匂いに誘われて(焼きそば・焼きとうもろこし)

 いろいろな味を堪能したわたしたちは、腹ごなしにあちこちを歩き回った。途中でスーパーボールすくいとかしちゃった、でも一つも取れなくていくつかおまけでもらってしまった。

 手でボールを転がしながら、わたしは使い道を考えていたけれど、結論は一つしかなかった。

「このボールは、兄さんにお土産かな」

「お兄様が困った顔をしそうですね」

「だと思う」

 ふふっとマールと思わず笑ってしまう。お祭りのテンションは不思議と、普段買わない物も手に取ってしまう。何に使うかが問題じゃなくて、物よりも思い出に繋がる品になるからだと思う。

 それに普段は控えめな妹がね、好きな物食べて幸せそうにしているのを見られるのもまたいいんだ。

 さっきの肉の串だって、わたしと半分こしようとしてくれるんだけど、明らかにマールのほうがお肉が大好き。しっかり者で言うときは言ってくれるけど、どちらかというと後ろで控えて遠慮がちな部分もあって、家族であっても譲ってしまう。

 ならこんなときこそ、好きな物をたくさん食べて欲しいじゃない?

 久しぶりすぎるお祭りで、好きな物を食べないのは損だと思うんだ。それに父さんと母さんから臨時お小遣いを予(あらかじ)めもらっている。わたしたちもアルバイトはしてるけど、本当に久しぶりのお祭りだから、たくさん楽しんできなさいってことらしい。

 時間もさらに遅くなって、人が増えてきた境内は歩きづらくなってきた。それでもまだ夜の八時、帰るには少し早い。しかもわたしたちの家はお寺から近いので、公共交通機関に左右されない。だからぎりぎりまでお祭りを堪能できる!

「食べ物も買っていきたいな、でも今買って持ち歩くと荷物になるし……」

「そうですね、できれば帰りに……お姉様」

 歩いていたマールの足が一瞬止まった。けれどすぐに歩き始める。人混みで歩かないのは危険で、押されて転んでしまう場合があるからだ。

「この香りは」

「あ」

 マールより少し後に、わたしは漂う匂いに気がついた。この抵抗できない香りに、わたしとマールはふらふらと一つの屋台へと吸い込まれていった。

 大きな文字で堂々と『焼きそば』と書かれた屋台の鉄板には、今まさに焼きそばが仕上がろうとしていた。すでに焼かれた野菜に、ほぐされた麺は混ざっていて、ちょうどソースをかけて仕上げている真っ最中だった。その匂いはたまらなく香ばしくて、余裕のできた胃に直撃する。

 もうね、匂いだけで美味しそうなの。

「いらっしゃい、もう少しでできあがるから待ってね」

 軽快な口調で屋台のおばちゃんは答えつつも、見事な腕で焼きそばを焼き上げていく。鉄のへらが宙を舞うように見えたけど、実際はしっかりと手に握られている。簡単なようで均一に火が通るように焼くのは難しいものです、とマールが言ってたことがある。まさにそれを目の当たりにしてる、量も一般の家庭とは比較にならないほど多い。

 実際、隣にいるマールの目は真剣そのものだった。調理風景を見るのが好きだしね、デパ地下とかで焼きたてのドーナツが売ってて、焼かれてる様子を見すぎてなかなか帰れなかったこともある。

「はい、おまちどおさま。一つでいいのかい?」

「一つでお願いします!」

 まだじっと鉄板を見つめているマールを横目に、わたしはお金を払って、焼きそばが詰め込まれたプラスチックのパックを受け取った。まだ温かくて、多分このまま持ってたら絶対に熱い。お金を渡して、袋と割り箸も受け取る。これで持って歩いても熱くない、そして――。

「マール、行こう?」

「……あ、はいっ!」

 声をかけられて我に返ったマールの手を取り、焼きそばが食べられる場所を探す。

「申し訳ありません、お姉様。私」

「いいのいいの、あのおばちゃんのへらさばきかな、凄かったよね」

「はい!」

 わたしがおばちゃんを褒めると、マールは見事さを語りながら歩き始めた。詳細な説明を聞きつつも、場所を探す必要があった。よほど興奮しているのか、珍しくマールは周囲を見渡していない。

