小話(シンシア)

 シンシアはごく普通の平民の家庭に生まれた。

 両親ともに優れた才も、優れた教養もない、ありふれた人物だった。

 それは兄弟も同じで、ただ一人、シンシアだけが異彩だった。


 シンシアは3才で文字の読み書きを覚えた。

 家にある本はすぐに読み尽くしてしまい、新しいのを買ってと駄々をこねる彼女を両親がたしなめると、シンシアは本の文章をそらんじて両親を驚かせた。

 シンシアには一度見たら忘れない、という絶対的な記憶力があった。


 結局、金銭的な面で新しい本を買ってもらえなかったが、両親や兄弟が協力してシンシアを図書館へ連れて行った。そこで彼女は心ゆくまで本を読むことができた。

 シンシアは数字が入り混じった論理的な本を好んでよく読んだ。空想のストーリーがある文学は苦手だった。ちなみに、彼女は歌うのもダンスも苦手だ。というか下手だ。こういう駄目な所があるからこそ、家族は異彩を放つシンシアを受け入れ、愛せたのかもしれない。


 シンシアは平民学校を卒業する年になった。

 平民学校を卒業すれば、成人として扱われることになる。


「シンシア、俺と結婚しろよ」

「いいや、俺と結婚した方が幸せになれるよ」

「はあ?シンシアの結婚相手は俺以外にいねえ」


 美しく成長したシンシアを同級生は取り合うようにプロポーズした。

 イリアス帝国では「男が仕事をし、女が家を守る」という考え方が一般的である。だから、成人=結婚は当たり前のことだった。

 だが、シンシアはまだ学問を続けたかった。それに、自分の才は男に負けてない、社会に通用するはず、という強い思いがあった。

 そして、平民である彼女の希望に叶う選択肢は一つしかなかった。

 入学料、学費、寮が無料の帝国軍学校だった。

 家族はそんなシンシアのことを応援し、帝都へ送り出してくれた。


 帝都で帝国軍学校に入学したシンシアは、今まで以上に学問に精を出した。一度見たら、何桁の数字でも覚える絶対的な記憶力と、論理的な思考を武器に、彼女は文官コースの中ですぐに頭角を現し始める。

 特に商業と農業関係は得意で、統計学を操り、来季の生産量を計算するなどお手の物だった。

 学期末の試験も常に上位をキープしていた(シンシアには詩の才能が皆無であり、そのせいで首位になることはなかった)。


 月日が流れ卒業も間近となる。

 同期の中で文官の才を認められた彼女に訪れたのは大量の仕事のお誘い――ではなかった。


「シンシア嬢、私と結婚してください」

「いえいえ、シンシア嬢には私こそがお似合いです」

「何を言う?シンシア嬢と釣り合うのは私だけですよ」


 結局、周りはシンシアの女の部分しか求めなかった。


 シンシアは軍学校の図書館の隅っこで憂鬱なため息をつく。机にあるのは子爵家と軍閥の棟梁家から来たお見合いの手紙である。どちらも正妻を条件にしており、平民の彼女にとっては破格の待遇だった。

 どちらを選んでも周囲は羨むし、家族は喜ぶだろう。


「……でもっ、今まで勉強してきたのは結婚のためじゃないっ、私はっ、私の才を十全に使いたいっ、多くの人に知らしめたいっ」


 シンシアは押し殺すようにして叫び、拳を固く握った。

 その時だった。

 背後から青年と小さな少女の声が聞こえてきたのは。


「おぉ、やっと姫ユニットを見つけた。見ろ、ユノ。姫ユニットだ」

「……ん、よかったね、ロイル」

「ああ!名前はシンシアっていうらしい。それで、ステータスは……スキルは3つで、『政治』が『85』。いいね、普通にいい。ユノみたいにバグってなくて安心した。じゃあ、あの姫ユニットに話しかけてくるぜ」

「……いってらっしゃい」


 青年が近づいてくる。

 自分を指して「姫ユニット」などと訳の分からないことを言っているが、卒業前のこの時期に男が話しかけてくる内容なんて明らかだった。どうせプロポーズの類だろう。シンシアは辟易とした気分になる。


「なあ、ちょっといいか。もしよかったら俺の――」

「ごめんなさい。すでに私は先約済みですので」

「あぁぁ、だよなぁぁ。『所属』が『無所属』のままだったからワンチャンあるかと思ったが、あんたみたいな優良の姫ユニットがフリーなはずないもんなぁぁ」


 青年はがっくりと肩を落とした。粘らずに引き下がってくれるようで安心した。言っていることは理解できなかったが。


「ちなみに、どこに所属するか聞いてもいいか?」

「所属、という言い方が適切かは分かりませんが、それを聞いて、あなたはどうするんですか?」

「あんたみたいな優良の姫ユニットとは敵対したくないからな。あんたを配下にする将官とは仲良くなっておこうと思って」

「配下?将官?先程から、あなたは何を言ってるんですか?」

「えっ、何って……シンシアは軍学校を卒業したら俺以外の帝国軍将官の誰かの配下になるんだろ?」

「いえ、違いますが」

「違うの!?じゃあ、さっきの先約済みって何!?」

「それは勿論、妻として、という意味です。まあ、まだ正式に婚約を決めたわけではありませんが」

「妻ぁ!?婚約ぅ!?えっ、えっ、いや、ちょっと待って」

「はい、待ちますよ」


 どうやら自分と青年の話はズレているらしい。なんだかよく分からない状況だが、おかしみが込み上げてくる。最近、鬱屈した日々が続いていたから、久しぶりにシンシアの表情はほころんだ。


「ふーーっ、それじゃあ、とりあえず聞こうか。結婚後のご予定は?」

「子供を産んで、子育てに専念すると思いますが」

「駄目だろっ!姫ユニットが今の時期にゴールインは早すぎるって!結婚はちょっと待ってもらって、俺の配下になろうぜ!」

「あの、仮にあなたの配下になったとして、どうなるんです?」

「そりゃあ、『特技』を見る限り『農業』と『商業』のスキルをもってるから、領地の内政をしてもらうことになると思うが――」


 今までシンシアは話半分に青年の話を聞いていたが、その言葉は聞き逃すわけにはいかなかった。


「内政!?どこの!?」

「え?今考えているのは、『コペル』だけど」

「コペルというのは帝国最南端の街のことですね!紅河がもたらす豊かな土壌と、黒い森の特産物は内政のしがいがあります!あの辺は蛮族が怖いところですが、そのあたりは!?」

「対策をするつもりだが」

「私、あなたの配下になります!」

「えぇ?俺は嬉しいが、結婚は?」

「断ってきます!早い方がいいので、今から行ってきますね!あ、あなたの名前をお聞かせください」

「ロイルだ。えっと、これから、よろしく?」

「はい、ロイルさん!私はシンシアです!よろしくお願いします!」


 シンシアはいまだ戸惑う青年を置き去りにして図書館を出ると、喜びのあまりに走り出した。

 

 叡智は活躍の場を得た。

 最初にそれを与えてくれた彼に感謝し、彼女は持てる才の全てで彼を支えるだろう。


 ――王佐の出会い――Fin――

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