第18話 彼氏と初詣

 和服で揃えようと言ったのは私だった。こちらのお母さんが積み立てた貯金で着物を工面してくれた。


「女の子は可愛い姿で節目を迎えないとね。気を遣って帰って来ずに彼氏とお正月は過ごしなさいね。お父さんの目もあるから年明け三日には帰って来なさい」


 さて、あのアホにそれがどういう意味かわかるだろうか。


 早朝に和装でカズオ君は迎えに来た。

「すごく可愛いね。さすが僕の彼女だね」

 いつもアホなのにこういうところが憎めない。それで嬉しくなるのは本当に悪いくせだ。


「ゆっくり行こう。靴もスニーカーじゃないし、お互い慣れていないし、無理して早く行くことも無いよ。近くの神社でいいでしょ?」


「その出来たら大きいところがいい」


「学問の神様的な?」


「うん」


「遠いけど歩くの大丈夫? 僕は全然抱っこしながら行くのはいいけど」


なぜ抱っこすることが前提なのだ。


「こうさ、下駄の紐が解けるのはお約束だと言うか」

 なんでこういうことは分かるのに人の心の機微は分からないのだろう。


 前も見えないほど人でいっぱいだった。

「ちゃんと手を握ってね」

 ちゃんと覚えた誰が邪魔をしても解けない恋人繋ぎ。優しくて強いゴツゴツした手、大丈夫だ。見上げるとカズオ君は笑顔で大丈夫? と見下ろした。


 ずるい。何も分かっていないと思うのにこういう時は察して引っ張ってくれる。

 これも対策ノートに書いてあるのかな? それならすごく悔しくてすごく嬉しい。

 私の為だけを考えて書いてくれたノート。

 カズオ君のお母さんがあのお父さんと別れる事が無いのはあのノートのせいかもしれない。


 不器用で優しい男の子。かなり変わっていてデリカシーも無いのに、こんなに好きなんてどうかしてる。そもそもお付き合いの意味も知らない男の子がこんなに成長するなんて、最初の頃を考えたらあり得ない進歩だ。

 

 はぐれないように握られた手、汗をかいてきた。恥ずかしいな、でも幸せだな。私は今、すごく幸せな女の子だ。


 境内に入り、横に並んでお祈りをした。


「なにをお祈りしたの?」


「多分、ことはと同じ」


「教えてよ」

 ふさがれた唇。


「こういうこと」

 ムカつく。こういうテクニックが出来るなんて、本当にムカつく。

 私は大丈夫だ。これからずっと一緒だ。私たちに怖いものは無い。隣で一緒に少しずつ大人になって寂しく無い気持ちでずっと手を繋いで歩いていく。誰一人私たちの邪魔をさせない。


「お正月はどうする? 家に帰る?」

 もうカズオ君のお母さんには許しを得た。

 言われたのは「お父さんの実家で向こうのお母さんと一緒に年初めの試練を迎えて来ます」と。


 お母さん、本当にごめんなさい。


「カズオ君の家で過ごすよ」


「だからお母さん、おせち置いて行ったのか」


「どういう意味か分かってるの?」

 カズオ君が急にもじもじし出した。


「その上手くリード出来ないかもしれないけど」

 ここで期待したらダメだ。何度裏切られたか。


「その姫始めでしょ? エッチなことをつまり。え? 何で泣いているの?」

 数ヶ月前まで朝までゲームをやっていた男が姫始めを知っていたなんて。


「嬉しい」


「まだ周りに人いるよ。泣いちゃうのはまずいよ」

 周りに配慮出来て偉いね。


「え、何か悪いこと言った? そんなに嫌だった?」

「何も悪く無い。帰るよ」


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