 この様子のマールの話をするだけでも、兄さんとか喜びそうな気がする。わたしも見られて嬉しい。

 でもできれば急いで焼きそばを食べてしまいたい、温かい内に食べるのが良いんだけど……あ。

 そう思ってたら、また新たな匂いがわたしを襲った。多分マールも同じ気持ちで、足が止まりつつ視線は匂いの元へと向けられていた。

「あれも買おっか」

「そうですね」

 わたしたちは顔を見合わせて笑ってから、屋台へと近づいていった。今度はソースとはまた違う匂い、でもなじみのある匂いだった。

 その匂いに誘われて進んだ先は、黄金の粒がびっしりと詰まったとうもろこしだった。すでに焼き網で焼かれたとうもろこしが、鉄板の上にずらりと並んでいる。

 これは迫力満点だ!

「お、かわいいお嬢さん、いらっしゃい」

「かわいいよね、うちの妹!」

「お姉様、そうではありません……」

 かわいいという言葉に反応したわたしに、マールが静かに指摘をする。

「双子の姉妹は珍しいねえ。二本でいいのかい?」

「一本でお願いします、いろいろ食べ歩いてるので」

「了解、ちょっと待ってな」

 軽快な声と共に、お兄さんは焼かれたとうもろこしを焼き網に乗せた。温め直しながら、醤油がたっぷり染みこんだへらが握られる。そして醤油をとうもろこしに塗ると、香ばしい香りが一気に広がった。焦げた醤油の匂いもいいよね、すでに匂いが美味しい。ほんのり甘い匂いが混じるのは、砂糖が少し入ってるんだろうな。

 マールも同じ気持ちみたいで、ひくひくと可愛らしく鼻が動いている。わかるわかる、匂いを嗅いじゃうよね。

 そして温め直されたとうもろこしは、そのままマールに手渡された。わたしはお金を支払って、元気よくお礼をしてから食べられる場所を探した。

 う~ん、どこが空いているかなぁ。

「お姉様、あそこにしましょう」

 マールが発見した場所に、わたしは何も答えずに早足で歩いた。混雑している場所で、空いている場所があったら即座に動かないといけない。一瞬の迷いが場所を失う、って母さんがいってたし、その通りなので実践する。

 それでも絶対に走ったらいけない、人にぶつからないようにできるだけ早く、けれど走らないようにするのが人混みを歩くときの鉄則だ。

 誰かが怪我しても大変だし、わたしだって痛いのは嫌だ。

「どちらから食べましょうか」

 境内の一角にある建物を背中にしながら、マールは焼きそばと焼きとうもろこしを交互に見渡している。どちらもまだ温かいけれど……。

「こっちでいい?」

「もちろんです。冷めないうちにどうぞ」

 わたしに食べるようにすすめてくるマールの視線は、明らかに強く鋭かった。表面積が広い分、どうしても冷めるの早いからね。

 マールから手渡された焼きとうもろこしは、割り箸に刺さっていた。芯を掴まずに食べられるので、手が汚れにくい。

 じっと焼きとうもろこしを見つめてから、わたしは思い切り粒に噛みついた。口の中で粒が弾けてとうもろこしの甘い味がする、でも塩っ気も混ざってくる。とうもろこしの甘みと醤油の味が美味しすぎて、すぐにわたしはかぶりついてしまっていた。

 もう、口の中にぱんぱんに詰め込まれているとうもろこしが美味しすぎる。噛めば噛むほど、とうもろこしの汁が溢れるんだよね。幸せの味だ。

「美味しいなぁ」

「お姉様は、本当に美味しそうに食べられますね」

「マールほどじゃないと思うよ」

「そんなことはありません、お姉様は感情表現がとても豊かですから」

 マールの指摘は正しいけれど、食に関しては真逆だと思うんだよね。美味しいのを食べると、ぱぁっと花が咲くような笑顔になる。それがもう容姿と相まって可愛いすぎて、一目惚れした同級生も多くて、わたしもだけど兄さんも質問攻めになったんだよね。懐かしいなぁ。

