刺し直すと、カイリは頬を膨らませた。
本人はもう子供じゃないと言っていたが、たびたび出る動作が子供らしくて微笑ましい。元気があるのもいいことだ。
「あっ、そうだ。スミレたち、この町に来たってことは森の近くを通ったの?」
「ん? ああ、通ったがそれがどうかしたのか?」
「いんや、最近森に関する物騒な話をたくさん聞いたから、でも無事だったならいいんだ」
そう言ってカイリは笑顔を浮かべた。
「物騒な話とは?」
カイリはそこで話を切ろうとしたが、イヴが話の内容に興味を示して尋ねた。
カイリと父親は一度顔を見合わせて口を開く。
「スミレも知ってるだろ、この町は鉄産業以外にジビエが有名なこと。そこそこ高貴な御身分の貴族さまもお忍びで来たことのあるくらい有名だからな。そんでそのジビエを提供するには森に狩人たちが狩りに行くんだが、ここ一週間ほど前から森に狩りに行ったきり帰ってこない狩人が何人かいるんだよ」
「行方不明者多発中、って感じなの。だからあんまり森には近づかないほうがいいかもってみんな言ってる」
「ほう……」
カイリたちの話を、イヴは興味津々に聞いていた。アンドレアは少しいやな予感がして、誰にも気付かれないようにそっとその場から離れようと片足を浮かせた。
「アン」
「うわ」
しかしその前にイヴに背中を掴まれてしまった。しかたがなくアンドレアは足を止める。
「アンはジビエを食べたいと言っていたな?」
「言いましたっけ?」
「これは大問題だよ。ジビエが有名な町なのに、森は危険だからと狩りに出られない狩人が増えればこの町の絶品ジビエが食べられなくなる。せっかくだからその行方不明者とやらを私たちで探してきてあげようじゃないか」
「め、めんどくさ」
「さ、行くぞ」
「あっ」
アンドレアの返事を待たずにイヴはアンドレアを引きずって工房を出た。カイリはイヴを止めようと口を開いたが、それより先にイヴはアンドレアをつれて歩いて行ってしまった。
「行方不明者探しって……警察の仕事では?」
「人が生きていくうえで大切なこととはなんだと思う?」
「えっ、なんですか急に。哲学ですか」
「いいから答え給え」
「ええ……」
行方不明者が出たのなら、それはアンドレアやイヴではなく、警察の出番だろう。しかしイヴの中ではこの問題を自分たちで解決する気満々のようでこちらの話を聞く耳を持たなかった。なんなら哲学的な問いまで投げかけてきたのでアンドレアは頭を悩ませた。
「生きてくうえで大切なこと……人との関わり、とか?」
アンドレアは少し唸り声をあげたあと、そう答えた。
生きていくうえで人間関係は大切だ。厄介な人間に目をつけられれば、下手をするとどん底まで突き落とされる。それはアンドレアが過去に体験したからこそ、一番わかっていることだ。
「うん、それも大事だね。けど私が今求めている回答ではない」
「いや、こういうのは人によって答えが違うものじゃないですか。正解なんてない、が正解みたいな」
「それはそうだね。この問題は人によって答えが割れるだろう。けど、今の私が言いたいのは――美味しい食事は大切、ということだ」
「そんなキリッとした顔で言われても……」
アンドレアは呆れ顔をしながら、しかし一理あるなと頷いた。
人間関係は大切だ。しかし食事も大切なものだ。人間の三大欲求に食欲があるように、人という生き物は食事をしないと生きていけない。
栄養補給さえ出来れば味が悪くても、生きていくのには問題ないだろう。しかしせっかくの食事は美味しいものの方がいい。そっちの方が心も満たされる。
体への栄養補給だけではなく、美味しい食事は心にも元気を与えてくれるものだ。
「つまり師匠は美味しいジビエのために狩人失踪の原因を突き止める、と?」
「その通りだ。それに森に入らないように規制を張ったとしても、それをわからずに子供が森に行ってしまったりしたら大変だろう?」
「それは……たしかに、そうですね」
カイリたちほどの年齢にもなれば、森は危険だと避けれるかもしれない。しかしそれがわからない年齢の、もっと幼い子供が親の目をかいくぐって知らぬうちに森に入ってしまうかも知れない。それはかなり危険なことだ。
ただでさえ森の中は方向感覚が掴みづらいというのに、子供の視点や発想では迷子にならない確率の方が低いだろう。
「さっさと行方不明になった狩人たちを見つけて、ジビエをご馳走になろうじゃないか」
「一週間も前に行方不明になった人が生きてる保証はありませんよ?」
「仮にも狩人だぞ、野生動物に襲われた場合でも遭難した場合でも多少の対策は行っているはず。急いで探せばギリギリ助けられるかもしれない」
「まぁ、希望的観測は大事ですよね」
イヴが森に行くと言っているのに、アンドレアだけ宿で待っているなんて言えやしない。アンドレアも腹を括ると町の外に一歩足を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます