小話(クレア)

 クレアは地方のある街の料理屋の娘である。

 街で一二を争う評判の店だった。

 チーズたっぷりのグラタンは特に人気で、それを作る両親のことを尊敬していたクレアは幼い頃から手伝いをして料理を学んだ。


「こんな下賤なものが食えるかっ!」

「も、もうしわけありません!」

「ふん、評判の店と聞いて来てみたら、とんだ期待外れだ」

「お代は結構ですので!もうしわけありません!」


 ぶくぶく太った男が踏みつけていたのは両親が朝早くから仕込んだグラタンだった。カッとなったクレアが声を上げて出ていこうとすると、母親に引き止められた。父親が謝り続けるのを見るしかなかった。

 クレアが初めて目にした貴族の横暴であった。


 それ以降もクレアは貴族の横暴を目の当たりにすることになる。

 無銭飲食は当たり前、邪魔だという理由で殴る蹴る、酷い時には殺すこともある、女性が強姦された話も聞いた。

 なぜ、こんな横暴が許される?

 クレアの憤懣は日に日に溜まっていった。


 そんな折、平民学校で帝国軍というものを学んだ。

 イリアス帝国では、貴族は皇帝から領地を拝領するが、実際に領地を経営するのは帝国軍であり、税権などの実権を持つのも彼らであり、代わりに貴族は領地の代官の任命権を持つ。代官は勿論、帝国軍から選んだ者である。

 つまり、帝国軍に入れば貴族と対等になれる、貴族の横暴を止められる、とクレアは思った。

 年を重ねるにつれ美しくなっていくクレアにプロポーズの声は後を絶たなかったが、平民学校を卒業すると、帝都の帝国軍学校の武官コースに入学することにした。

 迷いがなかったと言えば、嘘になる。本当なら両親の料理屋を継ぎたかった。だが、両親のような力のない平民を貴族の横暴から守りたい、という強い思いがあった。


 軍学校では最初、剣の握り方も知らない田舎娘と笑われた。

 だが、幸いにもクレアには軍事の才があった。

 剣の腕はメキメキと上達し、槍も弓もすぐに同期よりも上手く使えるようになった。それだけでなく戦術眼に優れ、指揮官としての臨機応変の兵法は高く評価された。


 周囲の評価に対し、クレアの憤懣はさらに溜まっていった。

 軍学校で生活すればするほど、将来、帝国軍を担う彼らがクレアの思いと同じではないと分かっていったから。

 貴族主催のパーティーで遊び呆ける者、貴族から賄賂をもらう者、貴族と一緒に平民をいたぶる者……。

 貴族の横暴を止めるどころか、積極的に加担して甘い蜜をすすろうと企む者ばかりだった。


 そんなある日、クレアの憤懣は頂点に達した。

 街中で貴族が揉め事を起こしているのを見た彼女は、それに介入して、貴族の暴言に怯むことなく追い払った。守った人には感謝され、周囲は喝采し、クレアはすがすがしい気分になった。

 だが、その代償はあまりにも大きかった。


 卒業が間近になっていたクレアには多方面から声がかかっていた。

 もちろん結婚のプロポーズもあったが、純粋に武官としての彼女の能力が求められていた。男性社会のイリアス帝国において、文官とは違い、武官には女性の活躍の場がそれなりにある。貴族の婦女子の護衛などでは同性の需要が高かった。クレアは帝城におわす皇女殿下の親衛隊に入隊するのでは、という噂もあった。


 それら全てがある日を境にパッタリとやんだ。

 彼女の将来はどれもこれも白紙撤回された。


「いい気味だなァ、俺様に恥をかかせた罰だァ。もうお前の居場所はどこにもねェ。どうしてもって頭を下げるなら俺様の女にしてやってもいいがなァ、グフフフ」


 気持ち悪い笑みでわざわざクレアの前に現れたのはあの日、追い払った貴族だった。以降、クレアは軍学校内でも露骨に避けられるようになる。


 クレアはそんな仕打ちにも気丈に強がった。

 貴族と癒着した帝国軍には元々失望していた、故郷に帰って両親の料理屋を継いだ方がマシだ、それに力のない人々を貴族から守ることは別に軍にいなくてもできる、と。


 だが、クレアはさらに追い込まれることになる。

 両親からの離縁状が届いたのだ。

 あの貴族が書かせたのは明らかだったが、クレアの心がぽっきり折れる音がした――。


 クレアが膝を抱えていると、ぼんやりした頭に青年と小さな少女の声が聞こえてきた。


「うぉっ!なんだよ、こんな草むらの中にいやがって。ポ○モンかよ。野生の姫ユニットが現れた!ってか。だが、ユノの言う通りだったな」

「……ん、人の気配がした。ロイル、ほめて」

「あー、よしよし。ユノはかわいいなー。で、こいつの名前はクレアか。ステータスは……『特技』、『統率』、『武力』どれも文句はないな。是非とも俺の配下にしたいところなんだが……おーい、大丈夫かー?なんかあったか?お兄さんに話してみな?」


 青年が着ている軍服のデザインから彼が将官コースの者だということは分かったが、彼とクレアは初対面だった。だが、心が弱っていた彼女は現在の状況に至るまでの経緯を全て話してしまった。


 青年は話を聞き終わった後、大きく頷いた。

 

「そりゃあ、クレア、お前が悪い」

「やはり、私が間違っていたのか……」

「ああ。なんで姫ユニットだけで特攻してんだよ」

「え?」

「俺みたいな将官の配下となって、ちゃんと準備してから貴族と戦えって言ってんだよ」

「貴殿みたいな?」

「そうそう。つっても、俺はまだ力を蓄えたいから、帝都の大貴族とやり合うつもりはないぞ。『コペル』からじっくり始めて、ゆくゆくは、クレアが言うような横暴な貴族は潰してまわるが。あいつら、領地の『民心』を下げるランダムイベントを起こすから、百害あって一利なしだもんな」

「えっと、つまり?」

「つまり、俺の配下になるなら、その貴族から弱き民を守るって理想を捨てないでいい。どうだ?俺の配下にならないか?」


 ずっと一人で貴族の横暴に立ち向かおうとしていたクレアに初めて青年が協力を申し出る。心が震え、視界がにじむ。


「と言っても、理想で飯は食えないからな。ここからは俺の『説得』コマンドが火を噴くぜ。契約金の話し合いをしましょうや」

「……ぅ」

「う?」

「なる゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛、きでん゛のはいか゛に゛、なるぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛」

「ちょっ、いきなり泣き出すな、情緒不安定か。おい、待て、鼻水がつくから抱きつくんじゃない。ユノー、ユノー、ヘルプーーーっ!」


 彼女は自身の理解者を得た。

 彼が信念を共にするならば、彼女は強大な敵にも屈さず血道を切り開き続けるだろう。


 ――常勝の出会い――Fin――

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