第二・五章

禊中のもも

「なんで、私がこんな目に……」


 私は、伊賀で、百地ももち丹波たんばの娘として生まれ、エリート忍者の教育を受けた。しかし、めちゃくちゃ強い妖怪に出会って惨敗。私の欲望を、ため込んだ日記を人質され、熱田神宮で二ヶ月間、巫女として働くことになった。


「なんで、私が神社の掃除なんかしなくちゃ、いけないのよ」


 手に持っている竹ぼうきで、神社の床を掃いていく。


「私のカラクリも全部破壊されちゃって使えない、本当に最悪よ」


 全ては、あの斎藤家の刺客が悪いのよ。次に会ったら、塩を目にかけてやろうかしら。


「あのカラクリを直すには、伊賀まで戻らないといけないと。かと言って、半分追放みたいな感じで伊賀から出て行っているから、伊賀に入れさせてもらえる気がしない。はぁ、当分の間カラクリは、直すことはできないね」


 カラクリなんかに頼らなくても、私は強いから、問題ないと思っておこう。


「桃ちゃーん。お祓いを受けに来た、お客さんに渡す、お守りの準備お願いできる?」


 屋内で作業していた巫女に話しかけられた。



「今、準備するわよ」


 袋に、お札と、お守りを入れる。そして、頼んできた巫女に、袋を渡す。


「ありがとうー!」


 太陽の位置が真上に行きそう。てことは、今お昼。そろそろ、熱田神宮内の敷地内を掃除する時間ね。


 勝負に負け、禊として熱田神宮で働き始めてから、一週間経つ。一週間経つと、なんとなく、やることがわかってきたわね。


「ほうき借りるわよ」


「あ、ちょうど掃除を頼もうとしていた所なの。ありがとうね」


 巫女服を着た、お姉さんに感謝される。暗殺者という職業柄、感謝されたことがなく、上手い返事ができない。


「う、うん」


 どこか、そっけない返事になってしまった。


 熱田神宮内の敷地は広く、一人で全部を掃除しようとするのは難しい。人の往来が多く、人の目に留まりやすい所を掃除していこう。


「お、桃ちゃんー」


「今日も可愛いねー」


 普通に働けていたら、楽なのに、熱田神宮にまで、私に会いにくる男達が増えてきている。仕事の邪魔にしか、ならないわ。


「ねぇ、ねぇ今日こそは、暇だろ?」


「一緒に飲もうよ」


「私は、巫女よ。あんた達と付き合っている暇ないわ」


「可愛いなぁー」


「ちゃんと、熱田神宮に来たんだから、参拝してよね」


「わかっているよー」


 男達は、そう言うと、熱田神宮の本殿に向かって行く。


 多分、この男達も懲りずに、また来るよね。早く、こんな仕事から抜け出したい。


「世の中にいるはずの王子様は、どこにいるのやら」


 私の目が、ふし穴なのかしら。実は、もっと身近にいるとか?


「そんなわけないか」


「桃ちゃーん。お昼ご飯にしよー」


 先輩の巫女に話しかけられて、お昼を食べることになった。


「今日は、熱田神宮に参拝しに来た地主から、野菜と米が奉納されたわ。これを食べましょ」


 私が、食事するとこに行くと、巫女たちが集まって食事を配膳していた。


「みんなに行き渡ったかしら」


 巫女は、食事が行き渡っているかを周り見て、確認している。


「うん。みんなに行き渡っているみたいね」


「早く食べよー」


「そう、急かさないの」


 巫女達は、食事の時間を楽しみにしているようで、みんな和気あいあいと話している。


「いただきまーす」


「いただきまーす」


 みんな、『いただきます』を言うと、食事を始めた。


「いただきます」


 私は、未だに、この言葉を言うのがぎこちない。暗殺者をやっていた時は、決まった時間に、まとまった食事をする習慣がなかったのよね。合間、合間に小さな団子とか、そういう片手で食べられるのを、つまんでいた。


「ねぇ、ねぇ、桃ちゃん」


「な、なんですか?」


「あなたは、どこから来たのよ?」


「私は、伊勢国から来たわ」


 さすがに伊賀国から来たとは、言えない。忍者だと、わかってしまうかも。


「伊勢国かいいね。海産とか美味しそう」


「う、うん。美味しいよ」


「伊勢国と言えば、隣に伊賀国あるよね」


「あー、あるわね」


「私、人生で一度でもいいから、忍者を見てみたいわ」


 忍者は、目の前にいるわよ。さすがに、そうは言えないか。


「みんな、今日も元気そうだね」


「あ、神主!」


「利水さん、お疲れ様です!」


 巫女達が、食事をしている所に神主の千秋利水が現れた。


「みんなの様子を見に来たよ」


 利水は、そう言うと一人一人と軽く会話をする。


「どうだい、桃。働き始めて一週間経った気持ちは?」


「平和すぎて、退屈よ」


「ふふ、そうだろうね。熱田神宮の巫女なんて、なりたくても。なれない人が多い。桃にとって良い経験になると思うよ」


 利水は、そう言うと、その場から立ち去って行く。


「利水さん、かっこいいわ」


「そうよね、なんであんなに、かっこいいのかしら」


 巫女達は、利水にメロメロだった。


 あいつ、巫女達の前だと善人になりきるよね。本当は、金のことにしか頭にない癖に。


「利水さんが、いなかったら私達、今頃、路上で餓死していたよね」


「そうだよね」


「命の恩人だわ」


 そうか、巫女達が元気で、働けているのは、利水が金に貪欲であるおかげもあるのね。


「見方を変えると、悪人に見えた人が、善人にもなる」


「桃ちゃん、なんか言った?」


「う、うん? なにも」


 危ない聞かれるところだった。


「よし、午後も頑張りますか」


「そうね、頑張ろう」


「おー!」


 食事を終えた巫女達が、後片付けをすると仕事に戻る。


「私も、元の場所に戻るか」


『利水さんが、いなかったら私達、今頃、路上で餓死していたよね』


 食事の後片付けをする。ふと、巫女達の会話を思い出した。


「仕方ないわね。二ヶ月、この神社のために働こうじゃないの」


 私は、脱走せずに二ヶ月間働くことを決心し、仕事に戻った。

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