桃の弱点

「カグヤ、ここまでだ」


 召喚術のぶつけ合いは、なかなか見られない戦いだった。


「リン、この子をどうするつもり?」


 カグヤは、俺の方を見て聞く。


「もちろん、郎党に加える」


「は? なにを言っているの? 私は、暗殺者。人殺しを仕事にしているのよ」


 桃は、怒ったような表情をする。


「利水」


「はい、なんでしょう」


「今回の騒ぎで負傷者はいるか?」


「矢による負傷者はいますが、皆命に別状はありません」


「桃、今までも暗殺者以外の敵は、殺してこなかったんだろう?」


「な、どうしてそれを」


「ここに来るまでの、行動を見ると戦闘を避けているようにしか見えなかったからだ」


 自警団や俺には、煙幕を使い極力戦わないようにし、進路に敵がいる場合は、急所じゃないとこを矢で撃って気絶させている。


「てことは、利水。今まで、熱田で暗殺された人物って、どんな奴らだ?」


「そうですね。あんまり、良い噂を聞かない人物ばかりです。奴隷商人や水増し請求する大工職人など、熱田でも悪評が目立つ者ばかりでした」


「……だからなによ」


 桃は、黙って俺の方を見る。


「暗殺者だが、根っからの悪人ではないってことだ」


「あんたの勝手な想像でしょ」


「でも、そうなると、気になることが一つある」


「私の話を聞いて」


「なんで、利水を狙った?」


「それは……」


 少なくても、熱田にいる間は、善人を殺さずにしてきたのに、ここに来て、なぜ善人を狙い始めた。


「それに、ひろのことも誘拐しようとしていた。宿場町で出会った暗殺者は、織田家に仕えている者に賞金首をかけたと言っていた。てことは、斎藤家に何か、吹き込まれたと考えていいか?」


「……」


 桃は、黙り込む。宿場町で会った暗殺者、今思い返せば、桃の話が出た時、驚いた表情をしていた。しかし、その暗殺者が言ったのは『素性も全くわからない』、これらのことを考えると、一度接触を試みようとしたが、会えなかった。しかし、手ぶらで帰る訳にもいかず、なにかを残した可能性がある。


「手紙よ」


「手紙?」


「この大蛇を離してくれれば、話すよ」


「カグヤ、離してくれるか?」


「わかった」


 カグヤは、頷くと桃をくわえていた大蛇を消した、


「一週間ぐらい前かしら、斎藤家の刺客が、この町を訪れたの」


 桃は、そう言うと手紙を取り出す。


「動きや身のこなしを見て、一目で同業者だってわかったわ。その同業者は、私のことを探しているみたいだった」


「自分からは、会わなかったのか?」


「会う訳ないでしょ。暗殺の仕事は、顔がばれたら終わりなのよ。同業者に顔を明かすことは、仕事を妨害してくださいって言っているものだわ」


「この手紙は、どうやって受け取った?」


「あいつら、私に依頼をした人物を見つけ出して、私に依頼を出すやり方を、聞きだしたのよ。その依頼場所に、刺さっていた手紙がこれ」


 桃は、そう言うと、俺に手紙を渡す。悪人しか暗殺してこなかった、暗殺者を動かした手紙は、なんなのだ。手紙を開いて、確認してみるか。


『熱田の暗殺者へ 腕利きの暗殺者が熱田にいると聞き、この手紙を書かせていただく。ぜひ、熱田神宮の神主である千秋利水の暗殺をしてもらいたい。断る事は許されないと思った方が良い。君は、伊賀出身の人物だと聞く。私は、伊賀の隣国に位置する、六角家や北畠とも仲が良い。もし、命令に背くなら、君の故郷は、灰になると思え。では、暗殺を頼んだぞ。 長井利通』