「ほらほら、それよりも早く食べないと」

「はい、お姉様は焼きそばを食べて下さい」

 わたしから焼きとうもろこしを受け取ったマールは、小さな口を開いて上品に囓っていた。とうもろこしの粒の甘さに驚いて、目がまん丸になってる。焼きとうもろこしって美味しいのはわかっている、でもこのとうもろこしはひと味違っていた。

 とてつもなく甘い。これでコーンスープとか作ったら、至福の味になるのは間違えない。ただ茹でただけでも十分美味しいのに、贅沢に焼かれて醤油が塗られている。

 贅沢な一本だよね、屋台のお兄さん奮発したのかな? と質問したくなるぐらい。

 そんな焼きとうもろこしを味わっている妹の横で、わたしは輪ゴムで止められた透明なパックを開く。蓋の裏に張り付いた青のりと紅生姜、それを割り箸で軽く取って、ソースの色に染まったそばの上に乗せ直す。そのまま軽くこぼさないよう注意してかき混ぜて、割り箸の先端で掴んだ。

 そのまま箸を持ち上げると、波打った焼きそばが目の前に現れた。茶褐色に染まった美味しそうな色に、ほんのりとソースの香りが漂う。

 そのまま口に運んで噛みしめると、麺に絡んだソースの味が染み出してくる。うん、間違えなく美味しい。ソースってなんでこんなに美味しいんだろう、細めの麺にもしっかり絡まってる。青のりの味もするけど、主張は全くしてない。むしろたまに混ざってくる紅生姜の味が強い。口直しに盛り付けられても、焼きそばの横に盛り付けられているので、どうしても一緒に食べてしまうことになってしまう。

 家だと別々で置かれたりするし、お皿も大きいから隅っこにおけるけど、この限られたプラスチックケース(空間)では、焼きそばは様々な味に変化する。

「この焼きとうもろこしは美味しいです、お腹に余裕があればもう一本食べたいです」

「あはは、マールがそう言うの珍しいね」

 思わずわたしは大笑いしてしまう。好物を食べ続けるよりも、種類を食べたいマールがおかわりを希望するのは珍しい。

「それだけ美味しいです、これその」

「帰りにお土産で買っていこうか……全部食べて良いからね?」

 じっと焼きとうもろこしを凝視しているマールから、残りを食べたいとはいえない。美味しいけど、わたしはそこまで執着していないし。

「その分、焼きそば多めに食べて良いかな?」

「もちろんです」

 納得したマールは、また味わうように焼きとうもろこしを囓っている。美味しそうに食べる妹がかわいいけど、見続けていると焼きそばが食べられない。食べていないといないで、マールが気にしてしまうのだ。

 マールの分も食べないように気をつけながら、わたしは焼きそばを食べ続ける。鼻を抜けていくソースの香りがたまらない。匂いも美味しいっていいよね、凄く幸せな気持ちになれるから。

「お姉様、お水をどうぞ」

「水?」

「歯についてますよ、青のり」

「あ」

 いつの間にか焼きとうもろこしを食べ終えたマールが、水の入ったペットボトルを渡してくれた。暗いからそんなに目立たないと思うけど、喉は渇いていたので素直に受け取る。すでに蓋は取ってあって、片手でも飲むことができた。

 うん、生き返る!

 温くなった水でも、渇いた喉には効果は覿面(てきめん)だった。きっと青のりも取れてるはず。

「私の分もとっておいてくださいね」

「もちろん。マールは歯についた青のり、気になる?」

「多少は気になります。でも本当に気にするのであれば、外で焼きそばを食べないかもしれませんね」

 確かにその通り、青のりを気にするなら焼きそばを食べないほうがいいよね。

「でも食べたいので、念のためにお水とティッシュも用意してあるので問題ありません」

「うん、それでこそマール」

 何かあったときのために、万全の用意をしておく妹が偉い。

 ――楽しく過ごしたいからこそ、準備を怠らないようにしたいのです。

 そんな妹の言葉を思い出しながら、わたしはもう一口水を飲んだのだった。

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双子のお祭りめぐり うめおかか @umeokaka4110

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