「ほぼ、脅迫ではないか」


「そうよ。私は、伊賀を出て行った身であるけど、故郷を捨てたとは思っていないわ。故郷を守るために、自分の意思を曲げる暗殺の一件ぐらい、しても良いと思ったの」


「これは、利水。どうするべきだと思う? 俺は、彼女が悪いとは、思えない。家族を人質にとられているんだ。責めることは、俺にはできない」


「リン殿は、お優しいですね。私も同意見です。今回の一件、彼女の行いは、水に流しましょう」


「なに、甘いこと言っているの? 私を早く処刑にしなさい!」


 桃は、俺と利水が、今回の暗殺をなかったことにしようとするのが、許せないらしい。


「利水、一つ提案があるのだが」


「なんでしょう?」


「二ヶ月間、禊として桃を熱田神宮で働かせるのってどうだ?」


「はぁ!? なんで、私がこんな所で、働かなければならないのよ!」


「いいですね! 神に仕える仕事をすれば、性格も丸くなるでしょう。それに、幼く見えますが、顔も良いので、桃さん目当てのファンも出来て、参拝料がたくさん……」


 さすが、日本でも代表する神社を運営している神主だ。既に、収益の計算も、始めている。


「あ、これは失礼」


「この金くさ神主! やっぱり、暗殺するべきかしら」


「リン殿」


 利水は、桃の言葉を無視して、俺に話しかける。


「どうした?」


「二ヶ月間、熱田神宮に置くのは、良いのですが、逃げ出す可能性もあります。なにか、策はありますか?」


「そうだな」


 確かに、逃げ出す可能性もあるな。桃の性格からすると、すぐに逃げ出すだろう。


「リン、こんな物があったわよ」


 俺と利水が、どうするか話していると、カグヤが話しかけてきた。


「なんだ、これは日記?」


 カグヤの手には日記がある。


「あぁ!? なんで、それが、あるのよ!?」


 桃は、それを見て顔を赤くして驚く。


「廊下に落ちていたわよ。暗殺者という仕事をしているから、定住できる家がないのね。肌身離さないで持ち歩いていたみたいだけど、ちゃんと落ちないとこにしまわないと」


「うるさいわね! 普段カラクリの中にいたから、安心していたのよ! てか、早くそれ返してー!」


 桃が、あんなに取り乱しているってことは、よほど重要な物なのか。


「どれどれ、中身は……」


「いやー! やめてー!」


「九月十日晴れ。今日の見た夢は、白馬の王子様が私を後ろに乗せて走る夢だった。あーあ、私の白馬の王子様は、どこにいるんだろ」


 俺が、日記に書いてあることを朗読すると、場が凍り付く気配を感じた。


「やめてー!」


 桃が、必死の声で叫ぶ。もう少し、言ってみるか。


「九月十一日くもり。熱田に斎藤家の刺客がやってきた。みんな、ばれないように隠しているつもりだけど、動きでばればれ、さすが伊賀で鍛えられた私。何でもお見通しよ」


「ひっ……」


 もう少し、いけるか?


「九月十二日晴れ。斎藤家の刺客が、私に依頼する方法を見つけて来たわ。物陰に隠れて見ていたけど、おっさんばっかり。イケメンの一人でも入れば、依頼受けてあげたのになぁ。熱田の人、こんな美人で可愛くて、キュートな私がいるのに、誰も振り向いてくれない。やっぱり私、白馬の王子様にしか振り向かわれないんだわ」


「もう言わないでー! お願いー!」


 桃が、半分泣きじゃくり始めた。さすがに、これ以上言わないで、おいた方がいいか。


「あなた、こんな性格していたのね。なんとなく、勘づいていたけど」


「利水」


「はい、なんでしょう」


「もし、桃が逃げたら、尾張と伊賀に、この日記をばらまくことが、できるか?」


「もちろん。伊賀の神社にも私の友人がいますので、容易にばらまくことができます」


「ねぇ、本当に、それだけはやめて」


「じゃあ、二ヶ月間、熱田神宮で働いてもらいましょう」


 利水は、桃に笑みを向ける。


「こ、この悪魔! 化物! 人でなし!」


 桃は、利水に向けて罵声を言ったが、利水には聞いていないようだ。


「二ヶ月経ったら、俺の元に来てもらうからな」


「わ、わかったわ! 行けばいいんでしょ! どうせ、やることもないからいいわ!」


 少々強引な勧誘の仕方だったが、納得してくれたようだ。


「では、利水頼んだ」


「しっかり、稼が……面倒をみます」


 利水の頭の中には、おそらく金のことで頭がいっぱいなのだろう。会話から、本音が漏れている。


「なぁ、リン終わったか?」


 どこからか、汎秀の声が聞こえた。


「ひろ、なにを言って、終わっているだ……ろ?」


 汎秀の姿が見えなかった。


「そういえば、ひろいないわね」


 カグヤも不思議がっている。


「おーい、ひろー? どこにいるー?」


「こ、ここだー。助けてくれー」


 助けてくれ? ひろの声が聞こえた方向を振り向いてみる。カグヤの召喚したガイコツが、戦闘で骨の山となり果てた場所から、ひろの声が聞こえた。


「もしかして、ひろ。あの中にいるのか?」


「そうだよ! 助けてー!」


「あら、私と桃の戦闘に巻き込まれていたのね」


 カグヤと俺で、骨の山を崩してみる。案の定、骨の山中には、ひろが埋もれていた。


「た、助かったー!」


 汎秀は、安心したような顔をした。


「そういえば、ひろ、聞いていたか?」


「ん? なにが?」


「二ヶ月後だけど、桃、俺の郎党に加わったから」


「え? 今なんて言った?」


「桃が、新しい仲間だ」


「えー!?」


 汎秀の叫び声が、熱田神宮内に響き渡った。


「お世話に、なりました」


「いえいえ、こちらこそ、暗殺から命を守って頂き、ありがとうございます」


 次の日になり、俺達は清洲城に帰ることにした。


 利水と自警団の人達からは、もう少し滞在することを勧められた。しかし、信長に今回の件を自分から報告した方が良いと思い、その誘いを断った。


「桃、二ヶ月したら迎えに来るからな」


「うるさいわよ! わかっているわ」


 桃は、巫女服を着せられて、恥ずかしそうに立っている。


「うん。やはり、私の見立て通り、巫女服が似合っている。客寄せの素質があるよ桃!」


「お、落ち着かないわ。なんで、こんな足元ゆったり、しているのよ。もうちょっと、引き締まった服が良いわ」


「そんなことを言わない。その恥ずかしそうな仕草も可愛い、この調子で頑張って」


「うるさい!」


 利水と桃だけで、心配だったが、大丈夫なようだ。


「よし、カグヤ、ひろ、帰るぞ」


「わかったわ」


「うん」


 俺達は熱田神宮を、後にする。津島、宿場町、熱田。いろんな出来事があったけど、無事に郎党が二人加わることになった。

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